第3話 鍾乳洞の先に待っていたのは

 ニルヴァーナ王国の王都、とある会議室にて密談が交わされていた。

「奇妙な報告が上がっている。ワーナー殿、報告内容は把握しているか?」

と、緑色のベレー帽を被っていて、額に金色のサークレットをしていて、今日も眠たげな男、ゼブラ王子は宰相ワーナーを見る。

「不死の魔物は現れませんでした。という三人からの報告ですね」

「いかにも。ワーナー殿も覚えがありましょう。不死の魔物とは何なのかを」

「そうですね。我々人類にとって、それはアンデットを指す言葉では無いと言うことです。アンデットは区別のために死霊しりょうと呼んでいます。つまり、不死の魔物とは、魔王ルシェルの刻印を持つ魔物たちを指します。とても信じ難い話ですが、魔王が復活し、ゴーストタウン、オボロにいると三人ともに報告しています」

「余も信じたくは無い。魔王の復活を隠しつつも、一万の軍をオボロへ送りたい。帝国の皇室に手紙を書いたところ、五千の兵を出すと返事があった。ワーナー殿、もしもこの案に賛成なら手筈を頼みたい。賛成でないなら別案を聞かせてくれるかな」

「殿下、魔王が本当に復活しているならどんな数を送っても無意味でしょう。かつてシャドルア大陸の九割は魔王領だったのを忘れていません」

「それは余も承知している。今回の部隊が全滅したならば、オボロ地区への物流の遮断、危険地域として触れ回り、王国民を近づかせはしない」

「・・・・・・殿下、部隊を派遣する前に、かの三名はもう一通手紙をそれぞれ送って来ております。それを今から読んでから私の考えを聞いて頂いても?」

「では読むとしよう」と、ゼブラは目の前に用意された三通の手紙を受け取り、読み始めた。

スカイバレー「オボロでの生活は快適だ。コッペルト殿に美味しい手料理を教えてもらい、感激している。家族をここへ呼びたいと最近は考えている」

ローリング「おいはここが気に入った。もう帰る気はねぇ。ズルバンの話が面白れぇ。他にも料理の上手いやつが多い。いい街だ」

バランサ「私、バランサは今まで勘違いしていたのです。姿だけで物事を判断してはいけないと、この街で教わりました。私はここに永住したいと思います。任務の手紙としてそちらに送るのは、この手紙を最後とします」


「な、なんだこれは!!」と、ゼブラは立ち上がり、手紙をテーブルの上へ、投げつけた。それから肩で息をする。

「ええ、以前の魔王でしたら殲滅せんめつが常でした。だからおかしいのです。殿下、出兵する数を五百に減らし、帝国からの兵を無しにしてもらえないでしょうか。今はまだ本気で攻める時では無いと判断します」

「ワーナー殿に一任する。帝国には余から手紙を送る。期間は早くて三週間ほどかかる。出兵の準備を頼む」

「仰せのままに」と、ワーナーは一礼して部屋を出て行った。


私、私の話をしよう。もう分かっているかもしれないけれど、私の名前はマリー・アカノイア。うん。今日の朝から、そう、起きた瞬間から白い狐が見えるの。尻尾は九本あって・・・。これは何だろうって考えているんだけど。ラウルに話したら「それは九尾狐だ。おそらくマリーを導いてくれるだろう」って言われたの。そんな事を急に言われても納得はできなくて・・・正直、どうしたらいいのかしら。そんな事を考えていたら「マリー。」と、名前を呼ばれる。「は、はい」と、私は振り向く。ラウルの全体的に赤い目を見つめる。「今のマリーは魔力を変換して霊子れいしを使用している。だから、大火傷を負ってしまった。今回はたまたま助かったと思う方がいい。」「う、うん。ラウルがいなかったら死んでいたわ。あ、ありがとう」と、私はお礼を述べる。ラウルは私の手を引いて、引き寄せる。「マリー、魔素から霊子。霊子から氣へ。その流れで変換するだけでは、滅びの運命は滅びのままだ。魔素が具現化する世界と言うのは、滅びの中にあるんだ。そんな世界で平和を望むなんて夢のまた夢だ。だからこそ、氣から霊子。霊子から魔素へ。無限の富、無限の叡智、無量なる寿ことぶき。そこにアクセスしなければ意味が無い。そして魔素で出来上がってしまったこの世界を新たに創る。オボロにオレが霊子コーティングを施しているのもそれが理由だ。霊子は魔素の一万倍。たった一つの霊子がだぞ。さらに霊子そのものに規則性が無い。霊子そのものは不規則に動く。自らの意思で。いや、正確には無量なる寿による導きで。どちらにせよ、オレは滅びの運命を変えたいんだ。そのために、地下の鍾乳洞に入って欲しい。もちろん、嫌なら嫌で構わないが・・・どうする?」と、ラウルに言われる。私はちょっとだけ顔を逸らしてしまう。その先には九尾の狐が私を見て笑っている。九尾だから九ちゃんとでも呼ぼうかしら。違う、ちがう。世界を滅びから救うために、この街を造ったの?滅びの運命?知らないわよ、そんな事。だからお父さんとお母さんは娘の私に世界の命運を託したとでも・・・勝手すぎるよ。そんなの。私は私は・・・寂しいんだから。寂しくて寂しくて、どうすればいいのよ!

「ふぅ〜〜すまない。初めて聞かされたか?父と母が死んだ理由に納得がいったか?今泣いているのは・・・いや、悪かった」と、ラウルは私を抱きしめてくれた。私の金に輝く髪を撫でてくれる。涙で前が見えないけど、きっと虹の瞳は見えないぐらい涙で溢れて滲んでいるわ。悲しいのに、嬉しい。もっと撫でて欲しい。顔がラウルの胸に当たっている。ラウルの心音が温かい。ずっと聞いていたい。「わ、私」と、ラウルを見上げる。「どうした?今日はもう休むか?」「ううん。そうじゃないの」

「好きに言ってみろ」「うん。あ、あのね、お父さんとお母さんも世界の滅びを止めたいから、私に力を残して死んでいったのね。そうやって紡がれる。紡がれた想いをここで止めたく無い。地下の鍾乳洞に行けば、世界を救うための一歩になるのね。だったら連れて行って!お願い!」と、私はラウルの全体的に赤い目を見つめる。

「・・・さすがはテリーとテレジアの娘だ。このまま転移する。つかまっていろよ」と、私たちは光の粒となって、大きな鉄の門の前に転移した。

「ここは?」と、私はまだラウルにしがみついたまま聞く。「教会の地下だ。オレたちの住んでいる教会の下にこの鍾乳洞の入り口はある。九尾狐が見えるなら生きて戻って来れるだろう。時の大精霊からの恩恵はまだ何も見えていないか?」

「私の目が虹色に染まってしまう未来を見たわ。それに衣服が星空を纏ったようなマーメイドドレスになってる。これは何?」と、私はラウルを見上げる。

ラウルが私の頭を胸に抱き寄せてくれる。「未来が見えたのなら安心だ。鉄の門を開く。この門はオレにしか開けない。またはオレと同じ力を手に入れた者だけが開ける。帰りは自分で開いて戻って来るがいい。荒業となる。支配の能力で一時間おきに治療はしてやる。時の大精霊の未来予知を信じて前へ進め。マリーなら辿り着ける」

「・・・・・・この門の先に何かあるのね。と、とにかく力を手に入れてまた同じ場所に戻って来るだけじゃない。九ちゃんだっているし、大丈夫よ」と、私は一歩後ろへ下がってラウルを見つめる。

「きゅうちゃん?九尾狐のことか?まあ、好きに呼ぶといい。嫌がってはなさそうだしな。さあ、門は開いたぞ。一緒に行って来るといい」と、ラウルが鉄の門に向かって、右手をかざすと両開きに開いた。門の先は真っ暗だ。本当に先があるのか?いきなり壁でもあるんじゃ・・・とにかく何も見えない。九ちゃんは入口のところで待ってくれている。私はラウルから離れ、恐るおそる入口に近づく。近づいたのに、まだ先が見えない。何なのこれ。九ちゃんはトコトコと歩き出す。私は追いかける。暗闇の中へ体が入っていく。いきなり何かにぶつかった。右へ体が倒れる。「いぎゃああああああああ」右腕、右脇腹に硬い物が突き刺さる。痛い、痛い、痛ーーーい。あ、痛みがやわらいできた。ラウルの力が発動したんだわ。右腕、右脇腹が青白く燃える。鬼火?硬い物が崩れて行く。九ちゃんが燃やしてくれたようだ。声?頭に何か・・・もしかしてラウル?「すでに生死を彷徨っているか。その鍾乳洞は魔素に反応する。つまり、霊子を体に纏い、前に進まないと行けない。氣を感じるんだ。心臓の辺りにある。それを感じ取れ。魔素を垂れ流したまま歩けば、何度も同じ目に遭う。」「何よ、それ!あグァあああああ」と、今度は私の左脇腹辺りに硬い物が刺さっている。「し、死んじゃう」と、私は涙を流しながら訴える。「生死の境目・・・そこで初めて氣の流れは育まれる。オレが生きている限り、死ぬ事は無い。安心して進め。」「横暴よ!あぎゃあああああ」今度は両足。どうしろって言うの。駄目、意識がと、途切れ・・・。

 眠ってしまったのか、重くなった瞼を開ける。九ちゃんが私の左頬を舐めてくれていた。寝かされている。私に刺さった硬い物はまた燃やしてくれたみたいだ。九ちゃんが太股の上に移動する。満面の笑みだ。私は左手を胸に。心音を聞く。ここに氣の流れがある。ラウルはそう言っていた。確かにあたたかい。これが氣なのかな。九ちゃんがコクコクと頷いている。そうなんだ・・・嬉しい。これを体に薄くうすくまとえばいいんだわ。呼吸をしっかりして・・・そう、ゆっくりと呼吸を繰り返して。水で防護膜を纏うように。そうよ、要領は同じだわ。それに先の戦いで大火傷をしたから、生死の境目を彷徨うほどの大怪我をしたから、九尾狐。九ちゃんに出逢えたのだわ。うん。そうよね、九ちゃん。立ち上がる。立ち上がり、歩き始める。九ちゃんが前を歩いてくれる。硬い物が襲って来ない。纏えているんだわ。あれ、下り坂になっている。壁に手をついて、ゆっくりと降りる。九ちゃんは私の歩く速度に合わせてくれる。塩、塩の匂いがする。どう言うこと・・・ううん。とにかく進まないと。しばらく進むと今度は上がる坂だ。壁をつたって私は何とか上まで上がりきった。塩の匂いがすごい。海だ。海がある。水平線が見える。地下の鍾乳洞は海と繋がっていたのね。というか、ここで行き止まり。どこに力があるの?どこにも無いじゃない。あ、九ちゃん、そっち海だよ。九ちゃんが海の中に消えて行く。そんな・・・私一人に。え?何?黒い影。大きい。海の底から何か来る!巨大な蛇だ。青黒いウロコ、金色の目・・・リヴァイアサンだわ。あ、九ちゃんが頭上にいる。どういうことなの?九ちゃんがいるという事はリヴァイアサン様は善なる存在なのかしら?

「娘・・・われは海の王にして世界を壊す者・・・なんじはわれを何と呼ぶ」

ラウルと同じ、脳に響く。無量なる寿ことぶき確かラウルはそう言っていた。

「無量なる寿・・・。ええっとごめんなさい。それはラウルが言っていたこと・・・わ、私は善なる存在だと思います」と、私は言い直す。九ちゃんが降りてくる。私はそれを抱き止める。目が熱くなる。でも痛みは無い。不思議だわ。それに私の黒いマーメイドドレスの色が夜空のように輝き始める。星の川が見え始める。

「あれ?リヴァイアサン様は?」姿が見えない。あれほどの巨大な蛇を見失うなんて。どうしちゃったのかしら。九ちゃんは上がって来た坂を降り始める。私は戻ることにした。坂を下り、また上がり、暗闇の中を九ちゃんだけを頼りに歩いて、鉄の門に再び辿り着いた。私は鉄の門を触りながら氣を流し込む。ラウルみたいに離れたままでも流し込めるみたいだけど、今はまだ触ってやってみたい。鉄の門は開いた。「マリー」と、カーラの声がする。カーラに抱き止められたところで私は意識を失ってしまった。


密談があってから三週間後、五百の兵がオボロに到着する。


 守備に重点を置いた土属性持ちの魔導兵たちを五百名。新しい住人希望者がこんなにもたくさん。これは喜ぶべきなのかな。私、マリーは三角帽子を被った魔導兵たちを見る。黄土色の三角帽子、黄土色のローブ。同じ服装で、それもこんなにも整列して真面目な人たちなのかな。私は目を瞑って、彼らに向かって歩く。「ストーンバレット」多重詠唱。五百人分ともなれば、すごい数だ。でも怖くない。氣をまとっているから。最上位素粒子を身に纏っているのだから。何も怖くない。彼らのしている事が児戯じぎでしかないと、今なら分かる。五百人分の岩の弾丸は私に傷一つ与える事はできない。それとリヴァイアサン様は消えた訳では無かったようです。私、マリーに宿ってくださった。リヴァイアサン様は海の王、海の神・・・つまり、私のいる場所が海。土は海に変わり、目の前の魔導兵たちは黄土色の瞳でお互いに見つめ合っている。大地の恩恵が消える。唯一の魔力が使用できなくなる。さあ、あとは声をかけるだけ。「ひれ伏しなさい。そしてここの住民として歓迎するわ。」魔導兵たちは全員ひれ伏して行く。あれ?誰も顔すらあげないけど・・・どうして。そうだわ、海。フィールドを解除しないと。海は大地に戻る。九ちゃんが目の前にやってくる。九ちゃんのそばにいる魔導兵が立ち上がる。「うあああああああああ」と、私に向かって、両手を広げて襲いかかってきた。フィールドを限定的に戻す。魔導兵の足は土の中へ沈んでいく。腰まで沈んだところで止めてあげる。「住民として歓迎するわ。嫌ならこのまま沈めてあげるけど・・・お父様を殺した王国兵に慈悲は無くてよ」と、私は笑顔を作って話し掛ける。「お、お助けを」と、魔導兵は言う。「ええ、いいわよ。ラウルには住民として歓迎するように言われているからね。私の旦那様に感謝することね。」と、私はフィールドを解除する。青緑の皮膚をしたゴブリンのコッペルトさんがやって来ている。「あとはお願いね、コッペルトさん」と、お願いだけして私はその場を後にする。五百の兵はコッペルトさんの先導に従って、北門をくぐっていく。プラチナに輝く髪を隠そうとしないラウルと一緒に私は魔導兵が門をくぐるのを見ている。今でも復讐したい自分は確かにいる。その自分と一緒に生きる。そう、ラウルに言ってもらえたおかげなのか、私は魔導兵としてやってきた王国兵の存在を認める事ができている。ラウルは全体的に赤い目で、私を見る。虹色に染まった私の目を。

「戦いに慣れてきたな。いい感じだ。」と、私の頭を撫でてくれる。「あーでも、めんどくさいな。五百も新しい住居を作るのか」と、ラウルは彼らの後ろ姿を見て、ぼやいている。

「いいじゃない。そのうち王国兵だけじゃなく、王国の民も帝国の民もここへやって来るわ。そうする事で滅びの運命を回避できるんでしょ。」

「まあ、そうだな。王国兵と帝国兵の中にも魔素から霊子に辿り着いた兵士はいる。そいつらが来た時が勝負どころだな。オボロを守りながらの戦いになる。その時はオレも戦いに参加しよう」

「そ、そう。一緒に戦ってくれるんだ。楽しみにしてるわ」と、私はラウルの腕にしがみついた。今はこうしていたい。ほんの少しだけ。


参考文献

陰陽師の使命 第27代水の家系安倍成道 著、安倍成道。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る