ダイイングメッセージ:「ささくれ」

透峰 零

あなたは何行目で犯人がわかりますか?

 人里離れた別荘で、国語学者の鵜飼うかいくうが殺された。

 容疑者は、犯行時に別荘にいた以下の五人。

 同僚の大隈おおぐま猫斗ねこと。友人の向坂むけさか康二こうじ桜瀬さくらせ和奈わな。空の妻の鵜飼法子ほうこ。家政婦の有木あれきれい

 現場は彼の私室で、死因は撲殺。飛び散った血が、彼の研究していた「いろはうた」の書かれた桜屏風にもべったりと付着していた。

 また、鵜飼は血文字でダイイングメッセージを残している。内容はひらがな四文字で「ささくれ」。


 ――さて、以上のことから犯人は?



 我らが推理サークルの部長、白峰しらみね美幸みゆきの出した問題に俺たちは首を捻った。

「ダイイングメッセージが「ささくれ」、ですか?」

「その通り。ささくれ、だ」

 一年生トリオの中の紅一点、久保くぼ妙子たえこの確認に部長は頷いた。「ちなみに犯人の捏造ではなく、正真正銘犯人を指し示す被害者のメッセージと取ってくれて構わない。謎解きはフェアでなくてはならないからな」と、付け加えることも忘れない。

「……「笹、くれ」って言いそうなのが大隈だから、彼が犯人ってのは? ほら、中国語でパンダは大熊猫って書くし!」

 元気一杯に手を挙げたのは、「推理は直感派」の後藤ごとう慎二しんじだ。しかし、残念ながら彼の推理は部長に「ハズレだ」と一蹴された。

「じゃあ、桜瀬でしょうか? ささくれって桜瀬のアナグラムですし」

「却下。そもそも、死に瀕した人間が悠長にアナグラムとかできると思うか?」

 部長の厳しい指摘にもめげず、久保は「確かに」と冷静に頷いた。

「ちなみに、だ。ヒントはささくれだけじゃないぞ」

 机上に置かれた問題用紙を部長はトン、と指で叩いた。

「この問題文に書かれた全てが手がかりだ」

 彼女の言葉に、僕はもう一度問題文を読み直す。被害者は国語学者。研究内容は「いろはうた」。桜の屏風。

「どうだ、真白ましろ。なにか気が付いたか?」

「いろは唄がなにか関係ある気がするんですよ」

「ほう、いい着眼点だ。そう思うなら書いてみてはどうだ?」

「う……それが、終盤まで覚えてなくて」

「慎二に手伝ってもらえ。お前、腐っても国文科だろ」

「はいはいはーい! まっかせて下さいよ!」

 元気に返事した後藤が、俺が途中まで書いていたいろは唄の続きを書き足していく。くそぅ、なんかちょっと悔しいぞ。


 いろはにほへど ちりぬるを

 わかよたれそ つねならむ

 うゐのおくやま けふこえて

 あさきゆめみし ゑひもせす


 完成したいろは唄を挟んで、にこにこと部長が俺たちを見る。この顔は知っている。「あと一歩だよ」って時の顔だ。

「第二ヒントは必要かな、ホームズ君?」

 いたずらっぽく笑う彼女が首を傾けたのに合わせて、肩で切り揃えられた栗色の髪がさらりと滑る。

「いえ、もう少し考えます」

 ささくれ。

 さ、さくれ。

 ささ、くれ。

 ささく、れ。

 さ、さく、れ。

 なにかが、俺の頭の隅を引っ掻いた。

「さ、さく、れ?」

 小さく呟いた俺の言葉に、久保が大きく目を見開く。

「わかった!」

「「え?!」」

 普段は冷静な久保の大声に、俺と後藤は驚いて彼女を見やる。

 興奮気味に眼鏡の奥の目を輝かせながら、彼女は「桜よ、桜!」とペンを手にした。

「「さ」の場所に「れ」を咲かすの!」

 言うが早いか、彼女はいろは唄の「さ」に×をつけると代わりに「れ」を書く。

「さの周りを読むと、左右は「あれき」、上下は「れい」。だから、犯人は家政婦の荒木玲。ですよね!」

 部長がにんまりと笑った。

「正解だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイイングメッセージ:「ささくれ」 透峰 零 @rei_T

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説