第15話 異常接近 ~ 扇山 明奈 ~ 07

 

 屋敷に到着した私たちはそれぞれ役割を分担した。

 公平くんは屋敷に入り、奈々子さんに説明をすると言っていた。

 私は土蔵へと向かい、そこにしまってある孤舟を取り出して敷地内にある屋根のない方の駐車場へと運んだ。

 

 

 

「ここでいいのかな?」




 奈々子さんと打ち合わせが終わった公平くんが戻って来たときに、私は孤舟の設置場所を確認した。

 

 

 

「ああ。そこでいい。

 そこなら敷地に入らないと見えないし、広いから大きくするのにも不自由はないだろう」

 

 

 

 公平くんはそう言った。

 そこは駐車場だけど、昼間は自動車は置かれていない。

 

 

 

 公平くんのお父さんが通勤に車を乗って行ってしまっているからだ。 

 ちなみに奈々子さんが骨董市に使うワゴン車はガレージの室内に駐車してある。

 

 

 

「奈々子さんはどうしたの?」




 私は公平くんに尋ねた。



 

「ああ。誰かに電話している」




「誰と?」




「さあ、わからん」




 公平くんにわからないのなら、私が知る訳もない。

 だからその話題はそこで終わらせようと思った。

 

 

 

「あと少しだね」




 私は時計を見てそうつぶやいた。

 あと時間は残り十分を切っている。

 

 

 

 私は呼吸が苦しくて心臓がドクドクと鼓動しているのがわかった。

 緊張しているのだ。

 

 

 

「バスで来るのかな?」




 私は公平くんに尋ねた。

 

 

 

「そうだろう。扇山はバス通学なんだろ?」




「うん。そうなんだけど。

 ……やっぱり私、明奈さんがひとりで来るとは思えないの。

 もしかしたら沙由理か聡美の自転車に二人乗りしてくるかもしれないよ」

 

 

 

「可能性はあるな。

 ま、どっちにしても俺は大丈夫だ。すでに準備はできている」




「そ、そうなの」




「ああ。だからお前はおどおどせずに堂々としていればいい。

 なにも怖がることはない。深呼吸してみろよ」

 

 

 

 公平くんはそう言って笑顔を見せてくれた。

 私はそれに救われた。

 そして言われたままに深い呼吸を数度繰り返す。すると不思議なことに気持ちが落ち着いてきた。

 

 

 

「うん。大丈夫」




 私も公平くんに笑顔を見せた。

 

 

 


 ――エンジン音がした。

 

 

 

 一台のワゴン型タクシーが屋敷の前に駐まったのだ。

 

 

 

「明奈さんかな?」




「どうだろう?」




 私と公平くんが様子をうかがっているとタクシーの扉が開かれた。

 

 

 

「ああっ! やっぱりひとりじゃないよっ!」




 私は叫んでいた。

 タクシーは五人全員が乗れるようで、明奈さんを始め、絵里香や博美、沙由理、聡美の姿が見えたのだ。

 

 

 

「や、約束と違う。

 ……交渉は決裂でいいのかな?」




「……まあ、様子を見よう。

 手を出さないのなら、話に応じてもいいじゃないか」

 

 

 

 公平くんがそう答えたので私は頷いた。

 

 

 

 そしてタクシーが走り去る。

 すると明奈さんを先頭にして絵里香や博美たちが屋敷の敷地に入ってきた。

 

 

 

「少し早すぎたかしら?」




 私は時計を見た。

 すると五分前だった。

 

 

 

「じ、時間は大丈夫。

 でも、……私は明奈さんひとりで来てって言ったよ」

 

 

 

 すると明奈さんは肩をすくめて両手を広げる。

 

 

 

「私はひとりで来ようとしたわ。

 でも、みんながどうしてもついて来るって言うのよ。だから大勢なのは不可抗力よ」

 

 

 

 ……しらじらしい。

 

 

 

「ねえ、こづえ。

 水くさいじゃない。私たちはいつもいっしょでしょ?」

 

 

 

 絵里香がそう言った。

 

 

 

「そうよ」




 博美や沙由理、聡美も頷く。

 

 

 

「……み、みんなは帰って。

 学校で授業があるんでしょ?」

 

 

 

 私は無駄だと思ったけど、いちおう説得してみた。

 だけど案の定、絵里香たちは聞く耳を持たない。

 すっかり明奈さんに操られているのだ。

 

 

 

「あ、明奈さん。

 ……明奈さんの能力でみんなを学校に返して。そうじゃないと交渉はしないよ」

 

 

 

 私は先頭に立つ明奈さんに話しかけた。

 

 

 

「あら? 確かに私はひとりで来た訳じゃないわ。

 その点は謝罪する。

 でもね、こづえさん。あなたも約束を守ってないわよ」

 

 

 

 明奈さんはそう言って公平くんを指さした。

 

 

 

「こ、公平くんはただ立ち会っているだけ。

 絵里香たちみたいに操られている訳じゃないのっ!」

 

 

 

「あらそう? 

 じゃあ、あなたたち、まだキスもしてないのかしら?」

 

 

 

「……う」




 瞬間的に真っ赤になった。

 耳たぶまで赤いようで、これはハズい。

 あまりの恥ずかしさで額から汗が噴き出しているのがわかる。

 

 

 

「……そ、そんなの関係ないじゃん」




 私は叫んだ。

 そのとき公平くんがどんな表情だったのか、確認する余裕はない。

 

 

 

「とにかく、これでおあいこじゃない? 

 だから話し合いましょう。

 こづえさん、あなたは私に孤舟を渡す気があるのかしら? それともまったくのはったりかしら?」

 

 

 

 そう言って明奈さんは私との距離を詰める。

 

 

 

「こ、孤舟はここにあるよ。……自分で確かめて」




 私は身体を横に動かして背後に置いた孤舟を明奈さんに見せた。

 

 

 

「あら、本当に用意されてるのね。

 てっきり隠してあるのかと思ったわ」

 

 

 

 そう言いながら明奈さんは吹いてきた風に長髪とスカートをひるがえして、つかつかと歩み寄ってくる。

 その足取りは威風堂々として颯爽としていた。

 

 

 

「こづえさん。孤舟は動くのは間違いないのよね?」




 明奈さんは私の真横に立った。

 

 

 

「うん。それは間違いない。

 だけど約束だよ。……孤舟は渡すから絵里香たちを元に戻して。……呪縛を解いてあげてよ」

 

 

 

「いいわ。

 でもまずは孤舟を作動させてみてくれるかしら? 動かないなら私も条件は飲めないわ」

 

 

 

「わ、わかった……」




 私は制服の内ポケットに手を入れて杖を取り出した。

 そして孤舟に近づくとコツンと突いてみる。

 

 

 

 すると孤舟の内蔵機関が動作して、むくむくと大きくなり始めた。

 やがて軽自動車程度までの大きさになる。

 つまりは待機モードになったのだ。

 

 

 


 ――公平くんが右手を挙げた。私に合図を送ったのだ。

 

 

 

「ねえ、明奈さん?」




「なにかしら……。っ!」




 私は素早く行動を起こした。

 明奈さんの後頭部に手を回しこちらを向かせたのだ。

 そして唇を押しつけていた。

 

 

 

「……んんっ」




 明奈さんは懸命に逃れようとする。

 だけど私は離さない。

 そのまま押し倒すようにして、さらに深いキスを行った。

 

 

 

「……んんんんっ」




 明奈さんが、くぐもった悲鳴をあげる。

 だけど私の唇がそれを許さない。

 

 

 

「……ふぅ」




 私は髪を振り乱し必死に顔を背ける明奈さんから、ようやく唇を離した。

 

 

 

「……な、なにをするのっ!」




 明奈さんが袖で口を拭う。だけど私に罪の意識はない。

 どうしてかと言えば、これは明奈さんがすでに私に二度も行ったお返しだからだ。

 

 

 

「……明奈さん。

 あなたにはやっぱり孤舟は渡せない」




 すると公平くんが尋ねてきた。

 

 

 

「今のキスでなにがわかったんだ?」




 公平くんはにやりと笑っていた。

 それもそのはずで、私が明奈さんの隙を見て唇を奪う作戦を立案したのは公平くんなのだ。

 

 

 

 以前の私なら明奈さんとキスしても、なにも情報は引き出せなかった。

 だけど能力の使い方を知った今は違う。

 

 

 

「……明奈さんは、やっぱりまっすぐ『カッコウの星』に帰るつもりはないの。

……やっぱり地球を攻撃するつもりだったのよ」




「……そうだったのか? 

 なあ、扇山。どうして素直に故郷に帰らないんだ? 

 お前にとってこの地球は単なる辺境の地で地球人は蛮族なんだろう?」

 

 

 

 すると明奈さんは特上の笑顔を浮かべた。

 それはとても美しいけど悪魔の笑みだった。

 

 

 

「もう隠しても仕方ないわね。

……確かに私は実力行使しようと考えていたわ。でもね、これは、私たちの星からの命令でもあるのよ」




「ええっ!」




 私は思わず叫んでいた。

 そんなことまでは私は知らなかったからだ。

 

 

 

「こづえさん。

 驚いた顔をしているところを見ると母星とアクセスしてないのね?」




「ア、アクセス? なんのこと?」




 すると明奈さんは、やれやれと言った表情になる。

 

 

 

「こづえさん。あなた、スタンドアローン状態の孤舟しか触れてないでしょ? 

 ちゃんと母星と最新情報を同期したのかしら?」

 

 

 

「……してない」




「大林。そうなのか?」




 公平くんが私に尋ねてきた。

 私は仕方なく頷く。

 

 

 

「あ、あのね。孤舟の使い方がわかったときに、情報の同期をするかっていうメッセージがあったの。

 でもね、それには複雑な操作と長い時間が必要だったの。だから……」

 

 

 

「後回しにしてしまったのか?」




「う、うん。

 ……それに、今となっては私は流刑者だから、たぶん同期はできないよ」

 

 

 

 私は落胆していた。

 情報の同期がそんなに大事なことだとは思わなかったからだ。

 

 

 

 そんな私にお構いなく明奈さんが話を続ける。

 

 

 

「私たちの故郷では今、紛争が起こっているのよ。反政府運動なの。

 ……それで政府側から資源確保の観点で辺境を実力でかすめ取れって命令が出ているわ。

 私はそれを実行したいだけなの。……だから、こづえさん。お願いだから孤舟を私にくださらない?」

 

 

 

「紛争か……。

 やっぱりお前らの星も地球と大差ないって訳だ」

 

 

 

 公平くんが、やれやれって感じで明奈さんを見る。

 

 

 

「――ち、違うわっ! こんな遅れた星といっしょにしないでくれるかしら? 

 文明レベルで測っても千年は私たちの星の方が進んでいるわ。

 その証拠が孤舟であって、こづえさんが握っている杖よ」

 

 

 

 明奈さんは公平くんを睨みつける。

 

 

 

「……そうか? 

 紛争ってのは古今東西、既得権益の恩恵が得られない貧しい連中と、既得権益にどっぷりの富裕層勢力との権益を賭けた争いだろ? 

 

 その武器が石器でも青銅器でも、もちろんミサイルの時代でも図式はまったく同じだ。

 所詮、カッコウの星も地球も同類なんだよ」

 

 

 

「――ゆ、許さないっ!」




 明奈さんは激高した。

 それは初めて見せる表情だった。

 美しい顔は醜く歪み、まるで般若のような表情になっていた。

 

 

 

「……う、動かないでっ!」




 私は杖を明奈さんに改めて突きつける。 

 明奈さんが内ポケットに手を入れようとしていたからだ。

 

 

 

――推測。

 

 

 

 明奈さんが破った交渉の条件は、絵里香、博美たちの4人を連れてきただけじゃない。

 絶対に杖も忍ばせているに違いないと考えたのだ。

 

 

 

「つ、杖をゆっくり抜いて。

 そして遠くに投げて」




 私はゆっくりと明奈さんに警告した。

 もちろん杖の先は明奈さんから離さない。

 

 

 

「こ、こづえさん。

 ……あなたはどうしてこんな原始人に手を貸すのかしら? 

 あなたが行っている行為は背任よ。同胞にとっての裏切りなのよ」

 

 

 

 明奈さんは表情を緩めて、そう私に話しかけた。

 私を説得しようとしているのだ。

 

 

 

「い、いいから。

 明奈さんの話を私は聞きたくない。私は馴染みのない故郷なんて関係ない。

 私は地球で育った人間で地球が好きなの。 

 

 いっぱい、いっぱい、問題もあるけど、それでもこの星の方が好きなのよっ! 

 だ、だから、杖を捨ててっ! 遠くに投げてよっ!」

 

 

 

 私は叫んでいた。

 そして杖を振りかぶる素振りを明奈さんに見せる。

 

 

「……わ、わかったわ。

 あなた、やっぱり流刑者ね」




 そう言った明奈さんは自分の杖を取り出して、遠くに投げた。

 ……嘘つき。やっぱり杖を持って来ていたんだ。

 

 

 

 ――だがそこは絵里香たちがいる場所で沙由理がそれをキャッチした。

 

 

 

「ああっ……!!」




 やられた。

 

 

 

「……やっぱり流刑じゃ生ぬるいわね。

 こづえさん、あなた処刑よ。反乱罪が適用されるわ」

 

 

 

 明奈さんが素早く右手を挙げた。

 すると絵里香たちが全力疾走でこちらに走ってくる。

 

 

 

「や、止めてっーーー!」




 叫ぶ。

 やっぱり明奈さんは絵里香たちを盾にしたのだ。

 もし私の振る杖がかわされた場合、被弾するのは絵里香たちだ。 

 

 

 

 だけど私の声は、明奈さんはもちろん絵里香たちにも通用しなかった。

 怖さと極度の緊張ためか、杖を持つ右手がプルプルと震えてしまっていて明奈さんへの照準が定まらない。

 そんなことをしているうちに明奈さんのところへ到着した沙由理が杖を明奈さんに手渡してしまった。

 

 

 

――衝撃。

 

 

 

 気がつくと私の杖は遠く離れた屋敷の方角へとすっ飛んでいた。

 明奈さんが杖で素早く反撃してきたのだ。

 

 

 

「……こづえさん、もう終わりね。

 そして岩村公平くん、入らぬ知恵をこづえさんにつけるのは、もうお終いよ」

 

 

 

 勝ち誇った明奈さんは私と公平くんを交互に杖で脅しながら、孤舟へと乗り込んだ。

 

 

 

「こ、公平くん。……どうしよう?」




 私は思わず公平くんに頼ってしまう。

 すでに明奈さんを止める手立てはないけれど公平くんならなんとかしてくれると信じてしまっているのだ。

 

 

 

「……まあ、今は仕方ないだろう」




「ええっ! 

 だって孤舟はとっても強いんだよ。地球の飛行機じゃ絶対に勝てないよ」

 

 

 

 そう訴えた。

 

 

 

 航空自衛隊……、いやアメリカ空軍の最新鋭戦闘機でも孤舟には勝つことはできない。

 最高速度、航続距離、旋回性能、探索機器や通信機器の性能、防御力。そして航行や火器を管制する電子頭脳の性能差。

 まずはこれらが桁外れに勝っている。

 

 

 

 これだけじゃない。

 地球のレーダー機器の性能ではステルスモードを展開した孤舟を捉えることがまったくできない。

 

 

 

 そして人の目をも欺く光学迷彩。

 この機能が使われると孤舟の船体は周囲の風景に溶け込んでしまい、肉眼ではまず発見できない。

 

 

 

 そのためどこの国の首都だろうと、どこの国の最重要基地だろうと、あっさりと侵入が可能だ。

 さらにである。

 例え目標が広い都市全域であったとしても広範囲に一撃で完全に破壊できる武装が搭載されているのだ。

 

 

 

――これらはすでに得た脳内の情報でわかっていることだ。




 明奈さんは私たちの会話などお構いなしに装置を操作している。

 

 

 

「うん。これなら大丈夫よ。

 こづえさんにはいくら感謝しても足りないくらいだわ。

 

 ……だからあなたが気になっている人といっしょに葬ってあげる。

 これが私からのせめてものお礼よ。ありがたく受け取ってね」

 

 

 

 そう言った明奈さんはヘルメットを手にした。

 

 

 

「も、もう間に合わないっ……!」




 私は叫んだ。

 明奈さんの孤舟の操作は寸分の狂いもなく完璧だった。

 後はヘルメットを被ってキャノピーを閉じれば飛行可能だからだ。

 

 

 

 そうなると孤舟は巡洋小型宇宙艇としての能力を遺憾なく発揮させる。

 そしてその主兵器は、威力を最大にすれば核ミサイルを凌駕する威力を持っている。

 

 

 

 しかも連射が可能な上に射程は二万キロもあることから、地球の裏側の国までを全域カバーできてしまうと言う規格外過ぎる性能を持っている。


 つまり、世界征服が一艘でできてしまえる邪神の兵器と言える。

 それが今、邪な考えを持っているひとりの少女の手に渡ってしまったのだ。



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