2

 二十年後。

 インタビュアーの女性が訊く。 


「そんなことがあったのですか。それはさぞかし悔しい思いをされたのでしょうね」

「ええ、悔しいなんてものではなかったですよ。起業資金を持ち逃げされてほとんど無一文になりましたからね」

「訴訟を起こしたりはしなかったのですか」

「訴えようにもその男の居場所が分からなかった。けれど噂や情報なんかを集めてなんとか行きつけの酒場を探し当てました。そしてその店に乗り込もうとした矢先、不思議な体験をしたのです」

「と、言いますと」

「箱屋が現れました」

「ハコヤ……ですか」


 怪訝な顔をするインタビュアーに大きく肯いてみせる。


「ええ、そこで僕は真四角の青い箱を受け取りました」

「はあ……」


 話の道筋が分からなくなってしまったのだろう。

 彼女は真剣な表情で、けれど首をわずかに傾けた。

 もちろん理解してもらえるとは思っていない。

 僕はかまわず話を続ける。


「気がつくと僕はいつのまにか家に帰って眠っていました。そして僕の心からはあれほど燃えていた怒りや復讐心の一切が消えていました」

「えっと、それはどういう……」

「その青い箱が自分の物騒な気持ちをしまい込んでくれたのだと思います」

「はあ……」


 冗談を言っているのだと解釈したのだろう。

 あるいは観念的な話をしていると思ったのかもしれない。

 彼女の怪訝な顔が愛想笑いに変わった。

 それを見て僕もニヤリと笑みを浮かべる。

 

「箱はどこにも継ぎ目がなく、またとても頑丈で普通の人の力では凹ませることさえできないようでした。それで結局、僕は箱を開けることを諦めて机の引き出しにしまい、心機一転またゼロからやり直すことを決意しました。そして箱の存在はそれ以来すっかり忘れてしまっていたのです」

「なるほど、それが創業された二十年前ということになるのですね」


 肯くと彼女はインタビューを奔流に戻せたことにホッとしたようで微かに頬を緩めた。


「それからの御社の業績には目覚ましいものがありますね。数々の成功を収め、今ではIT関連の技術開発のみならず、資源循環を主体とした環境事業や交通システム、最近では宇宙開発事業にまで乗り出す計画があるとか。もはや世界的に名を馳せる企業と紹介させていただいても良いかと思います。そこであえてお聞きしますが、ここまで御社が成長を続けてこられた要因とはいったいなんでしょうか」


 僕はその質問に当たり障りのない答えを返しながら、先日使わなくなった机の引き出しの奥にあの青い箱を見つけた時のことを思い出していた。

 

 取り出して手に載せると箱はどういうわけかサラサラと崩れて指の隙間から落ちる青い砂流となり、やがて形をなくすとそこに一本の錆びついたナイフが姿を現した。

 僕は瞠目して手の上のそれを見つめた。

 すぐに思い出した。 

 それは見紛うことなく、あのとき僕が懐に隠し持っていたナイフ。


 しばらくして僕はフッと失笑を漏らし、それから不燃物のゴミの日はいつだったか少し考えた。

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箱屋 那智 風太郎 @edage1999

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