第14話 異常接近 ~ 扇山 明奈 ~ 06

 翌朝のことだった。

 私はいつも通りに遅めに起床した。そしてバス停へと向かったのだ。

 停留所には大勢の高校生がバスを待っていた。私は列のいちばん最後に並んだ。


 


 そのときだった。


 


「おはよう。こづえさん」




 明奈さんだった。

 やっぱり明奈さんは、今日も私と時間を合わせて登校するつもりだったのだ。


 


「おはよう。明奈さん。……っ!」




 振り向いた私はその場で凝固してしまった。

 そこにはここに絶対に居合わせることのない人たちの姿があったからだ。

 

 

 

「え、絵里香……。ど、どうして?」




 絵里香や博美、沙由理、聡美であった。

 彼女たちは明奈さんを守るようにして周囲を固めて立っていたのだ。

 

 

 

 絵里香たちはこのマンションに住んでいる訳じゃない。

 それどころか、絵里香はこことは逆の駅前通り沿いの住宅地に住んでいるし、博美は電車で二駅向こうに住んでいる。




 沙由理や聡美にしても同じようなもので彼女たちはこことは学校から見て反対側の街に住んでいて、自転車で遠距離通学しているからだ。

 

 

 

「私たち、明奈さんとこれから毎日いっしょに登校することに決めたのよ」




 絵里香がにこやかな笑顔でそう告げた。

 

 

 

「早起きしてね、ここまでバスに乗ってきたの。

 明奈さんといっしょに登校できるなら、ちっとも苦じゃないわ」

 

 

 

 博美がとんでもないことを言い出す。

 いったい何時に自宅を出たんだろう?

 

 

 

「明奈さんといっしょなら」

「私たちは楽しい」




 沙由理と聡美もそう答える。

 

 

 

「も、もしかして、明奈さんの差し金?」




 私は明奈さんをにらむ。

 そのとき私はできるだけ怖い表情を作ったつもりだったが、明奈さんにはまったく通用しないようだった。

 

 

 

「あら、誤解だわ? 

 みんなは自分の意志でここまで来てくれたのよ」

 

 

 

 そう言って明奈さんは優雅に笑みを浮かべる。

 だけど私には、その美しい顔に浮かんだえくぼまでも悪意に満ちていると感じられる。

 

 

 

 ――人質。

 

 

 

 そうしか思えなかった。

 私の選択を明奈さんは迫っているのだ。

 そしてもし明奈さんの思惑通りに事が進行しなかった場合は、人質の身の保証をしないつもりに違いない。

 

 

 

「こづえさんが考えてるのは邪推ってものよ。

 堅い友情に結ばれた親友だからこそ、みんなは私といっしょがいいって言ってくれるの」

 

 

 

「……い、いくら口でそう言っても、私にはムダなんだから……。

 明奈さんが能力を使ったのは間違いないよ。

 ……それって卑怯だよ」

 

 

 

「あら、聞き捨てならないわね?

 卑怯と言うなら、こづえさんもそうじゃない? 

 昨日も岩村公平くんと相談したんでしょ? それなのに私に連絡をくれないじゃない?」

 

 

 

「……う」




 私は痛い点を突かれた。

 確かに連絡はすると言ったのだ。

 

 

 

 ……だけど。

 

 

 

「だ、だけど。……昨日の昨日に連絡するって言った覚えはないよ」




「そうね。

 じゃあ、今ここで答えを教えてくれるかしら? 

 孤舟を私にくれるの? それとも拒否するのかしら?」

 

 

 

「……そ、それは。……まだ考え中なの」




「あら、そうなの?

 私としては早く決断して欲しいわ。だってみんなに迷惑じゃない?」

 

 

 

「……」




 私が主導権を握ったのは昨日で終わりだった。

 再び明奈さんに主導権は握られたのを実感した。

 

 

 

「も、もうちょっと待って。今日中に決断するから」




「本当ね。

 ……もし、今夜になっても連絡が来なかったら、それは私に対して拒否と見なすから」

 

 

 

 私はこうして今日一日で決意を表明することの言質を取られてしまった。

 

 


 その後、バスが到着して私たちはバスに乗り込んだ。

 もちろん座席に座れることはできなかったけれど、せめてもの幸いは明奈さんたちと車内で距離が取れたことだった。

 私はこの緊急事態をスマホに入力する。もちろん公平くんに伝えるためだ。

 

 

 

 すると五分くらい経ったらメッセージの着信があった。

 

 

 

『体育館の裏で待っている』




 内容はこうだった。

 私が学校に到着するのは始業十分前だ。

 

 

 

『授業はどうするの? 欠席になっちゃうよ?』




 私がそう返答を打ち込むと、すぐさま返事が返ってきた。

 

 

 

『それどころじゃないだろう』




 そう回答してきたのだ。

 

 

 

 それは授業をさぼることを意味しているのを私は理解した。

 私は以前からときどき遅刻したり、病欠したりをしていたので全然平気だけど、公平くんは無遅刻無欠席無早退の模範生徒だったはずだ。

 それなのに私に付き合ってくれるというのだ。

 

 

 

 ……どうして公平くんは?

 

 

 

 これは事の次第によっては大変なことになるのはわかる。

 だけど基本に立ち返れば、これは私と明奈さんの二人の問題なのだ。

 だから公平くんの真意がわからなかった。

 

 


 やがてバスは学校に到着した。

 私はバスから降りると猛ダッシュで学校へと目指す。

 もちろん明奈さんたちから離れたいからだ。

 

 

 

 そしてそのまま校舎を素通りして体育館へと到着し、その角を曲がる。

 するとそこは木々が密集していて昼でも暗かった。

 私は入学以来初めて、この場所に訪れた。

 

 

 

 木々の枝の隙間から日が漏れていてスポットライトのように地面を照らしている場所がある。

 そこにはベンチがひとつだけあって、そこに公平くんの姿があった。

 

 

 

「お、お待たせ」




 私は肩でハアハア息を切らせながらそう告げた。

 

 

 

「おはよう。

 そんなに慌てて来なくても良かったんじゃないのか?」

 

 

 

 公平くんはベンチから立ち上がってそう言った。

 

 

 

「うん。

 ……でもさっき伝えたように明奈さんたちが同じバスに乗ってたから。

 ここに来る姿を見られたくなかったのよ」

 

 

 

「なるほどな」




 公平くんは納得してくれたようだった。

 そして向こうへと歩き出す。

 私はてっきりこのベンチで話をするものだとばかり思っていたので、疑問を尋ねていた。

 

 

 

「ど、どこに行くの?」




「ああ。

 ここだと姿を見られる可能性がある。だから、この先にある体育準備室に行く」

 

 

 

「体育準備室?」




 私はたぶん初耳だった。

 そんな部屋があるとは知らなかったのだ。

 仕方なく公平くんの後を追う。

 

 

 

 すると小さな小屋が見えた。

 それが体育準備室だった。

 

 

 

「この中なら、見つからない。

 普段は誰も近寄らないからな」

 

 

 

「ここは、なにをする部屋?」




 言いながら私は室内を見回した。

 中には石灰やライン引きなどの用具が収まっている。

 

 

 

「見ての通りだ。

 ここにはグランドで使う用具がしまってある。

 そしてこの部屋を使うのは体育祭などの行事があるときだけだ。だから、この体育準備室を選んだんだ」

 

 

 

 ――驚いた。

 

 

 

 休み時間になると校内を散策することが多い公平くんは、こんな場所まで知っているのだった。

 

 

 

「で、どうする気なんだ?」




 壁に立てかけてあった折りたたみ椅子を広げて公平くんが尋ねてきた。

 そして互いに向かい合って座る。

 

 

 

「うん。私は孤舟はいらないよ。

 でも明奈さんに素直には渡したくない」

 

 

 

「扇山の真意がわからないからか?」




「うん、そう。

 公平くんが昨日言ってくれたように悪さをせずにちゃんと地球から去ってくれるなら、すぐにでも渡してもいい。

 だけど……、良くない考えがあるのなら絶対に渡したくない」

 

 

 

「わかった。

 じゃあどうする? また条件をつけて一対一で話し合うか?」

 

 

 

「うん。私もそれがいいと思う。

 そうじゃないとまた絵里香たちを人質に取られちゃうし」

 

 

 

「わかった。

 だとしたら場所を決めよう。ある程度人目がついて、それでいて大勢の目がない場所だ」

 

 

 

「ど、どういうこと?」




「ああ。

 孤舟は俺以外の地球人から見れば、いわゆるUFOだ。

 不特定多数の大勢が見れば大問題になる。だから人目を避ける必要がある。これはわかるな?」

 

 

 

「うん。そう言えば孤舟ってUFOだよね? 

 ……だったら知らない人には見せたくないな」

 

 

 

「だろう? 

 だから前回のような放課後の校庭ではまずいんだ。

 だけど、かと言ってまったく人目がつかない場所も困りものだ」

 

 

 

「どうして?」




「相手は扇山だ。ヤツは相当頭が切れる。

 人目がつかなければ、お前が一対一の約束を取り付けても扇山が履行するとは思えない。


 ヤツは今、必死なんだ。

 こちら側も信頼できる人間を用意しないと、扇山の意のままに動く久米絵里香たちが、どんな行動に出るかわからない」

 

 

 

「……そうよね。確かに公平くんの言う通りだよ」




 私はそう返答しながらも、別のことも考えていた。

 

 

 

 ――なんで私が宇宙人なんだろう?

 

 

 

 私は自分が『カッコウの星』の住民であることはもう実感している。

 でも母星が他星においての同胞の生態サンプルとして選べるのなら、公平くんのようなタイプの人物の方がずっとずっと相応しいんじゃないのかな? と思ったのだ。

 

 

 

 ――公平くんは地球人だ。

 

 

 

 でもあらゆることを先回りに想定してなんでも相談に乗ってくれる頭のいい人物なので、良い方面の地球人類サンプルとして文明レベルをちゃんと計れると思うのだ。

 

 

 

「……場所をどこにするかだ。

 そして誰を味方に引き入れるかが問題だな」

 

 

 

「えーと、公平くんの友達はどうなの?」




 私は公平くんと仲がいいクラスの男子生徒の名前を何人か告げた。

 だが公平くんはすべてに首を横に振る。

 

 

 

「奴らではダメなんだ。確かに奴らは男だから、腕っぷしは久米絵里香たちよりもずっと上だろう。

 だけど奴らに孤舟を見せたり、お前が宇宙人であることを俺は明かしたくない」

 

 

 

「……」




「確かに俺の友人だから説明すれば納得してくれるだろう。

 でも、細かい事情まで漏らさずに説明する必要があるし、それには時間がかかり過ぎる。

 

 それに奴らがこの特殊な事情を絶対に黙っててくれるという保証、……つまり自信が残念ながら俺にはない。それに危険過ぎるのもある」

 

 

 

「そ、そうだよね……」




 私は納得した。

 公平くんの友人たちを巻き込むのは確かに危ないし、こんな非日常な話題を絶対に黙っててくれる確率は残念ながら低いだろうと思う。

 

 

 

「じゃあ、どうしよう?」




 すると公平くんは腕組みを始めた。

 そして眉間に皺を寄せて熟考を始めたのだ。

 私はそんな公平くんを待った。そしてしばらく時が過ぎたときだった。

 

 

 

「こうしよう。

 ……場所は俺の家。そして立ち会いには奈々子さんにやってもらう」

 

 

 

「ええっ! 奈々子さん?」




 私は驚きを隠すことができず思わず叫んでしまった。

 

 

 

「で、でも。

 奈々子さんは女だよ。それに明奈さんたちは五人もいるんだよ」

 

 

 

「ああ。それもわかってる。

 だけど、久米絵里香たち地球人四人よりも奈々子さんひとりの方が役に立つ」

 

 

 

「う、うん……」




 私は公平くんのその自信に満ちた口調に黙り込む。

 

 

 

 確かに奈々子さんはただ者じゃない。

 私と同じ『カッコウの星』の人だし杖の使い方も私よりずっとずっと上だ。

 でも相手は人質が四人もいるのだ。だから私には不安があった。

 

 

 

「で、でも、場所が公平くんの家ってのは、どういうことなの?」




「ああ。それは簡単だ。

 まず奈々子さんがいること。そして俺の家なら敷地は広いから視界は効く。そして周りには人家がある。

 ……まずウチの敷地をのぞくやつはいないけど、騒ぎになれば人目がつく」

 

 

 

「うん。そうだよね。確かにそうかも」




 私は公平くんの家の敷地を思い浮かべる。

 そこはちょっとした公園程度の広さはあるし周辺は住宅地だ。

 確かに杖を使った戦闘の爆発騒ぎが起こったら、誰かしら気がつくだろう。

 

 

 

 そして公平くんは提案する。

 

 

 

「とにかくだ。

 扇山がまっすぐ地球を離れるなら孤舟は渡す。そうでない場合は与えない。これでいいな?」

 

 

 

 公平くんが私に問う。

 

 

 

「う、うん」




 私は深く頷いた。

 これなら迷うことはない。だけど……。

 

 

 

「だけど、どうやって明奈さんの真意を確かめるの? 口約束は役に立たないよ」




「ああ、そうだな。……直筆の書類を書いてもらって、判子を押してもらうか?」




 公平くんはにやりと笑う。

 

 

 

「冗談でしょう?」




 私がそう尋ねると公平くんは笑い出す。

 

 

 

「確かに冗談だ。

 宇宙人相手に書類を書いてもらって、不履行だからと言って裁判を起こしたって仕方ない。

 だからなんだが、……なあ、こういう手はどうだ?」

 

 

 

 公平くんはなにやら思惑がありそうだった。

 そして立ち上がると私の側に来て耳打ちをする。

 

 

 

「……」




「……ええっ~!」




 叫んでしまった。

 そして耳たぶまで真っ赤になってしまう。

 

 

 

「嫌か?」




「……正直言うと嫌。

 ……で、でもそれしかないかも」

 

 

 

「だろう?」




 公平くんのアイディアは悪くなかった。

 いや、実際には私はとっても嫌なのだが、他にそれ以上に確実な手立てがない。

 

 

 


 そのときだった。

 

 

 

 ――着信。

 

 

 

 私はあわててスマホを取り出す。

 すると相手は明奈さんだった。

 

 

 

「明奈さんだ。……どうしよう?」




 私は着信コールが鳴るままに公平くんの顔を見る。

 

 

 

「出てみろよ。そしてこっちの条件を言うんだ」




「う、うん」




 私はボタンを押して電話機を耳に当てた。

 

 

 

『あら? てっきり居留守使うかと思ったわ』




 相手は間違いなく明奈さんだった。

 時計を見ると休み時間だった。

 

 

 

「どこにいるの?」




『もちろん教室よ。

 誰かさんたちと違って、ちゃんと授業を受けたわ。

 ……忠告しておくけど、今日の授業は重要だったわよ。次の試験に出るからって、先生はおっしゃってたわ』

 

 

 

「……べ、別にいいもん」




『そう。

 ……それで結果はどうなったかしら? 二人で相談してるんでしょ?』

 

 

 

「孤舟のこと?」




『もちろん。それ以外に、私はこづえさんに用がないもの』




「孤舟は明奈さんにあげてもいい。

 ……だけど条件があるの」

 

 

 

『あら、くれるの? 

 なら条件を受け入れなきゃダメね。いったいどういう条件かしら? 

 またいつかみたいに放課後の校庭で、ひとりで来ることかしら?』

 

 

 

 明奈さんはその美声には似合わない皮肉の言葉を並べている。

 私は主導権だけは握らせないと心に誓う。

 

 

 

 ……有利なのは私の方。

 そう自分に言い聞かせたのだ。

 

 

 

「場所は公平くんの家の敷地。

 時間は今から二時間後。あと明奈さんひとりで来て。

 

 杖は持って来ないことと、絵里香たちには内緒なのも条件だよ。

 ……そしてね、明奈さんが地球を去るときには絵里香たちを元の状態に戻して。操られたままは嫌だよ」

 

 

 

『……いいわ。すべて条件を飲むわ』




「わかった。……でもひとつ訊いていい?」




『なにかしら?』




「あなたは孤舟をどうしたいの? 星に帰るのが目的なの?」




『……帰還命令は知ってるでしょ? 

 ……でも、こづえさんの孤舟を私にくれるってことは、こづえさんは帰還命令に背くことになるわよ。

 知っての通り孤舟は一人乗りだから』

 

 

 

「ええ、もちろんわかってるわ。

 明奈さんの孤舟がこの星では直せないこともわかってる」

 

 

 

『そう。

 なら、こづえさんは流刑者になる覚悟をしているってことね?』




「うん。だって私はもう流刑者だもん。自分で決めたから」




 そうなのだ。私は東京太郎さんと対決したときから、すでに流刑の覚悟はできている。

 

 

 

『……だったら話は早いわ。

 あと二時間後ね。早退するって先生に断っておくわ』

 

 

 

 そう言って明奈さんからの電話は切れた。

 

 

 

「……ふう」




 私はどっと疲れが出た。

 やっぱり私はこういう駆け引きには向いてないと思う。

 

 

 

「たいしたもんだ。よくできたな」




 だが公平くんはそんな私をねぎらってくれた。

 

 

 

「え? ……良かったのかな。

 私、心臓がドキドキしてるんだけど」

 

 

 

「ああ。大丈夫だ。後はこっちが先回りして俺の家に行けば問題ない。

……だけど、実は以前から気になっていたことがある」




「えっ、なに?」




「お前の孤舟はお前じゃなくちゃ、使えないんだろう? 

 扇山はお前の孤舟を動かせるのか?」

 

 

 

「あ、そうだよね? そう思うよね? 

 えっと、実は杖さえあれば大丈夫なの。

 

 杖は自分の孤舟を起動させるために絶対に必要なんだけど、起動させた後に新しい使用者を登録をすれば、他の人でも動かせるの。

 

 ……だから私の孤舟が私にしか使えないって言う意味はある意味間違いで、正確には私の杖が私にしか使えないことから結果的に私にしか私の孤舟が使えないってことになるの……、えと、わかる?」

 

 

 

 ややこしいことを一気にしゃべってしまった気がするけど、公平くんは一度で理解できたようだ。

 ……さすが。

 

 

 

「なるほどな。

 杖は孤舟にとってはしょせん車のエンジンキーに過ぎないものか。

 エンジンさえかかれば他の誰でも使えるしな」

 

 

 

「うん。あくまで始動させるのに必要なだけなの」




「それで、つじつまがあった」




 そう言った公平くんは立ち上がって外をうかがう。

 

 

 

「大丈夫だ。外には誰もいない」




 私は公平くんの後を追って小走りについて行く。

 だけど方向が違っていた。

 公平くんが目指す方角にバス停はない。

 

 

 

「ねえ、公平くん。そっちはバス停じゃないよ」



 

 私は怪訝に思って声をかける。

 

 

 

「わかってる。

 今日は念のため自転車で通学してきた。昼間だとバスが少ないからな」

 

 

 

「あ、そっか」




 確かに公平くんの言う通りだった。

 昼間の時間帯は学校に到着するバスは極端に本数が少ないのだ。

 

 

 

 私は公平くんの後を追って自転車置き場へと向かっていた。

 そして自転車置き場に到着したときだった。

 

 

 

「後ろに乗れよ」




 公平くんが自転車のサドルの後ろの荷台を指さす。

 その自転車は青色でどこにでもあるような平凡なタイプのものだった。通称ママチャリと言うヤツだ。

 

 

 

「う、うん」




 私はスカートの裾を気にしながら荷台にまたがった。

 

 

 

「もっと、しがみつけよ」




「ええっ! ど、どうして?」




 確かに私は遠慮がちに座っていた。

 男の人と密着するのはちょっと恥ずかしかったからだ。

 

 

 

「飛ばすぞ。落ちるから、しっかりしがみつけってことだ」




「……ああ。そういうこと」




 私が返事をすると、その瞬間から公平くんは飛ばし始めた。

 学校は丘の上にあるので、いきなり下り坂だ。

 

 

 

「……う、うう」




 私は怖さと恥ずかしさを天秤にかけていたのだが、結局、怖さが勝って気がついたら公平くんの背中にぴったりしがみついていた。

 

 

 

 自転車はやがて坂を下り、交差点を右折してバス通りをどんどん走っていく。

 道路を見ると渋滞を起こしているので車よりも速かった。

 そして二十分後には公平くんの屋敷へと到着していたのだった。


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