ささくれカマイタチ

無頼 チャイ

さつまクレープ、トッピングはアイス。

 ささくれの正体って、実は妖怪らしい。だからささくれ立つという言葉が出来たみたい。

 イライラする人が多いのも、実はその妖怪の仕業みたいで、下手に引き剥がすと大変な目に合うらしい。

 だから、ささくれ立たせる必要があるんだってさ。


 □■□■□


「先輩、なんでいつも元気なんですかぁ〜」


「ほらほら、早く来ないとささくれもらえないぞ」


 猫みたいな長い睫毛と尻尾みたいマフラーの端を揺らしながら、夕焼けに映えた美味しそうなウロコ雲のある方向へグーをかかげてひた走る先輩。

 その姿が、大きな魚を捉えようと、猫の手を伸ばすお調子者に見えて仕方がなかった。


「もらいたくありません。大体、あれ都市伝説なんですか」


「甘いな君は、本当かどうか調べるための調査だぞよ」


 といっても、小丘にある道路脇の道を歩いてるだけ。しかも下校ルートだから調査感がない。隣に見えるこんまりした小山から、肌寒い風が降りてくるから、できるなら調査を早く終わらせたい。


「それならまず、その暖かそうな手袋を取ってくださいよ」


「え、やだよ」


 ナニイッテルのこの後輩君? みたいな視線を当てられた。

 理不尽だ。そもそも呼び出して、「ささくれカマイタチを捕まえに行こう」と言ったのは先輩だ。なのになんでまた僕はお供してるんだろう。


 廻る猫の都市伝説は本当なのか、疑いたくなる毎日だった。


 ささくれカマイタチ。ささくれの正体がカマイタチだと言われている。

 と言っても、広義的なカマイタチのそれとは別種、と言っていいのかも分からないぼやけた存在。

 「ささくれカマイタチの噂を聞いた。近く、だから行こう」と、先輩が僕を連れ回す方がよっぽどカマイタチっぽい。


 とにかく、先輩から教えてもらったサイトや、聴取から頂いた情報をまとめると次のようなことらしい。


 ささくれカマイタチとは、人の指に憑依する妖怪で、風が強く吹く日に出現するそう。

 カマイタチが人を瞬時に切り付けるのに対し、ささくれカマイタチは切りつけた傷から血を吸うため、ささくれのような見た目に化けるとか。

 特に、一番恐ろしいのが、


「ささくれカマイタチを無理に引き剥がすと、しばらく指も心も切りつけた痛みが続くって言うじゃないですか。先輩、実は怖くて手袋してますね」


 そういうことでしょう、と僕は手袋をしていない人差し指を勇敢に向けてみた。

 けれど先輩は、「フッフッフ!」と不穏かもしてます笑いをして、ビシッ! と胸を張り、アタシがそんなか弱い乙女にみえるのかね! みたいな仁王立ちを決め込んだ。


「君は甘いね。甘いよ君は。まるでバニラアイスと焼き芋とクレープを合わせたみたいな甘さだよ」


「昨日食べたさつまクレープ、美味しかったんですね」


「これを見よ!」


 サラッ、と先輩のふわふわ手袋が抜き取られ、色白で、か細い指が現れた。


「手袋をして、ここまで全力で走った。この意味が分かるかね」


「……、手汗ですか」


「その通り! 分かってる〜」


 分かりたくなかった。切実に。


「このフニャフニャになった手なら、ささくれカマイタチだって飛びつきたくなるに違いない!」


 確信マシマシという感じに目が光っている。このエネルギーを少しでも学業にも向ければ良いのに。


「で、結局なんですか」


「汗に濡れた手に、ささくれカマイタチが舞い降りるのを待てばいいんだよ」


 ふらぁ〜っと伸ばされた手が、小山に向かって水平に向けられた。


「ささくれカマイタチは風に乗ってくる。ここならうってつけでしょう」


「そう、ですね」


 小山から吹く風と、ここが小丘というのもあって割と風が強い。

 ささくれし放題という意味ではうってつけだ。けれど、先輩がそんな理由でここを選ぶだろうか。


「そういえば、なんでここなんですか」


「ささくれカマイタチはね。森に住んでるんだよ。あの山を見て、茂りに茂ってるでしょ」


「だから、ここ?」


「うん、そう」


 なるほど……。


「ところで、どうやってささくれカマイタチを見分けるんですか」


 イライラしだしたらなんて言わないよな。都市伝説に遭遇できなかった時と、テストの補習を受けた時の違いぐらいしか分からないよ。


「そんなの簡単だよ。ささくれ立たせればいいの」


「ささくれ立たせる? いてっ」


 右手の人差し指に痛みが走った。小山から吹く風だ。砂利何かが混じって吹き付けたのかもしれない。

 一応、ささくれカマイタチかな、と思ってじっと人差し指を見てみる。

 赤く腫れてるっぽいが、ささくれ感はなかった。


「そう。実はささくれ立つって、ささくれカマイタチがきっかけでできたっぽいんだよね。ムフフ、どうしよう、ささくれ立つを創造したお方に会えちゃう」


「変な妖怪を祀り上げないでください」


「後輩君。もしアタシの指に降臨なされたら色紙とサインペン渡してね」


「渡しませんし、何より持ってません」


 人を便利屋みたいに言わないで欲しい。僕はあくまで先輩に付き合わされてるだけだし。


「それで、ささくれカマイタチは来ました」


「まだかな……、もうちょっと粘る」


「もう帰りましょう。日も沈んできましたし」


「もうちょっと、もうちょっとだけ」


 片手で、お願い、されてしまう。

 この人は本当にテコでも動かなそうだ。そもそも僕は風邪を引いて欲しくなくて心配してるのに、先輩はいるかも分からない妖怪に構ってばかりだ。この人、僕がいなかったら大変な目にあってるだろうな。


「先輩、今日はここまでにして明日にしましょう。ささくれカマイタチだってその日の調子があるんですよ」


「あと少しなんだ。分かる、『そろそろ人の指に取り憑いて、チューチュー血でも吸いたいな』ってスタンバイしてるよ」


「してませんよ!」


 なんだそのおっさんみたいな妖怪。居酒屋感覚でささくれ作るな!


「先輩帰りますよ! ほら、身体が冷えますって」


「お願い! あと少しだけ粘らせて、先に帰ってもいいから!」


「いい加減にしてください! 先輩を一人にできるわけないでしょう! 僕がどれだけ心配してるのか分かってるんですか!」


 風にさらされている腕を引っ張り、帰路に戻そうとした。だがしかし、先輩は思いも寄らない力で抵抗する。既に腕は氷みたいに冷えていて、もともと白い肌が青みかかっているように見えた。

 それを見ると、喉になんとも言えない感情が突っかかる。早く家に帰さないと。先輩のブレーキとして、ぷるぷる震える腕に、更に力を込める。


「ささくれカマイタチなんかより、もっと面白い都市伝説ありますよ!」


「いーや〜だ! アタシは絶対に今日ささくれカマイタチに会って、ささくれ立ってもらうんだ!」


「先輩! いい加減に、怒りますよ! うおっ!?」


「後輩君!」


 山が、せんぱいが、一気にとおのく。つかんでいた腕には、あかく、僕の手跡がのこっている。


 強く掴み過ぎた。ごめん、せんぱい!


 光景が荒く引き伸ばされ、気付くと星が浮かぶ空が。


「いてっ」


「後輩君! ごめんね。アタシのせいで」


 慌てて駆け寄る先輩。僕の右手を掴んだ先輩が、気付いたように瞳を大きく開き、僕の指を撫でて目を細めた。


「冷たい。ごめんね。気付いたら、もう結構暗いし、あ、頭大丈夫?」


「何とか、その、先輩」


「なに?」


 気弱な口調、冷たいが柔らかい手。心配そうに伏せた睫毛。

 あぁ。僕は、心配をかけちゃったんだ。


「大丈夫ですか。腕、その…、強く握り過ぎちゃって」


「大丈夫。このくらいほっとけば治る。それよりも」


 そういって、僕の手をゆっくりと撫でた。人差し指を、労うように、先輩の指がなぞる。


「アタシ、先輩なのに君のことを雑に扱っちゃった。ささくれも立ってるし」


 引っ込み気味な声で、ごめん、ごめんと何度も謝られた。

 そうじゃないだろ。


「先輩。僕こそすいません! 先輩の保護者みたいなものなのに、暴力で解決しようとしました」


「ううん、アタシこそ……え?」


「こういう時、食べ物で釣ればいいのに。僕はなんで物理的に帰らせようとしたんだろ」


「あの、後輩君? アタシものすごく反省してるけどさ、ちょっとおかしくない」


「え? あ、は! す、すみません! 多分頭が痛いせいです」


「うっ、なら……仕方ないか、うん」


 必要のない争いを回避できたみたいだ。

 というか、普通に喧嘩したら負ける。学校から小丘まで走って息が上がってない人だ。それにあの腕力。敵に回したくない。

 そこから、先輩の手を借り起き上がった。

 じんじんと痛みがある。たんこぶは出来たかもしれない。


「あの、先輩」


「うん」


 しおらしくなった先輩の調子に、何とも言えぬ心地悪さを感じつつも、今回、先輩がしたかったことを聞いた。


「先輩は、ささくれカマイタチに何をしたかったんですか?」


「え? あぁ、えっとね」


 山から顔を見せた、猫の目みたいなまん丸い月が、照れくさそうに微笑む先輩をぼんやりと照らした。


「ささくれ立たせる。いそうな指を撫でるとささくれカマイタチが立ち上がるの。そうすると、物腰柔らかい人になれるんだって」


「なんで、物腰柔らかく?」


「だって、」


 睫毛と引き寄せたマフラーが顔を覆う。

 出てきた瞳が、意を決したように、僕を見つめる。


「物腰柔らかくなれば、後輩君、悩み減るかなって……」


「先輩……」


 ずるいですよ。


「むしろ増えますよ。普段の先輩に慣れちゃったから」


「そ、そう?」


「はい。なんなら禿げます」


「そっか。そうか」


 そよぐ風にポニーテールとマフラーの端が、元気よく揺れた。


「後輩君を禿げにするわけには、いかないよね」


「はい。よろしくお願いしますよ。先輩」



 結局、ささくれカマイタチの存在は分からなかった。

 でも、そのあと先輩が奢ってくれたさつまクレープの味は、価値のあるものだと思える。

 甘くて暖かい。それが、先輩なのだから。

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