第13話  異常接近 ~ 扇山 明奈 ~ 05

 そしてそんなときだった。

 突然、明奈さんが私を見て話しかけてきたのである。

 

 

 

「そういえば、こづえさん。

 ……あなたの孤舟はどうなのかしら?」

 

 

 

 明奈さんは何気ない、本当に何気ない口調でそう尋ねてきた。

 だが、その聞き慣れない『孤舟』と言う単語が気になったのか、それまでめいめいで会話していた絵里香や博美たちも話を止めて、私に視線を注いだ。

 

 

 

「どういうこと? 

 私の孤舟は快調よ」




 私はそんな雰囲気にお構いなく、お弁当の卵焼きを口にする。

 少し甘めの味付けで私のお気に入りだ。

 お母さん、今日もありがとう。

 

 

 

「……余裕ね。なんだか先週と違う人に見えるわよ?」




「そうかな? 別に私は私よ。今までもこれからも」




「ふーん。……もしかして、能力に覚醒したのかしら?」




「さあ、どうでしょうね?」




 私は明奈さんの質問を、のらりくらりとはぐらかす。

 そんなこんなで昼食も終わりとなった。

 

 

 

 そして『孤舟』と言う初めて聞くだろう単語の件の説明は、なぜかみんなに求められなかった。

 おそらくだけど、絵里香や博美たちの思考を自由に操れる明奈さんなのだから余計な説明をしなくていいように『孤舟と言う単語は聞かなかった』と言う風に記憶を操作したのに違いない。

 

 

 


 私はお弁当を食べ終わると席を離れ、学校内の散歩に出かけた。

 後ろを振り返っても明奈さんたちの姿はない。

 

 

 

 私はスマホを取りだした。

 そして公平くんにSNSを送信した。




『屋上にいる』




 するとすぐに返事が来た。

 今日も公平くんは屋上で待っていてくれたのだ。

 

 

 

 私はすぐさま屋上へと向かった。

 そしてドアを開けると真っ青な空が出迎えてくれた。

 雲ひとつない日本晴れだった。辺りには公平くん以外の姿はない。

 

 

  

「今日はどんな感じだ?」




 開口一番、公平くんはそう尋ねてきた。

 公平くんはフェンスに身体を預けて校庭を見下ろしている。

 私も同じような姿勢になる。

 

 

 

「うん。平気。私、逃げなかった」




 私は朝の通学バスからお弁当の時間までの状況を公平くんに説明した。

 私と公平くんはもちろん同じクラスだが、席は離れているし公平くんには公平くんの男同士のつきあいがあるので私ばかりを相手している訳にはいかないからだ。

 

 

 

「……すると、扇山たちは、お前に翻弄されていたってことだな?」




「そうかな?」




「ああ。主導権は今まで扇山だったが、つかの間にせよ今度はお前が握ったってことだ」




「うん、言われてみればそうかも。

 ……でも孤舟のことを訊かれたよ」

 

 

 

「孤舟? なぜ、孤舟なんだ?」




「わかんない。

 でも、私の孤舟はどうなのかを訊いてきたの」

 

 

 

「うーん。

 ……もしかしたら、扇山の目的は、お前の孤舟なのかもな」

 

 

 

「私の孤舟? 

 どうして、私の孤舟が必要なのかな?」

 

 

 


 私たちがそう話していたときだった。

 突然、後方に気配を感じた。

 そして振り返ると、そこに女子生徒が五人立っていた。

 

 

 

 ――明奈軍。

 

 

 

 明奈さんを先頭にして、その後方に絵里香や博美たちが居並んでいる。

 

 

 

「お邪魔だったかしら?」




 明奈さんが代表してそう尋ねてきた。

 長い髪とスカートを風にまかせながら、颯爽と立っていたのだ。

 

 

 

「別に。私たちそういう関係じゃないし」




 私がそう言うと公平くんが苦笑するのが見えた。

 

 

 

「まあ、そうだな。

 ……で、お前たちはなんの用があるんだ?」

 

 

 

「あら、用がなくちゃ屋上に来ちゃ行けないのかしら?」




「禅問答だな。

 お前たちは俺たち、……いや、大林に用があって来たんだろう?」

 

 

 

「まあ、そうなんだけどね」




 そう言って明奈さんは私と公平くんの間に立ち、私と公平くんの顔を見比べる。

 

 

 

「お二人さんのお話は、どこまで進んだのかしら?」




「話? なんのこと?」




 私は明奈さんに問い返す。

 

 

 

「……もうわかってるんでしょ? こづえさんの孤舟のことよ」




「……」




「……」




「……孤舟がどうしたっていうの?」




 私がそう答えると、明奈さんが笑顔を見せる。

 それは美しい笑顔なのだが、正体を知ってしまっている私にはそれが悪の微笑みに見えた。

 

 

 

「なんなら、ここでキスしてもいいのよ? こづえさん?」




「……」




「それとも岩村公平くんとがいいかしら?」




 明奈さんはちらりした流し目で公平くんを見る。

 

 

 

「お断りだな。

 俺はお前が好みじゃない。それなのにキスしてどうすんだ?」

 

 

 

「あら、そう? ざ~んねん。

 ……せっかくだから試してみたら? 私のキスは素敵なのよ」

 

 

 

 そう言って明奈さんが公平くんにゆっくりと歩み寄る。 

 私は制服の内ポケットに手を入れた。

 

 

 

「……そこまでよ。

 これがなんだか明奈さんなら、わかるよね?」

 

 

 

 私は杖を明奈さんの背に突きつけていた。

 

 

 

「あら? やっぱり持ち歩いていたのね。じゃあ、降参だわ」




 明奈さんは歩みを止めた。

 そしてゆっくりと振り返る。

 気がつくと明奈さんの左手にも銀色の杖が握られていた。それは私の杖とそっくり同じだった。

 

 

 

「……や、やる気なの?」




 私は杖を持ったまま身構えた。

 汗が額をツルリと伝う。

 

 

 

「まさか。こんなとこで戦争を起こす訳ないじゃない。

 私が勝っても、こづえさんが勝っても校舎は崩壊するわよ」

 

 

 

 そう言った明奈さんは右手を高々と掲げる。

 すると絵里香や博美たちが明奈さんの前に一斉に走り寄る。

 

 

 

「これなら、どうかしら?」




 それを見て私の両膝はガクガク震えてしまった。

 明奈さんは絵里香たちを人間の盾にしたのだ。

 

 

 

「ひ、卑怯よ。……絵里香たちは関係ないじゃないっ!」




 私は叫んだ。

 だけど、その叫びは絵里香たちには通じない。

 

 

 

「こづえ。私たち親友でしょ? どうして杖を向けるの?」

「杖をしまって、私たちの話を聞いて」

「ねえ、今ならまだ間に合うわ」

「明奈さんを受け入れて。いっしょに仲良くしましょうよ」




 私は耳を両手でふさぐ。

 その声に惑わされないように。

 

 


 そのときだった。

 

 

 

「大林。行こうっ!」




 気がつくと私は公平くんに手を引かれていた。

 公平くんは強引に私をぐんぐん引っ張る。行き先は校舎へ続くドアだった。

 

 

 

 私たちは手をつないだまま階段を駆け下りて廊下を全力疾走し、教室へと逃げ込んだ。

 

 

 

「……こ、公平くん。ありがとう」




「……ああ、いいんだ。

 あのままだと久米絵里香たちを人質にして、向こうの要求を飲まされるところだった」

 

 

 

 私たちは互いに息を切らせたまま、ハアハアと肩で呼吸する。

 

 

 

「これからどうしよう?」




 私が公平くんに尋ねたときだった。

 

 

 

「うーん。そうだな……」 




 公平くんがなにか言おうとしたとき、明奈さんたちが教室に入って来た。

 私は思わず身構える。

 

 

 

 だけどそのとき昼休み終了のチャイムが鳴った。

 私は仕方なく席へと戻る。

 そして明奈さんも私の後ろの席へと着席した。もちろん公平くんも絵里香や博美たちも同様だ。

 

 

 

「こづえさん。救われたわね?」




 後ろから明奈さんが話しかけてきた。

 

 

 

 私はもしかしたら背中に杖でも突きつけられるかと思って冷や冷やしていたのだが、さすがにそれはなかったようだ。

 

 

 

「さすがの明奈さんも教室ではおとなしいのね。

 猫かぶってるの?」

 

 

 

「ううん。

 私はできれば穏便に済ましたいのよ。

 本当にあなたが私の相談に乗ってくれるなら、一対一で話をしてもいいのよ?」

 

 

 

「……本当なの?」




「ええ、もちろん。みんなは巻き込みたくないのよ」




「……」




 私はなんて答えればいいのか、そのとき判断がつかなかった。

 だけど英語の上川先生が入ってきたので、この話は中断されたのだった。

 

 

 

 やがて迎えた休み時間。

 私は公平くんの席の近くにいた。

 もちろん公平くんに明奈さんからの提案を相談するためた。

 

 

 

 教室を場所に選んだのは、みんな……、つまり人目がつく場所では明奈さんも事を起こすつもりはないとにらんでのことだった。

 その明奈さんだけど席に座ったままで私と公平くんを見ていた。

 もちろん周りには絵里香や博美たちの姿がある。

 

 

 

「明奈さんが一対一の話し合いを申し出てきんだけど」




「一対一? つまりお前と扇山でか?」




 公平くんがそう尋ねてきた。

 私は頷く。

 

 

 

「どうしたらいいと思う?」




「ああ。一対一ならいいんじゃないか? 

 ……ただ問題なのは、それを扇山がちゃんと履行するかどうかだ」

 

 

 

「密かに絵里香や博美たちに待ち伏せさせるんじゃないかってこと?」




「ああ。

 扇山はかなりの策士だ。口で言うことを本気に受け取るのは少し危険な気がする」

 

 

 

「う、うん」




 公平くんが腕組みする。

 

 

 

「お前としてはどうなんだ? 

 ヤツの提案を受ける気があるのか?」

 

 

 

「……うん。

 本当に一対一なら、話を聞いてもいいと思うの」

 

 

 

「わかった。だとしたら場所を選ぼう。

 こういうのはどうだ……?」

 

 

 

 こうして私は公平くんの話に耳を傾けた。

 そして結果、明奈さんと一対一で話し合うことに決めたのだ。

 

 


 チャイムが鳴った。次の授業の始まりだ。

 私は席に戻ると後ろを振り向き明奈さんに話しかけた。

 

 

 

「さっきの話なんだけどね。受け入れようと思うの」




「そう。私を信用してくれたのね?」




「……どうかな? 明奈さんのことだから、なにか作戦があると思うの。

 ……だから私の条件を受け入れてくれるなら、話をしてもいいよ」

 

 

 

「……条件って、なにかしら?」




「うん。……まず、明奈さんが絶対にひとりで来ること。

 そしてバッグは教室に残して来ること。

 そしてもちろん絵里香や博美たちにはこのことを話さないことよ」

 

 

 

「……わかったわ。それで時間と場所は?」




「うん。時間は今日の放課後。場所は校庭の真ん中よ」




「……わかったわ。私がひとりで来ることと、バッグは教室に置いておくこと、そしてみんなにはそのことは伝えないことと、そして今日の放課後に校庭の真ん中ね?」




「うん。絶対だよ。

 もし明奈さんが少しでも違う行動をとったら、私は一対一の話し合いには応じないからね」

 

 

 

「わかったわ」




 やがて数学の授業が始まった。私と明奈さんはなにごともなかったかのように授業に参加するのであった。

 

 


 やがて訪れた放課後。

 私はバッグを持って、そそくさと校庭へと向かった。 

 校庭では野球部やサッカー部、陸上部やテニス部などが活動を始めていた。

 

 

 

 公平くんが教えてくれた作戦はこうだった。

 

――広くて視界が効く場所。


 つまり校庭。そして大勢の人たちの目がある場所。それも放課後の校庭だ。

 部活動で大勢の生徒たちの目があるからだ。

 

 

 

 私は野球部が部活を行っている場所と、サッカー部が活動している場所の境目に立っていた。 

 やがて明奈さんの姿が見えた。

 確かにバッグは持っていない。そして辺りをぐるりと見回しても絵里香や博美たちの姿は見えなかった。

 

 

 

 明奈さんは風に長い髪とスカートの裾をなびかせて颯爽と歩いてきた。

 その自信に満ちあふれた足取りを見ると、私は急に弱気になる自分がわかった。

 

 

 

――本当に明奈さんと対等に対峙できるのか? 決して負けないか? 

そんな不安がムクムクとわき上がってきたのだ。

……だけど、ここまで来たのだから、後れを取る訳にはいかない。




「お待たせ。

 約束通り、ひとりで来たわ。そして見ての通りバッグも持ってない」

 

 

 

「うん」




 私は制服の胸に手を当てる。

 内ポケットには杖を忍ばせてあるからだ。その感触を確かめた。

 

 

 

「明奈さん、話ってなに?」




 私はさっそく切り出した。

 

 

 

「私の話は簡単よ。こづえさんの孤舟は動くのかしら?」




「うん。動くよ。

 飛行させたことはないけど、計器からは異常値を示す表示はないよ」

 

 

 

 私は正直に答えた。

 そうでないと明奈さんからの情報が引き出せないからだ。

 

 

 

「そう、動くのね。

 ……そして、能力も覚醒したってことね?」

 

 

 

「ええ……」




 額から汗がツルリと伝うのを感じていた。 

 もちろん明奈さんがいう『覚醒』とやらは、まだ自信がない。

 たぶん『覚醒』とはキスをすることで、相手から情報を奪う能力のことを意味しているのは間違いないだろう。

 

 

 

 ――表情は大丈夫だろうか? 

 

 

 

 私の顔は喜怒哀楽がすぐにわかるという。

 だから決して嘘はつけないと公平くんに言われていたことを思い出す。 

 だけど、嬉しいことに明奈さんはそのことに気がつかないようだった。

 

 

 

「なら、条件は対等ね。話がしやすくなるわ」




 そう言って明奈さんはさらに私との距離を詰める。

 私は思わず一歩後ろへと下がっていた。

 見ると野球部やサッカー部の人たちが、ぽかんと私と明奈さんを見ているのがわかる。

 

 

 

 考えてみればそれは当然だった。

 部活の真っ最中の校庭で制服姿の女子が二人向き合っているのだ。

 不審に思うのも無理はない。

 

 

 

「孤舟をどうしたいの?」




「簡単な話よ。私にはこづえさんの孤舟が必要なの。欲しいのよ」




「孤舟が必要? どうして必要なの?」




 ――疑問。

 

 

 

 明奈さんも『カッコウの星』の人であるのなら自分の孤舟を持っているはずだ。

 なのに私の孤舟まで必要だという。

 

 

 

 ……なにを考えているんだろう?  

 私は警戒心をいっそう強くした。

 

 

 

「私の孤舟は壊れてしまったのよ。

 通信はできるけど飛行は無理なの。困ったことに自己修復機能が機能しないのよ。

 

 故障原因を突き止めようとしても、この星では絶望的だわ。

 文明レベルも技術体系も大きく異なるのだから……」

 

 

 

「壊れた? 明奈さんの孤舟が壊れたっていうの?」




「そうよ。だけど杖は壊れていない。

 こづえさんも知っていると思うけど岩村公平くんのスマホは壊すことはできたわ。

 ……杖が故障していないとすると、孤舟を飛ばせられないのは孤舟の方が壊れていると考えるのがふつうでしょ?」

 

 

 

「……壊したのは公平くんのスマホだけじゃなくて公平くんの左手の火傷もそうだよ。

 あなたは他人を傷つけたんだから」

 

 

 

 私はその点を強調した。

 明奈さんは他人、……地球人である公平くんに危害を加えたのだ。

 その点は間違っていない。

 

 

 

「そうね。でもあれは不可抗力だわ。

 私が狙ったのはあくまでスマホだったんだから」

 

 

 

「言い訳だよ、そんなの。

 だって杖で攻撃すればそうなることくらい明奈さんならわかってたはずだよ」

 

 

 

「そうね。じゃあ、それに対しては謝るわ」




「わ、わかった。でもそれは公平くん本人に言って欲しい」




「そうね。そうするわ。

 ……で、孤舟を私に引き渡すの? それともあくまで私に敵対するのかしら?」

 

 

 

 明奈さんは笑みを続けたまま、私に選択を迫る。

 

 

 

「……そ、それは後日、私から連絡する。

 だから明奈さんの電話番号とかメアドとかを教えてくれる?」

 

 

 

「わかったわ」

 明奈さんはゆっくりと手を制服の内側に差し入れた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って。そのまま動かないで。

 杖を出すならムダよ。私もちゃんと持ってるから」

 

 

 

 私も制服の内ポケットに手を差し入れた。

 そこにはちゃんと金属の棒の手応えがある。

 

 

 

「大丈夫よ。いくら私でも、こんな大勢の人の中で杖を使って戦おうなんて思わない。安心して」




 そう言った明奈さんはゆっくりとスマホを抜き出した。

 

 

 

 私はそれを見て安心して自分もスマホを取り出す。

 そして互いの番号などの個人情報を交換したのであった。

 

 

 

「これで今日のところは用事は済んだんだよね?」




 私は明奈さんに問いただす。

 

 

 

「ええ。約束する。

 今日はもう、私はこづえさんと接触しないわ。せいぜい岩村公平くんと相談してね」

 

 

 

 明奈さんはそんな憎まれ口を叩く。

 

 

 

「わかったわ。……じゃあ、私はこのまま帰るから。明奈さんは教室に戻ってバッグを取りに行っていいわ」




 私はバッグを持っているのに明奈さんには持たせなかった理由はこれだった。

 私はこのまま帰れるけれど、明奈さんは一度教室に戻らなくちゃならないので私は安心してこの場を去れる。 このために一対一で会う条件にこのことを加えたのであった。

 

 

 

「ええ、そうするわ」




 それだけ言い残すと明奈さんは私に背を向けて颯爽と校舎へと戻っていった。

 私はその場にへなへなと座り込んでしまいそうだった。

 

 

 

 それだけ精神を消耗したのだ。

 だけど通用門の方で手を振っている公平くんの姿を視認したので、気合いを入れて歩き出す。

 

 

 

「お疲れ様。で、どうだった?」




 私が通用門に到着すると開口一番、公平くんがそう尋ねてきた。

 

 

 

「うん。……私にしては上出来だと思う。

 私は私をほめてやりたいよ」

 

 

 

「ああ。ここから見ていてもお前は堂々と渡り合っていた。

 最初はハラハラしていたけど、途中からは安心して見ていることができた」

 

 

 

「そ、そうなの」




 私は嬉しくなった。

 公平くんにほめられたと思ったからだ。

 

 

 

 私と公平くんはその足でバス停へと向かった。

 ダラダラとここで時間を過ごしていたら、明奈さんと再度出くわす可能性があるからだ。

 

 

 

 幸いバスは到着していた。

 私と公平くんはバスに乗り込んだ。

 

 

 

 やがてバスは発車する。

 嬉しいことに明奈さんの姿はこのバスにはなかった。

 そして私はバスの中で校庭で起きた明奈さんとの会話をすべて公平くんに話したのであった。 

 

 

 

 私と公平くんの姿は、公平くんの家の倉の中にあった。

 

 

 

「……ちなみになんだが、この孤舟に武器はあるのか?」




 公平くんが、そう尋ねてきた。

 孤舟は今は小さいサイズで倉の隅におさまっている。

 

 

 

「武器? なんで?」




「ああ。以前、お前は孤舟にはあらゆる障害を想定した対処機能があるようなことを言っていた。

 だから質問したんだ」

 

 

 

「……あるの。

 杖をね、ずっとずっと強力化したもの。都市くらいなら一発で丸ごと破壊できるの」

 

 

 

「核兵器みたいな威力か……」




「うん。仕組みは全然違うけどね。威力は似たようなものだよ。

 ……でも、どうして聞くの?」

 

 

 

「ああ。それを悪意が持った者が使ったら、とんでもないことになるな」




「ええ。動力はほぼ無限大だから大変なことになるよ」




「それは取り外しはできないのか?」




 私は公平くんの意図が読めない。

 だけどわかっている知識は伝えようと思った。

 

 

 

「ダメなの。

 ミサイルを発射するような発射装置みたいな構造じゃないの。

 動力源と直結しているものだから、弾を抜くみたいなことはできないのよ」

 

 

 

 すると公平くんは腕組みして思案を始めた。

 

 

 

「だとすると、扇山の目的がただ帰還するためなら構わないが、もし異なった場合はやっかいだな」




「ええっ! どうして」




「もし、だ。

 扇山にこの孤舟を渡した場合すんなり地球を離れるなら問題はない。

 

 だけどもしヤツに野心的なものがあったら由々しきことになるぞ。

 テロリストに核ミサイルを発射装置ごと手渡すことと同じことになる」

 

 

 

「……っ!」




 ――虚を突かれた。

 

 

 

「じゃ、じゃあ。どうしよう? 

 私、この孤舟を明奈さんに手渡すかどうか、連絡する約束になっているのよ」

 

 

 

「うーん。……時間がいるな。まずは扇山の真意を知りたい。

 ……もちろん渡すことを拒否することも問題はないけれど、そうすると扇山は非常手段に訴える可能性がある」

 

 

 

「非常手段?」




「ああ。杖を使うだろう。

 もちろん久米絵里香たちを人質に取ってな」

 

 

 

「……」




 頭の中に暗雲が立ちこめてきた。

 それは視界がまったく効かない暗闇で、相手の出方がわからないことから生じた大いなる不安の闇だった。

 

 

 

「ど、どうしよう?」




「扇山に確認することだな。

 俺たちにはまだ情報が足りない……」

 

 

 

 公平くんはそう言った。

 

 

 

 そしてそれは私たちが置かれた状況を適切に表していた。

 もしそれが事前にわかっていたならば、私は絶対に孤舟を明奈さんから遠ざける覚悟ができていたからだ。

 

 

 

 だけどそのときの私と公平くんには情報がまったく足りなかったのだから、その後の展開が思わぬ方角へと進んでしまったのは仕方がない。

 

 

 

 私は公平くんといくつか相談した。

 そしてその結果、今日は明奈さんに連絡しないことに決定した。

 そしてその日は孤舟を残し、私は公平くんの自宅から帰宅することになったのだ。


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