第16話 【第二話 最終話】 異常接近 ~ 扇山 明奈 ~ 08

 

 ――そのときだった。



「ああっ……!」

 気がつけば明奈さんが叫んでいた。


 

 見るとその手からヘルメットがはじけ飛んで宙を舞っていた。

 やがてヘルメットは私の足元へと落ちてきた。カランと堅い音がする。

 私はなにがなんだかわからずにヘルメットを拾い上げていた。

 

 

 

 ……い、いったいなにが起こったんだろう? 

 

 

 

 私は周囲を見回そうとした。

 だけど明奈さんの鋭い声に釘付けにされる。

 

 

 

「そ、それを私に寄こしなさいっ!」




 明奈さんが身を乗り出して私に迫った。

 もちろん明奈さんの手には杖が握られている。

 

 

 

「大林。ヤツにそれを渡さないと孤舟はどうなるんだ?」




 こんな状況でも公平くんは冷静だった。

 

 

 

「う、うん。

 ……操縦できないよ。だってヘルメットと孤舟はセットなんだもん」

 

 

 

「そうか。だから奈々子さんはそれを狙ったのか」




「奈々子さんっ?」




 そのとき私は見た。

 玄関先で奈々子さんが杖を握ってこちらに向かって立っていたのだ。

 

 

 

 その杖の先はぴたりと明奈さんを狙っている。

 奈々子さんは杖を振るタイミングを待っていたのだ。


 

 

「お嬢さん。次はないわよ。杖を捨てなさいっ!」




 奈々子さんのよく通る声が私にも聞こえてきた。

 そんな奈々子さんだけど、今日もきれいだな、と私は場違いすぎる感想を持ってしまった。

 

 

 

 明奈さんはと言えば奈々子さんの警告通りに杖を地面にぽとりと落とした。

 

 

 

「日頃の扇山の行動からして、奈々子さんが同胞だとは気がついていなかったようだった。

 だからこの作戦は成功したんだ」

 

 

 

「ど、どうして? 

 私、二度も明奈さんにキスされたのに。

 それに今も私からの方だけどキスしちゃったから、明奈さんにはわかっていたと思っていた」

 

 

 

「無意識だったんだろうな。

 ……お前は最初から奈々子さんを巻き込むつもりはなかった。だから、奈々子さんという強力な戦力を勘定に入れてなかったはずだ。

 ……それで扇山に情報が伝わらなかったんだろうな」

 

 

 

「そ、そうか。

 そうだよね。……うん、それならわかる。

 だってこれはあくまで私と明奈さんの問題だと思ってたから、奈々子さんのことを考えてなかったもん」

 

 

 


 確かに明奈さんは私の意識をキスのときに読んだだろう。 

 でも、最初から手伝ってもらうつもりじゃない奈々子さんのことは私の頭にはなかった。

 だから、奈々子さんのことは情報として明奈さんに盗まれなかったのだろう。

 

 

 

 やがて、奈々子さんが近づいてきた。

 

 

 

「こづえさん、怪我はないかしら? 

 私が以前に言ったこと覚えている?」

 

 

 

「……ど、どんなことでしたっけ?」




「あら、やだわ。忘れちゃったのかしら? 

 ――公平ならいくら怪我しても許せるけど、こづえさんを怪我させる人は絶対に許せないってこと」

 

 

 

「……ああ。そう言えば……」




 私は思いだしていた。

 あれは確か公平くんが左手に火傷を負わされたときの話だった。

 公平くんは持っていたスマホごと明奈さんの杖の攻撃を食らって左手を負傷したのだ。

 

 

 

「な、だから奈々子さんに任せれば大丈夫って言ったろ?」




「う、うん。

 ……奈々子さん、ありがとうございます。……で、でも、どういうこと?」

 

 

 

 私は公平くんに尋ねた。

 

 


 そのときだった。

 なにか急に騒がしくなった思ったら、絵里香や博美たちが頭上を見上げて叫んでいるのだ。

 

 

 

「ええっ!」




 私もつられて空を見上げた。

 そして絶句してしまった。

 

 

 

 ――たくさんの孤舟が浮かんでいた。

 

 

 

 それらはぴたりと空中に静止していて矛先を明奈さんに向けている。

 

 

 

「あれは福島さんたちよ。

さっき電話したから駆けつけてくれたのね」




 奈々子さんがそう言った。

 私は骨董市の会主さんである福島達二郎さんを思い出していた。

 きっと今はヘルメットを被っているので、トレードマークのハンチング帽は脱いでいるに違いない。

 

 

 

「政府側と反政府側の争いはなにもいきなり起こった訳じゃないの。

 実はもう二十年近く前から小規模ながら起こってたのよ」

 

 

 

 奈々子さんがそう話し出した。

 明奈さんは奈々子さんにうながされて杖を取り上げられて孤舟を降りた。

 そして敷地の砂利の上に体育座りをさせられる。

 

 

 

「そのときから『カッコウの星』政府は私たちに帰還命令を出していたわ。

 そしてもちろん地球を支配しろとね」

 

 

 

「それで奈々子さんたちは、大林みたいに地球側に寝返ったのか?」




 公平くんが奈々子さんに尋ねた。

 すると奈々子さんは深く頷いた。

 

 

 

「ええ、そうよ。

 私たちは地球で育ったの。

 生まれは確かにそのお嬢さんと同じだけど、心は地球人なのよ」

 

 

 

「なるほどな。

 ……それで地球に帰化したって訳か」




 私はなんとなく話がわかりかけてきた。

 

 

 

 やっぱり奈々子さんは、私と同じで母星の帰還命令に背いて地球人として生きる道を選んだのだ。

 そして頭上に浮かぶ孤舟を操縦する福島さんたちも奈々子さんと同じ考えの人たちなのだろう。

 

 

 

「あ、明奈さんはどうするんでしょうか?」




 私は奈々子さんから自分の杖を受け取りながら、そう質問していた。

 奈々子さんはそんなときでも明奈さんから照準を外さない。

 

 

 

「そうね。彼女が帰りたいって言うのなら、帰ってもらってもいいんだけど」




「ええっ! いいんですか?」




 私は驚いて奈々子さんを見た。

 それは明奈さんも同じようで、やっぱり驚いた顔で奈々子さんを見ている。

 

 

 

「……私が事前に知り得た情報では、この東京には寝返った同胞が組織化されて独自の行動を取っているとあったわ。

 ……それがあなたたちなのね?」

 

 

 

 明奈さんが奈々子さんに質問する。

 すると奈々子さんが頷いた。

 

 

 

「そうよ。私たちはいわゆる私設地球防衛軍なの。

 よそからの攻撃には全力を持って対応するわ」

 

 

 

「……そのうち母星から援軍が来るわ。

 私を帰すってことはそれを意味するのよ?」

 

 

 

「ふふふ。……あなたはなにも知らないのね? 

 カッコウの星と地球しか知らないのよ。……この宇宙にはそれ以上の存在もあるのよ」

 

 

 

「そ、それ以上の存在ってなんでしょうか?」




 私は奈々子さんに尋ねた。

 

 

 

「そうね。……この星で例えるならば国連だと思えばいいわ。

 いくつかの星間国家機関が連合して国際間の諸問題に対応する巨大組織のことよ」

 

 

 

 ――驚いた。

 

 

 

 私はもちろん孤舟から知り得たデータで地球以外にも高等知的生命体がいる星があるとは知っていた。

 でもカッコウの星以上の力を持つ存在など知らされていなかったからだ。

 

 

 

「つまり、カッコウの星の紛争に武力介入する可能性があるってことか。

 そして力で争いを停止させる」

 

 

 

 公平くんが奈々子さんに尋ねる。

 

 

 

「そうよ。……でも孤舟で最新データを更新してもその情報は出てこない。

 なぜならば、遠くの辺境に派遣されている私たちに都合が悪い情報までわざわざ教える必要はないから」

 

 

 

「じゃ、じゃあ、どうして奈々子さんは、それを知ってるんですか?」




 ――質問。

 

 

 

 奈々子さんも私と同様に流刑者なのだから孤舟を使っても最新データは手に入れられない。

 それに奈々子さんが言うには孤舟を使っても、その情報を手に入れることはできないと言う。

 だからどうしてそんなことを知っているのか、わからなかったのだ。

 

 

 

「この地球に潜入している宇宙人はカッコウの星の人だけじゃないわ。

 他の星の人たちもいるのよ。そして私たちは互いに連絡を密にしているの」

 

 

 

「なんだよ。宇宙人だらけなのか、この星は……」




 公平くんが苦笑した。

 私はそれを見て、ほっとする。

 どうやら公平くんの苦笑は私には安心させる効果があるようだった。

 

 

 

「私をどうするの?」




 明奈さんが口を開いた。

 すでに杖を取り上げられたことで完全に武装解除させられているからか、いつもの強気な口調ではなかった。

 

 

 

 なんて答えればいいかわからない私は無言で奈々子さんを見た。

 すると奈々子さんは公平くんを見る。

 回答は公平くんにさせるようだ。

 

 

 

「やれやれ。

 ……扇山。お前は自宅へ帰っていい、と言いんだけどな。

 

 でもそうだとお前の行動を今後もずっと見張らなくちゃならないし、学級委員長たちも今のままずっとと言う訳にはいかないからな。

 ……ちょっとそこでそのまま待っててくれ。家の中で話し合って今後のお前に対する策を決めてくる」

 

 

 

「……いいの? 

 私、まだなにか奥の手を隠しているかもしれないのよ」

 

 

 

「あるならもう使ってるだろう? 

 杖を取られたんだ。もう杖での攻撃はできないし、孤舟にも乗れない。

 だから今はただの地球のJKに過ぎない」

 

 

 

 明奈さんは項垂れた。

 髪の毛が長い明奈さんなので、顔がすっかり隠れてしまいどういう表情をしているのかはわからない。

 ……でも、肩が細かく震えていることから、およその察しはついた。

 

 

  

 こうして私たちの、……地球の危機は去った。空は青く、どこまでも澄み切っていた。

 

 


 □ □

 

 


 私と公平くんと奈々子さんは屋敷での話し合いを終えて庭へと戻った。

 話し合いに要した時間は30分にも満たなかった。

 それは三人の明奈さんに対しての沙汰(偉そうだけど)は基本的には同じだったからだ。

 

 

 

 驚いたことに庭の敷地で待つ明奈さんはパイプ椅子に座っている。

 さっきまでは地べたに体育座りだったのでなぜだか待遇が向上していた。

 

 

 

 そして辺りを見回すと絵里香たち四人の姿はなかった。

 たぶん明奈さんが指示してそれぞれを帰宅させたのだろう。

 

 

 

「――おお、戻ったか。

 しかしなんだなあ。奈々子さんも美人だが、このお嬢さんも目ん玉が飛び出そうなほどの別嬪さんだ。

 いや~、長く生きた甲斐がある」

 

 

 

 ニコニコ顔でそう言ったのは会主の福島さんだった。

 トレードマークのハンチング帽を今は被っているので孤舟を降りたときに被り直したんだろうと思う。

 

 

 

 そして福島さんの周りには五人の人達がいた。

 みんな見覚えのある顔で、その中のひとりが孤舟を売ってた源さんだった。

 

 

 

 もちろん源さんも明奈さんを見て、相好を崩している。

 どうやら福島さんたちは明奈さんの監視をしてくれていたらしい。

 そして明奈さんに椅子を勧めたのも福島さんたちらしい。椅子はおそらく倉から持ち出したのだろう。

 

 

 

 ……そりゃあ、奈々子さんも明奈さんも美人ですよぉ。

 

 

 

 と、私はちょっとばかりむくれた。

 でも、フッと気がつくといつのまにか公平くんの手が私の肩に乗せられていた。

 

 

 

 ――えっ……!

 

 

 びっくりは、した。

 でも、ちっとも嫌じゃなかった。

 

 


「……こづえさん。本当にいいのかしら?」




 孤舟に乗り込み座席や各種機器の調整を終えた明奈さんが孤舟同様に鈍く光る銀色ヘルメットを手に抱えたままの姿勢で、私に尋ねてきた。

 

 

 

「うん。いいよ。

 私は孤舟を使わないし、使う予定もないし」

 

 

 

 ――そう。

 

 

 

 これはさっき屋敷で公平くんと奈々子さんと私の三人で決めたことだった。

 さっきの戦いで私たちが明奈さんたちに勝った。

 だけどだからと言って、明奈さんが心変わりをして私たちの仲間になるとは思えない。

 

 

 

 でも、じゃあ今までのように地球でふつうの高校生として生きてくれ、と言って明奈さんを開放してしまうのは、あまりにも危険が過ぎる。 

 かと言って地球人類全体への大量殺人未遂犯として逮捕してくれ、と警察に届け出るのはムリがあり過ぎる。



 

 それに第一そうなったらカッコウの星のことや、私や奈々子さんたちのことを世間に明らかにしないとならないから、それは絶対に避けたい。

 なんてことを私があれこれ考えていると、奈々子さんがニッコリと笑って言った。

 

 

 

「――なら、やっぱりカッコウの星に帰ってもらったら?」




「……え、ええっ?」




 ――驚いた。

 

 

 

 奈々子さんが大胆な考えを思いつくことは、私も短いつき合いながらも知っていた。

 もちろんそのことは公平くんからも聞いていたけど、これにはやっぱり驚いた。

 

 

 

 星に帰ってもらうと言うことを口にしていたけど、どこまでが本気なのかわからなかった。

 だけど、まさか本当の本気とは思わなかった。

 

 

 

「なるほどな。

 ……それならこっちとしても地球規模の危険因子を手放せるし、扇山からしてもそもそも母星に帰るのがいちばんの目的だったのだから互いに利点があるwin-winだな。

 よし、それで行こう」

 

 

 

「ええっ……!? で、でもっ……!!」




 血は繋がってなくても、さすがは親子。

 私を驚かすのは得意のようだ。

 

 

 

 いや、話はそうじゃなくて……。

 

 

 

「でも、それホントに大丈夫なの?」

 

 

 

 すると公平くんが私を見て諭すように言う。

 

 

 

「まず孤舟の問題だが、お前の孤舟を使ってもらう。

 そのお返しと言うのは変ではあるけど、扇山の孤舟をお前が受け取ればいい。

 

 扇山がいなくなるから使えないとは思うが、もしかしたら今後直せる可能性もある。

 それに例え直せなくても部品取りくらいにはなるだろう」

 

 

 

「そ、そうだけど……」



 やっぱり不安はある。

 私の孤舟を明奈さんに渡すこと自体は問題ない。




 どうせ使うつもりもないものだし、特に愛着がある訳ではないからだ。 

 でも孤舟はその気になれば地球征服も可能な強力な武装でもあるのだから、その辺りがかなり不安だ。

 

 

 

「そうね。彼女に帰ってもらうにはその方法がいちばんね。

 そして宇宙に出たら、そのまま一気に星まで空間跳躍してもらえば大きな問題はないわね」

 

 

 

「ええっ!! 

 え、ええと、……私は性格が悪いのかな?」




「性格が悪い? お前が?」




「こづえさん、どうしちゃったの?」




 公平くんと奈々子さんが驚いた顔をして私を見た。

 

 

 

「……うん。だって私、ふたりみたいに明奈さんを信用できないもん。

 明奈さんが根っからの悪人とは思わないけど、飛べる孤舟を手に入れて自由になったらまた攻撃しようと思うかもしれないと思っちゃうから……」




「……俺は扇山なんてこれっぽっちも信用してないぞ」




「……うふふ。

 こづえさんはやっぱりかわいいわ。ちっとも性格なんか悪くないわよ」




「えっ……!!」




 ふたりが何を言っているのかわからない。

 

 

 

「見張りが付くに決まっているだろ?」




「そうね。絶対に攻撃できないように、もちろん私がちゃんと監視するわよ」




「……?」




 私はちょっと混乱した後に納得した。

 公平くんも奈々子さんも明奈さんのやり口はすでにわかっているので、無条件で私の孤舟を差し出すつもりなんか最初からまったくない。

 

 

 

 だから互いに口にはしなかったけど明奈さんを警戒するのは大前提として、それを踏まえた上での解決策を練ったのだろう。

 

 

 

 ……まだまだ、このふたりに以心伝心を交えた会話はできそうにない。

 早く私もそういう風になりたい、な。

 

 

 

「ああ、悪かった。

 ちゃんと最初から説明する。お前の孤舟を使って扇山に帰ってもらうのは大丈夫か?」

 

 

 

「う、うん」




「そして扇山にお前の孤舟、つまりちゃんと飛べる孤舟を渡した瞬間から宇宙空間までは監視のために奈々子さんが孤舟で同行する。

 ……奈々子さんなら扇山に後れを取ることはないだろうが、用心のために他にも数艘の孤舟も同行させるつもりなんだろう」

 

 

 

「そうね。

 私はもちろん行くけど絶対に変な気を起こさせないように仲間を連れて宇宙まで行く。

 そして彼女が空間跳躍を使って飛び去るまで、しっかり監視するわ」

 

 

 

「……わかりました。それならば安心です」




 私は胸をなで下ろした。

 それなら明奈さんも抵抗せずに去ってくれるに違いない。

 

 

 

「なあ、奈々子さん?」




「なに?」




「一応念のために訊きたいんだが、扇山が間違いなく故郷の星に帰ってくれたのか確認する方法はあるのか? 

 奈々子さんたちが去った後にUターンされたら無意味だからな」

 

 

 

 私も実はそこも気になっていた。

 明奈さんは戦略家だ。隙があればそこを狙ってくる可能性が高い。

 

 

 

「大丈夫よ。

 孤舟の空間跳躍は別の孤舟でもトレースできるから。

 元々は遭難した同胞の行方を捜すための機能だけど、こう言う場合にも使えるから」

 

 

 

「……そう言えば、そんな機能がありました」




 私は身を縮ませて正直にそう答えた。

 

 

 

「おいおい」




 公平くんはお決まりの苦笑いだ。

 

 

 

 孤舟の機能は実に豊富で多岐にわたっている。

 私は孤舟の学習機能で一通りは記憶してはいるんだけど、あまりにも憶えたことが膨大過ぎて頭の中で整理がついていないことの方がずっと多い。

 

 

 

 特に宇宙艇としての機能や武装艇としての機能は、これまで宇宙とか戦争とかに縁がないありふれた女子高生としての経験しかない私には漠然しすぎている。

 

 

 

 なのでその効果や威力などは、しっかりとイメージできていない。

 つまり、使ってないからさっぱりわからないのである。

 

 

 


 そして明奈さんへの対策は決まった。

 私の孤舟を使ってカッコウの星に帰ってもらうこと。明奈さんの孤舟は私に渡してもらうこと。

 そして空間跳躍まで監視のために何艘もの孤舟が監視に付くことだ。

 

 

 

「……本当は博美さんや絵里香さんたちを操ったり、こづえさんの考えの裏をかいて出し抜こうとしたりする必要なんてなかったのね」




 孤舟に乗り込みヘルメットを被りながら明奈さんはそう言った。

 機関はすでに始動していてシュルシュルとかすかに動力源の音がする。

 

 

 

「そうだよ。

 ふつうに相談してくれればお互いにあれこれ大変な目に遭うことなんて、なかったよ。きっと」




 そう答えると、明奈さんは口元をフッと緩ませて微笑を見せた。

 

 

 

 ――美、過ぎるっ!

 

 

 

 同性の私でも魅惑されてしまいそうな、なんとも美しい笑顔だった。

 

 

 

「いちおう確認だけどカッコウの星に真っ直ぐ帰ってくれるんだよね?」




 念押しする。

 すでに奈々子さんや福島さんたちの孤舟は上空に待機している、ようだ。

 姿を消しているので見えないけれど。

 

 

 

「ええ。

 母星に帰りたいのは本心よ。

 だけど……実は地球を攻撃することに関してはそれほど前向きじゃなかったのよ。

 

 ……だって育ててくれた地球の両親や仲良くなってくれた人たちもいるんですもの。

 それに岩村奈々子さんたちも監視してるんでしょ? あの人は凄腕よ。私じゃ勝てないわ」

 

 

 

 そう言うと明奈さんはヘルメットをすっぽりと被った。

 バイザーはマジックミラーのような造りになっていて明奈さんからは私たちが見えるけど、私たちからは明奈さんの表情は窺えない。

 

 

 

「私の孤舟は秋田県の扇山家の実家にあるわ。

 連絡しておいたから宅配便で、こづえさん宛てに届くから。

 ……それと、ね、こづえさんには色々迷惑をかけちゃったから、お詫びとして置き土産があるの」

 

 

 

「なにそれ?」




「ふふ。……それは今度のお楽しみ、ね。じゃあ……」




 そう告げた明奈さんは孤舟のハッチを閉じさせた。

 私の前の大きなカプセルが、ほぼ無音でゆっくりと上昇し始めた。

 そして姿を透明にさせた孤舟は見えなくなった。

 

 

 

「行ったか?」




「うん」




 公平くんの問いに私は短く答えた。

 

 

 

 後日。

 カッコウの星へ帰った明奈さんは地球に残したモノをほぼ完璧に対処していたことがわかった。

 育ててくれた両親は事前に記憶を操作していたようで、娘が急にいなくなったことで騒ぐこともなかったらしい。

 

 

 

 そして絵里香や博美たちだけど、明奈さんが存在したこと自体は記憶していた。

 でも、明奈さんは転校してきたばかりなのにお父さんに急な転勤が決まったとのことで、慌ただしくすぐにカナダに引っ越したと認識している。

 

 

 

 そして明奈さんの正体が宇宙人(カッコウの星の人間)だったことや、それにまつわる記憶はすっかりきれいに抜け落ちていた。

 ただひととき仲が良い扇山明奈と言うクラスメートがいたことだけを憶えているようだった。

 

 

 

 そして私だ。

 私は明奈さんが去り際に言った置き土産がなんのことか、さっぱりわからない。

 確かお詫びと言っていたのだけど皆目見当が付かなかった。

 

 


 日曜日のことである。

 骨董市は、その日も賑わっていた。

 

 

 

「ねえ、私、ふと思ったんだけど、明奈さんにはどうして代理人がいなかったのかな?」




「代理人? ああ、東京太郎のことか?」




「うん。もしいれば絵里香たちを操って手先にしなくても、よかったんじゃない?」




「それはね、あのお嬢さんには必要なかったから、カッコウの星から派遣されなかったのよ」




 奈々子さんがそう答えてくれた。

 

 

 

「必要がなかったからですか?」




「ええ。

 あのお嬢さんは幼い頃から孤舟を操っていて成長したら故郷に帰るつもりだったの。

 だから母星の方から代理人を派遣する必要性がなかったってことなの」

 

 

 

 私は納得した。

 私の場合はお父さんとお母さんが私が宇宙人であることをできるだけ遠ざけていた。

 だから孤舟を操作することがなかったので帰郷をうながすためにカッコウの星から東京太郎さんを派遣せざるを得なかったのだろう。

 

 

 

「でも、どうして大林をターゲットにしたんだ? 

 他にもカッコウの星からやって来た連中は大勢いるんだろう?」




 公平くんがそう言った。

 それは私も疑問に思っていたことだ。

 

 

 

「おそらく幼い頃には近くに同胞がいなかったんじゃないのかしら? 

 それで東京に引っ越して来たら、こづえさんを見つけたんでしょうね。

 ……慣れれば同胞の持つ気配なんかはすぐにわかるから。それで行動を起こしたんでしょうね」

 

 

 

 奈々子さんが、そう説明してくれた。

 

 

 

「それで大林に見当をつけて、周りの久米絵里香たちを手なずけると同時に大林を捜し当てたってことか……」




「そ、そうかもね」




 そのとき奈々子さんのスマホに着信があった。

 会話を聞くと会主の福島さんから事務的なことで呼び出されたらしい。

 奈々子さんはそして店を離れた。

 

 

 

「……でも、まさか、お前が同胞だって知ったとき扇山は驚いただろうな」




「へ? どうして?」




 すると公平くんは苦笑する。

 

 

 

「お前のこの間の数学のテストの結果はなんだ? あれは地球人以上に地球人だぜ」




「べ、別にいいもん」




 私はふくれっ面をした。

 確かにひどい点数だったからだ。

 

 

 

 ――そのときだった。

 

 

 

「ああーーーっ。やっぱりいたっ!!」




 叫びが聞こえた。

 とっさにそっちを向くと驚愕してしまう。

 

 

 

「……え、絵里香ぁ……!?」




 あり得ないことに絵里香と博美、沙由理、聡美の四人がこっちに向かって走ってくるのが見えたのだ。

 

 

 

「な、な、なんでぇ?」




 驚きのあまり言葉がつっかえる。

 そして隠れる物陰を探すのだけど、もちろんこんな露店にそんなものはないので私は公平くんの後ろに隠れて顔だけを出した。 

 公平くんを見ると、やれやれって顔になっている。

 

 

 

「明奈さんに聞いたんだ。

 今度の日曜日にここに来ると、こづえと岩村くんがいるって」

 

 

 

 店の前まで来ると、絵里香がそう言う。

 

 

 

「ホントに岩村くんとなんだー。へえ~」




 博美が流し目でそう言う。

 からかっているのは間違いない。

 

 

 

「でも、お似合いかも」




「うん。お似合い」




 沙由理と聡美が頷いている。

 

 

 

「ああっ、これがっ……?」




 ……置き土産なのだろう。

 私が公平くんといつもいっしょにいるところを絵里香たちに伝えたに違いない。

 

 

 

 ――明奈さんっ、テメーッ!

 

 

 

 もうやり返せないほど遠くに離れてしまった明奈さんを私は呪った。

 

 

 

 そして、それから私は四人にさんざんからかわれた。

 そして公平くんも……。

 

 

 

 でも公平くんはやっぱり公平くんで、苦笑するだけで弁明なんてまったくしてくれないんだけど不思議と腹は立たなかった。

 

 


「……帰ったね」




「ああ。ようやくな」




 時間にして三十分以上も絵里香たちはいた。

 そしてやっと去って行った。

 もちろん買い物はさせたけど……。

 

 

 

「……私、わかったかも」




「なにが?」




「うん。明奈さんが残した置き土産のこと」




「置き土産? なにがだ?」




「うん。私、公平くんと仲がいいことをいつ絵里香たちに伝えようか迷ってたの。

 ……でも恥ずかしからずっと言えないでいたんだ」

 

 

 

「……ああ。なるほど。それで今のか?」




「うん。明奈さんは私の意識を読み取ったんだから、私が絵里香たちに言い出せないことも絶対知っていたし、私の公平くんへの気持ちも絶対知っていたはず」




「……参ったな」




 公平くんが驚く顔を久しぶりに見た。

 そして私たちの店の近くには誰もいなかった。

 

 

 

 そのとき、私は大胆な行動に出た。

 目を閉じて公平くんの行動を待ったのだ。

 

 

 

「ね、ねえ……」




「……ああ」




 公平くんは、そっと私にキスしてくれた。

 やわらかくて、優しい感触。

 

 

 

「……これ、ファーストキスだからね」




「ああ。俺は男だからな。……で、俺の情報をなにか盗んだのか?」




「ううん。別に……」



 私は嘘をついた。

 実は私は公平くんから情報を盗んでいた。それは私と同じ気持ちだということを――。





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空から来たりて杖を振る 鬼居かます @onikama2

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