【KAC20244】お題:ささくれ part2
かごのぼっち
ささくれ
─魔法植物研究棟・第三研究室
私、ティロはキャロライン教授の研究室で働く研究生だ。
キャロライン教授の指導のもと、様々な魔法植物の研究とその手伝いをしている。
毎日の様に研究に明け暮れて、家に帰っても研究の資料をまとめたりしていた。
毎日毎日、研究研究。 そんな毎日が普通だと思っていた。
─或る日。
「いてっ!」
左手の甲にチクリと何かが刺さった様な痛みがあった。
私は手の甲を、木製の棚のささくれでも刺さったのかと思い、鉢植えを横に置いた。
しかし、別にささくれなどが残っている様子ではなかったので、その後も特に気にすることはなかった。
「ティロたん☘大丈夫でつか? トゲか何か
「メリアス先輩、心配してくれてありがとうございます。 たぶん木のささくれか何かが、刺さったんだと思いますが、残っている様子もないので……」
「ちゃんと消毒ちておきなたいね?」
「はい、後で医務室に行って消毒してもらいます」
そう言って、私は作業の続きを再開した。
─数日後
私は手の甲の異変に悩まされていた。
あの時、ちゃんと医務室に行ってれば、こんなに腫れることは無かったろうに。
私の手の甲は五センチくらいの腫れ物が出来ていた。
不思議と痛くはない。
流石に治りが悪そうなので、私は病院に行くことに決めた。
─ナーストレンド東街・カトリーヌ診療所
「別に膿んではいない様なので、この軟膏を塗って様子を見てみましょう」
「はい…」
「経過を見て、また来ると良いわね」
「解りました。 ありがとうございます」
私はドクターにお辞儀をして会計を済ませると、さっそく家に戻って軟膏を塗った。
「こんなに大きくなるまで放っておいたのが間違いだったなぁ〜。 でもこれ、全然痛くないんだよねぇ〜」
私は独り言ちりながら、左手の甲の腫れ物に軟膏を塗った。
あれ?
よく見るとコレ……顔っぽくない?
腫れぼったい瞑った目が二つと、何か口を模した様な造形……。
シュミラクラ現象!? まあ、気のせいにしておこう。 気持ち悪いし!!
私は病院に行ったし、軟膏も塗ったので、そのうち治るだろうと楽観的になっていた。
─1週間後
……。
「先生、全然治る気配が無いのですが!? それよか、大きくなってません!?」
「でも、身体透過魔法石と組織解析魔法石で診てみたけど、変な組織は無いし……ただ、霊体可視化石で診てみるとココだけアストラル体が濃いみたいです。
うちはマテリアル専門なので、アストラル診療もやっている総合病院に紹介状を書いてあげましょうか?」
「……お願いします」
私の手の甲の腫瘍?は一回り大きくなっていた。
この後、私は総合病院にも行ったのだが、外見以外の異状は見当たらなかった。
その結果手術による切除を行う事にした。
─ひと月後
「これは……」
「先生?」
私の切除した腫瘍はそっくりそのまま元の形に戻っていた。
「解りません。 こんな症例は初めてです。 人面瘡に見えますが、特に組織的な問題もありませんし、呪詛や怨念などの類も検知されませんでした。
あと他に方法があるとすれば、手を切断して再生させる再生治療くらいですね」
「切断……」
「どうなさいますか?」
「少し考えさせてください」
「分かりました。 では、1週間後にまた来てください」
「ありがとうございました」
人面瘡。
見れば見るほど顔に見えてくる。
しかし、実は私、初めこそは気持ち悪がってはいたが、ずっと観ているうちに可愛く思えて来ていた。
私は、左手の甲を眺めながらなんとなく、本当になんとなく話しかけてみた。
「ねえ、君はいったい何なんだい?」
「……」
「やっぱり話せないよねぇ……」
「ん? 俺に言ったのか?」
「きゃあっ!!」
人面瘡が喋った!? 目も見開いてるし、コレ完全に顔だ!! 私、変な夢でも見てるのかな??
「そちらから呼びかけておいて驚くなんて、ちょっと失礼じゃないかい?」
「ご、ごめんなさい!! って、やっぱり喋ってる!!」
「ああ、喋ってるね?」
「君はいったい何なの?」
「さあ?何なんだろうね?」
「名前は?」
「そんなのあるわけ無いだろう!?」
「そりゃあ……そうか……、そうなのか?」
「うん、そうだ。 名前は無い」
「じゃあ……名前付けても良いかな?」
「好きにすれば良いんじゃねえか? 呼びにくいんだろう?」
「そうね。 じゃあ……ささくれ」
「え? ……まあ良いけどよぉ。 もう少し何かあんべさ?」
「デキモノ・ハレモノ・オデキ・シュミラクラ……」
「ああっ!! もう良い、もう良い!! ささくれが一番マシだ!!」
「じゃ、ささくれ君、私はティロ、よろしくね!?」
「よろしくも何も、毎日顔合わせてんじゃねえか!」
「それもそうね、何なら一心同体だし?」
「同体だが、一心ではなかんべ?」
「ささくれ君は細かいなぁ……」
「おめぇが大雑把なんじゃねえの?」
「てへぺろん」
「あ、人の顔舐めんじゃねえっ!! きったねっ!!」
「自分の手の甲を舐めただけだもんねぇ〜」
「くっそ、舐めやがって!」
「ふっふっふっ!」
「この女、イカれてやがるっ!!」
「あっ! そんな事を言って良いのかなぁ〜??」
「いっ!?」
私は化粧箱を取り出した。
「お、おい!? てめぇ何考えてやがるっ!?」
「いやね? せっかくだからおめかししようかと思って?」
「そっ、そんなの必要ねぇじゃねえか!!」
「あら、私は女の子なんだから、おめかしするのは当たり前じゃな〜い?」
「やっ、やめ……やめろ───っ!!」
私は嫌がるささくれ君にギャルメイクを施した。
「お前……これ……今、どう言う状態だ!?」
「ぷぷっ! どうもこうも、とても可愛らしいわよ? あはははははは!」
私はささくれ君に手鏡を見せた。
「可愛らしいって……おめぇ、俺のアイデンティティが崩壊しまくってんじゃねえか!!」
「何よ、アイデンティティって? そんなつまらないモノ捨てなさいよ?」
「くっそー! 覚えてやがれ!?」
「ふふふ♪」
その日から私は、普段は手袋をしてささくれ君を隠し、一人になるとささくれ君と何気ない会話をして過ごした。
それが、今までの私にない、とても楽しいルーティンとなっていた。
「ねえ、ささくれ君?」
「何だよ」
「あんた、最近小さくなってない?」
「そうか?気のせいじゃないか?」
「だったら良いのだけど……ちょっと、ご飯食べてみる?」
「おめぇ、本当に頭おかしいんじゃねえのか?」
「酷いっ!?」
「酷いも何も、手の甲に出来た顔に飯食わす奴いるのかよ?」
「ここに居るけど、悪い??」
「本気で言ってんのか!?」
「あら、私はいつだって本気よ?」
「じゃあ、食ってやろうじゃねえの?」
「それじゃぁ、はい! あ~んして!」
「あ~んっておめぇ……くそっ! ん!」
「は〜い、いい子ね〜♪」
「ん………うまっ! 何だこれ!?」
「これはねぇ、チーズケーキだよぉ? 美味しい?」
「お? おおう……まあな?」
「ふふふ、良かった♪」
そうして楽しい時間が過ぎて行くに連れ、ささくれ君は小さくなっていった。
「ささくれ君?」
「……」
「もう、こんなにちっちゃくなっちゃって……返事もしてくれない……」
「……オイ」
「ささくれ君!? 何!? 何かして欲しい事ある??」
「オメェ…モウオレニイゾンスンナ! オレノコトハワスレロヨ!!」
「そんな淋しい事言わないで!! 私、あなたと話している時が一番楽しいんだから!!」
「オレ…モウネムインダ…シズカニネカシテクレネエカ?」
「……お別れ、なの?」
「ワカンネエ…トニカク…ネムクッテ…」
「ささくれ君?」
「…ン?」
「私、ささくれ君に会えて良かった。 ささくれ君に会えなかったら、きっと私は私の人生を歩んでいなかったと思う」
「……」
「ささくれ君が、私にアイデンティティをくれたんだよ? ありがとうね!?」
「……」
「きっと、もう、君が居なくても大丈夫! だからね、ささくれ君?」
「……?」
「ありがとう♡」
「……ン」
「そして、おやすみなさい!」
「……ン」
それから数日後には、左手の甲の腫れ物はすっかり消えて、元の手に戻った。
私は胸にぽっかりと穴が空いた気分だったけど、以前感じていたささくれた気分は無かった。
きっと、ささくれ君が持って行ってくれたのだと思う。
それからも、何か落ち込む事や嬉しい事がある度に、左手の甲にささくれ君の顔を描いて話しかけた。
「ねえねえ、聞いてくれる? ささくれ君?」
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