悪徳の匣
木古おうみ
悪徳の匣
我が家には箱がある。
棺のような巨大な箱だ。
桐でできているらしいが、今は血が染みて乾き果てたような暗褐色に染まって、木目すらもわからない。普段は臍の緒じみた組紐で固く閉じられている。
この箱に生き物を入れて蓋を閉めると、次に開けたとき、生き物の代わりに入れたものの重さの分、金が現れる。一キログラムにつき、十万円。
箱は明治の終わりに作られ、その頃は鈍色の金塊が出たらしいが、今出てくるのは風情のない万札だ。
元はと言えば、金をもらってひとを呪うまじない屋の末裔が、強欲な権力者を破滅させるため作ったものらしい。
持ち主がどうなったかは知らないが、まじない屋の目論見は成功したのだろう。
この箱は回り回って、何の権力もない我が家に流れ着いたのだから。
箱は罰を与えるべき悪人を探して、ひとの手を渡ってきたようだ。
母の前にこの箱を持っていたのも悪人だった。
夫を早くに失くした美しい母は、愛人稼業で、自分と兄と妹を養っていた。三人の子には優しい母だった。
前の箱の持ち主の男は、邪魔になった母を金に変えようとした。
母は睡眠薬入りの酒を出されたが、男が見ていない隙に摺り替え、男が隠していた箱を見つけた。
母は自分を入れる棺桶だと思ったらしい。自分と兄と妹を呼んで、男を箱に入れる手伝いをさせ、秘密を知った。
そして、得た六百万は兄の学費になった。余った金で、母は自分たち三人を満開の桜の下、花見に連れて行ってくれた。
しばらくはそうして稼いだが、悪事はバレるものだ。母が引っ掛けた男の妻が、母を刺した。
自分たち三人は母の遺体を箱に入れ、葬式代と当面の生活費にした。
桜の見える丘に建てた母の墓の前で、兄と妹は自分に復讐しないかと持ちかけた。自分は賛成した。
母に似ていて美しい兄は、母を刺した女の娘を誑かし、生きたまま箱に入れた。娘は五百万の札束になった。
兄は、女は身重と言っていたがそれにしては額が少ない、嘘だったかとぼやいていた。聞いていた体重よりは随分重いがと笑った。
兄妹で一番残酷な妹は母を刺した女の夫の前で、その息子や飼い犬を捕まえて、上半分や下半分を箱に入れて結果を楽しんだ。それから、男を殺して金に変えた。併せて一千万円ほどになった。
復讐は殆ど兄と妹が済ませてしまったので、自分は母を刺した女が出所するまで待つしかなかった。
裁判官が夫を奪われたが故の凶行に同情的だったため、女の刑期が思いの外短かったのは幸いだった。
自分と兄妹の三人はまず塀から出てきた女を捕まえ、もぬけの殻となった家に連れて行き、かつて女の家族だった札束を見せた。
それから、女を我が家に連れ帰り、毎日指を一本ずつ落として箱に入れた。女が逃げようとしたり、母や兄妹を罵ったときは胸や太腿の肉を削いだ。
女の二十本の指全てを端金に変えた後は、手脚をひとつずつ切って箱に入れた。
殆どは自分がやった。
兄は煙草を吹かしながら、妹は母が可愛がっていた猫を抱きながら、それを見て笑い、自分を褒めた。
兄はもう殺そうと言ったが、妹は母の復讐にはまだ足りないと言った。
自分はどちらの意見も正しい気がして悩んでいた。そのとき、既に正気を失った女が子守唄を口ずさんでいたのを聞いて、ふと思いついた。
この先は、兄に協力してもらうことになった。兄は復讐のためなら仕方ないと快諾した。妹は三人の中で最も残酷なのは私ではなくお前だと苦笑した。
当面の間、年に三十万は手に入るようになった。それだけでは無論足らない。
兄は母にますます似て、年上の女から金をもらうようになった。妹は何処からか大金を持ってくる。
まともに働いているのは自分だけだ。
女が使い物にならなくなったらどうしようかと思う。
最近、兄が縁を切りたいと言っている愛人がいる。最近、妹に付き纏っている筋者の男がいる。
箱に入れる者は尽きない。だが、先の話だ。
三十万の素が詰まった女の腹は、まだ膨れているのだから。
悪徳の匣 木古おうみ @kipplemaker
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