第4話 私、接待を受けました。

 ボクの名前はクリス。家名は残念ながら無い。ボクがいるのは、ヒルズの街。王国の南端にあり、見捨てられた傭兵たちの街だ。領主マルベーロは王国からの配給を民に配ってはくれない。自分に従う傭兵たちにだけ、与えている。力の無いボクたち子どもは食べる事ができない者の方が多いかったけど、それでも助け合って、命を繋いでいた。それでも未来に何も希望は無かった。遅かれ早かれこのままここで餓死するのを待つだけだと。この街に生まれたのが、この街にたどり着いた事が間違いだったとみんな思っていた。ボクも含め。それが変わった。マリー様がオボロという街から食料を届けてくれた。魔術では無く、氣という物を教えてくれた。体得できたのはボクと、グリードだけだけど。他の子たちは扱えるけど、魔術と攻撃から身を守る事ができるようになった。何よりも食料がありがたい。左肩には変な紋章がボクとグリードには浮き上がっている。ボクとグリードは今、領主の館に潜入している。傭兵の数は十五。それと領主の周辺には近衛兵らしき傭兵が三人。全部で十八だ。今、ボクたちは壁の中に隠れている。壁を壊して、また作り直した。慣れると簡単な作業だ。霊子コーティングされていない建物なんて、紙切れと同じ。魔力を読み取る事もボクとグリードなら余裕だ。ボクはとなりで座っているオレンジ髪のグリードに声をかける。「どうする?そろそろ動くか」「いや、もうすぐ右の壁に向かってやってくる傭兵がいる。まずはそいつを二人で退治しようぜ」と、グリードは目つきの悪い目で見てくる。親指で右側を指している。ボクはただ頷く。ボクは黒髪で黒い瞳だ。元々魔術には恵まれなかった人間だけど、氣を使えるようになったからと言って、使用できる魔法は増えなかった。ただ分解と再構築はできる。グリードは武器召喚をできるみたいだ。今も目の前で刀と呼ばれる変わった武器を用意している。「壁を消すよ」「合図をくれ」「わかった、三、二、一」と、ボクは壁を触る。壁は消えて、顎を触りながらキョロキョロしている大人の傭兵と目が合った。グリードが刀で傭兵の剣を受け止めてくれる。ボクはその隙に、傭兵の体を触り、「吸収」と、唱える。傭兵は白目を剥いてぐったりと倒れ込んだ。「壁をもう一度」と、グリードは言う。「わかった」と、ボクはすぐに壁を再構築した。「ふぅー・・・。念の為、縄で縛って・・・これでいいかな」と、ボクはグリードに笑いかける。「これであと十七だな。もう一人ぐらい捕まえるか」と、グリードはボクを見てくる。「そうだね。でもボクたちの役目って時間稼ぎだから・・・とりあえずあと一人捕まえたら逃げ出そう」「それもそうだな」と、グリードは初めて笑う。「ほら、もう一人来たよ」


 マリー、それが私の名前。ええきっとそんな事はもう耳に穴が空くかもしれないぐらい知れ渡っているわよね。私がマリー・アカノイアだって事は。金に輝く髪を後ろでくくって、星の川が輝いているマーメイドドレスを着て、私はヒルズの街にある領主の館の玄関にやって来た。作戦通りなら、すでにクリスたちが潜入してくれているはず。念話でも送ってみようかしら。【聞こえる、クリス?】【聞こえますよ〜。とりあえず、屋敷から脱出しています。傭兵の数は十五と近衛兵三。そのうち、傭兵を壁の中に二名閉じ込めました。あと傭兵たちの中には回復役、光魔法を使用できる傭兵が五人います。】【上出来ね。十三と三。了解したわ、あとは任せて】と、私はそこで念話を切る。クリスたちは上手に脱出できた見たいね。

 私は玄関の扉を叩く。「お客さんが来たわよぉ!」と、ドンドンと思い切り叩く。

「今、開ける。少し待て」と、声が返ってくる。

「はーーい」と、私は返事を返す。

茶色の扉は両開きに開いていく。髪を短く刈っている傭兵が出てきた。

「ここをヒルズの領主の館と知って来たのか?・・・いえ、来てくださったのですか?え、えっと女神様」と、傭兵は慌てて跪き、目線を下げる。

「え?女神?女神がいるの?どこに?」と、私はキョロキョロと周囲を見渡す。

「いや、あなたの事です」と、傭兵は跪いたまま言う。

「え?私。私はマリー・アカノイアだけど。女神じゃないわよ」

「いや、しかし。その容姿はどう見ても・・・伝説の女神様にしか見えないのですけど。ほら、知りませんか?金に輝く髪をしていて、目は虹色に染まっている。そして星の川が輝く不思議なドレスを着ている女神の伝説を」

「は、初めて聞いたわ。その伝説通りだと確かに女神のようね」

「そ、そうでしょう。伝説の女神は全ての魔物に従われ、人間には尊敬され、新たな世界を創造するとあります。ここに貴方様が来られたという事はこのヒルズの街を新しく創造するという事でしょうか?」

「うーん。まあ、だいたい当たっているけど。女神信仰者はどれくらい?もしかしてみんなだったりする?」

「この館にいる傭兵は全員と思われます。それと領主は女神信仰を信じていません。しかし、その近衛兵は信じているでしょう。我ら戦う者にとっては、心の拠り所なので。ただ魔術師たちはニルヴァーナ神を信仰しています。」

「そ、そう。じゃあ、女神として命令するわ。領主を連れて来てくれる?」

「仰せのままに」と、傭兵は跪いたまま返事をしてくれた。

「おい、アラン。女神様を客室へ。王が座る椅子を用意して座っていただくように。それから女神様にお茶をお出しするように」と、髪を短く刈っている傭兵は後ろにやって来た傭兵、アランに告げる。

「はい、ヘルマン隊長。め、女神様。お初にお目にかかります。アランと言います。どうか、こちらへお越しください。」と、アランと呼ばれたオレンジ髪の傭兵も跪いて私を出迎えてくれる。それから立ち上がり、「こちらです」と、アランは歩き出す。いい歩き方だ。腰に下げている剣の音もあまり聞こえない。

「じゃあ、お言葉に甘えて」と、私はアランの後をついて行く。通された場所は一番広いと思われる大広間のような場所だ。王様が座る椅子を用意されて、私は座った。とても座り心地がいい。このまま眠れそうだ。

「しばらくお待ちください」と、小さい丸いテーブルが目の前に置かれる。

「紅茶もありますが、お茶の方がよろしいでしょうか?」

「え、ええ。お茶でいいわ」と、私は答える。

「わかりました」と、丁寧に頭を下げて、アランは去っていく。

お茶を運ばれて、口をつけて飲んでいると、領主が近衛兵に引きずられながらやって来た。近衛兵は傭兵たちと違い、銀色の鎧を着ている。情報通り三名だ。

領主は茶髪で、髪はセンター分けしている感じだ。私を睨んでいる。あーこれは信じてなさそうだ。「き、貴様!私は領主、マルベーロ様だぞ!今すぐその椅子から降りろ!無礼者め!」と、叫んだかと思いきや、側の近衛兵に頭を床に叩きつけられる。

「無礼者は貴様だ!」と、近衛兵は叫ぶ。「失礼しました、女神様。ロシュと言います。お会いできて光栄です」と、近衛兵ロシュはすでに跪いている。

「あ、あの・・・す、ずビバゼン。あの、め、女神さま。どうかこの者たちに私を解放するように言ってやってください」と、マルベーロは涙目でこちらに言っている。

「・・・・・・。えっと別にそのままでもいいかな。ここをラウルに譲ってもらいたいの。もちろん、貴方はオボロの街に移住してもらって・・・仕事だって用意しているわ。駄目かな?」

「ふ、ふざけ・・プギャ」と、側の近衛兵ロシュに再び頭を床に叩きつけられる。

「ええっと了承って事でいいかな」

「「「もちろんでございます、女神様!」」」と、ロシュを含む三人の近衛兵は声を揃えて答えてくれた。

「よかったわ、思っていたよりも話がスムーズに進んで」と、私は立ち上がり、近衛兵たちにマルベーロから離れるように言う。離れたのを確認してから私は転移魔法陣を起動させた。マルベーロは光の粒となって消えて行った。

私はクリスたちが言っていた事を思い出した。そうだわ、二人の傭兵が壁の中に閉じ込められていたままだわ。魔力探知で閉じ込められていて、かつ、動けていない二人を探す。九ちゃんの声が聞こえる。「案内してやるよ」私は魔力探知をやめて、九ちゃんについて行った。行き止まりの壁の前で九ちゃんは立ち止まる。ここがそうなのね。私は壁を分解して、縄で縛られていた二人を見つけた。私が解放するよりも先に私の後をついて来てくれていたヘルマン隊長たちが手伝ってくれた。でも知らなかったわ。魔法を使えない戦士たちの女神が名前も無い私と同じ姿の神様だったなんて。

「それじゃあ、そろそろ・・・」と、私は領主の館を出た。みんな最後まで見送ってくれた。何だろう、この違和感。領主はオボロに送ったし、問題は解決したはず。

私以外がやって来たら、彼らは・・・・・・。きっと争いになる。ラウルに従ったわけじゃない。魔物たちに従ったわけじゃない。私にだけ。どうすれば・・・。ラウル・・・。【ラウル、答えて】【どうした?マリー。】【あ、あのね。傭兵たちが私にだけ従ってくれたの。でも、それじゃあ駄目だよね。どうすればいいかな?】【そんな事か。なに問題は無い。マリーが転移魔法陣を発動した事が重要だ。何も問題は無い。例え奴らが腹黒く、本心は別にあったとしても。どちらにせよ、俺がそこへ行く道は開かれた。オボロに領主を送ってくれたおかげでな。ゆっくりやるさ。一人ずつな】【あっ、うん。なんかちょっと安心したかも】私はそこで念話を切った。

そうよね。今までもそうだったじゃない。私はヒルズの街を歩く。私が食料を提供した子供たちが走ってくる。「お姉ちゃん」「うん、ご飯を食べに行こうか」「今日はどんなご飯?」「そうねぇ、それは教会に到着してから考えるわ」「むぅ」と、男の子は顔を膨らませる。私はそんな男の子の頭を撫でながらヒルズの教会へ足を向けた。

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