【KAC3】きれいだけど謎の箱〜ユウとリョウタ〜

達見ゆう

奥様は好奇心旺盛

「ただいま~」


 僕が帰ると妻のユウさんが箱を前にして悩んでいる様子だった。


「あれ? 夕飯は?」


「どうせ、リョウタがフライドチキンを買ってくると思ってサラダしか作ってない。冷蔵庫に入っているから、今出す」


 僕はギクリとした。行動パターンを読まれている。確かに今日はフライドチキン店の月に一度の特売日だからお買い得パックを買ってきた。普段は揚げ物に厳しい妻も月に一度だからと多目に見てもらえているのだ。まあ、妻もこのチキンが好物なのだが。


「まあ、食べたらこれに付き合ってもらう。フライドチキンは食べると手が汚れるから」


 そう言って妻は箱をいったん棚の上に置いた。木製の模様が入った箱である。何を悩んでいたのだろう。その辺は食べながら聞くことにした。


「ユウさん、さっきの箱は何?」


「それがわからなくて悩んでたのだ」


「分からない? 中身は開けたのでしょ?」


「開かないんだ。フリマアプリで検索してたら出てきてな。『祖母の家を片付けしていたら出てきた箱根細工の箱です。何か入っているけど開かないので不明です。開けられたら中身は差し上げます』とあったのでつい購入してしまった」


「またそんな怪しげなものを。祖母の家の片付けってことは遺品では?」


 妻は好奇心旺盛だから、こういう謎めいたというか怪しげな物を買ってしまう。もし呪いの品だったらどうするのだろう。


「箱自体は箱根細工だから特定の順番で押したり引いたりすれば開くというのは検索して分かったのだけど、それ以上がなあ」


 僕のツッコミは無視して悩んでいる。現実主義だから遺品とかそういうことは気にしないとはいえ、夫の僕としては心配なのだが。


「ぼ、僕も謎解きに付き合わないとならない?」


 妻と違って僕はオカルトを肯定しているから、怖そうなニオイしかない。中身がミイラの一部とか呪物だったら怖いじゃないか。


「だって、中身がお宝かもしれないし、高く売れたらリョウタを焼き肉食べ放題に連れていけるかなあ、と」


「その話、乗りました」


 僕は食べ放題が大好きだ。しかも焼き肉とは。高く売れれば食べ放題ではなく高級店にいけるかもしれない。

 恐怖より食欲が勝ってしまった瞬間。だから僕はなんだかんだ言ってユウさんの夫なのだろう。


 夕飯を食べ終え、僕たちは箱の謎に取り組むことにした。明日は土曜日だから多少の夜ふかしは構わない。


「変わった模様だと思ったけど、箱根細工って言うのか」


「そう、木目の模様も特徴的だが、さっきも言ったからくり箱でな。順番どおりに押したり引いたりしないと開かない。ある意味で鍵なしのセーフティーボックスだ」


 僕は箱を軽く振ってみた。カラカラと音がして確かに何か入っている。


「音からして小さい物、石かな」


「ダイヤとまで行かなくても甲府産水晶なら嬉しいなあ。甲府の水晶は明治時代に枯渇しているから貴重なんだ。祖母云々からしてまだ枯渇してない時代かもしれない」


 石は石でも宝石よりマニアックな石を欲しがる妻らしい。しかし、ミイラや骨だったら警察に届けよう。あ、でも、古すぎて事件性なかったら戻されるのだろうか。


 悩む前に謎解きだ。中身次第では焼き肉が待っている。ネットの箱根細工のお店のページには「五工程」などと書かれているから五回動かせば開くのだろう。しかし、年代物だからもしかしたらそれ以上の工程が必要かもしれない。なんせ、開けられないから諦めて訳アリ品として出品されたのだ。

 このままきれいなオブジェとして飾ってもいいのだろうが、それじゃ焼き肉が来ない。

 いろんな面をスライドさせようとしたけどなかなか動く気配はない。


 僕たちは箱根細工の開封動画を見てみることにした。検索して映像をテレビに接続してみる。


「よし、上から順番に見よう」


 何本か見たが結論は物によるとしか言えない。お土産用に簡単な五工程から十工程の箱もあったが、中には七十二工程なんていう上級者向けのものもあった。もし、この箱がそれくらいの工程が必要なら、一晩では無理だ。


「ユウさん、僕、自信が無くなってきた」


「リョウタ、諦めるのは早いぞ。いくつか見ていると特徴があるのに気づいた。側面の上から順番にスライドするみたいだ」


 妻はそういって箱の側面の上の部分を左右に動かしてみたら少しだけ板が動いた。


「やった! ユウさん、最初の工程を見つけたね」


「ここからが長いかもな」


 そうして、試行錯誤しながら箱の板をスライドさせていく。やはり上級者向けらしく十工程を超えても開く気配がなかった。


「まあ、ここで開いたら出品しないよね。でも焼き肉が待っている」


「リョウタ、目が肉のマークになってない?」


「交代するよ、僕もやる」


 先ほどの動画からして片面の全ての板をスライドした。再び上をスライドさせていくか、反対側をスライドさせていくか。

 そう推理しながら動かしていって一時間。上の板がスライドした。つまり開封できたのだ。


「やったよ! ユウさん! これで焼き肉……あれ?」


 そこに入っていたこは綿の上に置かれていたへその緒と歯。メモが入っていて『光代 昭和四十九年七月七日生』『初めての乳歯抜歯 五歳』とある。


「これは年代からして祖母の娘、つまり出品者のお母さんのものかな? 生きているなら返した方がいいね。売れないし」


 ドライだけど、正論だ。ミイラではあるけどオカルトではなかったし、他人の僕たちが持っていていいものではない。


「でも、これらは綿に保護されてたから振っても音がしないはず。あのカラカラした音はなんだったんだろ?」


「乳歯じゃないのか?」


 僕は中身をそっと取り出してもう一度箱を閉めて振ってみた。やはりカラカラと音がする。


「わかった! 蓋にも収納できるんだ! さっきの上級者向けの動画と同じだ!」


 僕が蓋を手にしていじったら、本当に蓋の側面の板がスライドして中身が出てきた。


「箱根細工って奥深い。で、中身は? コイン?」


「こ、これは『十銭陶貨』!」


 妻が驚愕の表情でコインを見ながら叫んだ。


「え?」


「戦争末期に金属不足から陶器で硬貨を作ろうとしたが、流通せずに粉砕廃棄されたという幻のコインだ。多分、家族に関係者がいてこっそり一枚くすねて隠していたのだろう。へその緒や乳歯はカムフラージュだったのか」


「あわわ、お、お宝だけどこれは手に余る。いくらで売れるなんて物ではなく博物館寄贈レベルじゃ」


「一攫千金のチャンスじゃないか」


「金の指輪くらいならともかく、これは僕たちが好きにしていいなんてマズイのでは」


「ネットオークションに出そう!」


「そんなことしたら財務省あたりがすっ飛んでくるよ! 嫌だよ、僕たちは何が原因で処分くらうか分からない公務員だよ」


「えー、お宝なのにぃ。じゃあ、質屋に売ろうよ」


 妻は欲が絡むといろいろと鈍る。


「じゃあ、出品者に連絡してくれたら僕がユウさんに焼き肉おごるよ!」


「わかったよ」


 こうして出品者に連絡して中身と箱を返送することになった。

 陶器製の硬貨を生で見られたし、まあいいか。しかし、焼き肉目指していたのが、なぜか僕が損をしている。まあ、開封作業は謎解きみたいで楽しかったからいいや、と思うことにした。

 いや、思わないといけない。僕はレシートの五桁の料金を見て泣きながら何度も自分に言い聞かせるのであった。

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