第12話 異常接近 ~ 扇山 明奈 ~ 04

 私が靴を履き替えて校門を出たときだった。


 


「……大林」




 公平くんが私を呼ぶ声が聞こえた。

 私は明奈さんの件でぼんやりしていたので、あやうくその呼びかけを聞き逃すところだった。


 


「あ、公平くん……」




 公平くんは、ひとり校門の門柱に背もたれて立っていた。


 


「……顔色、悪いぞ」




「うん。そうかも……」




「扇山と、またなにかあったんだな」




「……う、うん」




 公平くんは、私のために待っていてくれたんだと、そのときわかった。

 私はそれが、とても嬉しかった。


 


「場所を移そう。

 こんなところで話す内容じゃないんだろうしな」




 やがて私たちは神社にいた。

 バスを途中下車して降り立ったのだ。


 


 そこを選んだのは、もちろん安心して話ができるからだった。

 そこには子供連れの母親たちの姿がちらほら見えたけど、ブランコの近くには誰もいなかった。


 


「なにがあった?」




 公平くんは、私に話を促した。

 私たちは揺れるブランコに座っている。


 


「うん、あのね。……また奪われちゃったの」




 私は明奈さんと戦う堅い決意していたが、こうして強いられた行為を告白するとなると、やっぱり悔しいようで涙が浮かんでくる。


 


「……また、キスされたのか? どこでだ?」




「うん。学校の階段の踊り場。

 そこまで呼ばれて行ったら、明奈さんが待ってたの」


 


「扇山だけか? その場にいたのは?」




「ううん。絵里香ももちろんその場にいたの。あとは博美と沙由理と聡美なの」




「フルメンバーだな。

 今ではクラスでいちばんの仲良しグループだ」


 


 公平くんが言うのは事実だった。

 明奈さんが転校してきてから結成されたグループだ。


 


 以前は私が加わっていたが明奈さんが入ってから私は脱退しているのは当然、公平くんは知っている。

 それに……男子の公平くんから見ても、やっぱり明奈さんの一味は仲が良いのがわかるのだ。


 


「扇山はどうして度々、お前とキスしたがるんだ? 

 なにか理由があるのか?」


 


「……うん。

 明奈さんが言うには私たち宇宙人、……つまり『カッコウの星』の人間は、キスすることで相手の情報がわかるって言ってた」


 


「……情報がわかる? どういうことだ?」




「うん。キスすることで相手の考えていることや隠し事もわかるみたい。

 だから明奈さんは私が宇宙人であることも公平くんと会っていろいろ話をしていることも、わかっちゃったのよ」


 


「キスでわかる? 

 ……つまりキスすることで相手の事がわかるのか? 

 ……だとすると、なぜお前はダメなんだ?」


 


「ダメ? 私のなにがダメなの?」




 今日の出来事で、まだ頭の回転が本調子でない私は公平くんが問う内容がわからない。


 


「ああ。お前も扇山の同類ならば二度もキス、……強制させられたとはいえ、二度もキスしたんだろ? 

 だとしたらお前も扇山から情報を引き出せる理屈だろう」


 


 ――公平くんの理屈は正しい。


 


「あっ。そういえば、明奈さんは私がまだ、しっかりと覚醒してないって言ってたわ」




「覚醒? なにかにまだ目覚めてないってことだな。

 つまりは『カッコウの星』の人間に備わっている地球人にはない能力ってことか?」


 


「うん。そうみたい。

 ……それにキスはそれだけじゃなくて、地球人が相手ならキスしただけで従わせることができるようなことも言ってたよ」


 


「……従わせる、か。なるほど、だとすると久米絵里香たちが扇山にべったり、……いや、支配させられているのも説明がつく。

 ……なるほどな」


 


 公平くんは納得した様子だった。

 だけど、ふと疑問が浮かんだようで、私を見た。


 


「お前が覚醒してなくて扇山が覚醒していることはわかった。

 だけど、その差はなんだ?」


 


「差?」




「ああ。どうして扇山の方が、お前よりも能力が上なんだ? 

 同じ星の出身なんだろう?」


 


「……わかんない」




 質問されても困る。

 私はまだ自分が本来持つ能力も明奈さんのこともなにもわかっていないのだ。


 


「お前は孤舟で、俺たち地球人が知らない情報を得たんだろう?

 なのに知らないのか?」


 


「うん。

 ……でもそう言えば明奈さんは、私がそれを知ってて当然みたいなことを言ってたよ」


 


「……なのに、わからないのか?」




「うん。……でも、私、負けない。明奈さんと戦うの。

 ……でも正直どうすればいいのか、わかんないの。

 ……ねえ、公平くん。私どうすればいいのかな?」


 


 すると公平くんはしばらく考え顔だった。

 ……都合が良すぎるとはわかっているけど、私には他に頼れる人がいないのだ。


 


「情報が足りないな。

 ……なぜ、キスをするのかの理由はわかった。


 でも、扇山の目的がわからない。

 ……それが俺たちにわからない限り手の打ちようがない。だから、まずは情報収集だろうな」


 


 公平くんは、やはり冷静だった。

 そのとき私は、ふと嫌な予感がした。


 


 一瞬、黙っておこうと思ったけど、やっぱり公平くんには言っておいた方が良いような気がしてきた。

 だから、私は口を開いた。


 


「……もしかしたら、公平くんも危ないかも」




 私はブランコをゆっくり動かしながら、そう言った。

 すると公平くんが私を見た。


 


「それはどういう意味だ?」




「あ、……うん。

 もしかしたら、明奈さんは公平くんに接近してくるかもしれないってこと」


 


「俺にか?」




「うん。だって公平くんは、私のただひとりの味方なんだよ。

 だから私、心配だよ」


 


「ふん。……俺にもキスしてくるってのか?」




 公平くんはちょっとおどけて見せた。

 だけど私は真剣だった。


 


「わ、私やだよっ! 公平くんが明奈さんとキスするのっ……!!」




「……ん。どういう意味だ?」




 公平くんは真顔で尋ねてきた。

 私は気がついたら真っ赤になっていた。


 


「……あ、だ、だから。……公平くんまで敵になっちゃったら、嫌ってことよ。

 ……うん。そう言う意味」


 


「わかった。俺はあいにくだが扇山は好みじゃない」




「そ、そうなのっ?」




 ――大事な件。猛然と尋ねていた。


 


「ああ。確かに俺から見ても扇山は美人過ぎるほどの美人だ。

 だけど、完璧すぎて自分に自信がありすぎて、かわい気がない」


 


「そ、そうなの……」




 私は、なぜだかホッとしてしまっていた。


 


「で、でも気をつけて。

 明奈さんは色仕掛けだけで迫ってくるとは思えないから……」


 


 ――根拠なし。


 


 だが私がもし明奈さんの立場なら、私の唯一の味方である公平くんをぜひとも仲間に引きずり込みたい。

 だからどうしても公平くんに忠告したかった。


 


 西の空は赤くなり始めていた。


 


「そろそろ帰るか?」




「うん」




 私は公平くんと並んでバス停に向かった。

 この神社にバスを途中下車して立ち寄ったので、私も公平くんも、もう一度バスに乗らなければ帰宅できないからだ。


 


 ……そこで私は不思議に思う。

 私は公平くんと親しく話し始めて、まだ一ヶ月しか経ってないのだ。

 だけど明奈さんの件があったことで、こんなにも親しくなっている。


 


 ……明奈さんも件も悪いことばかりじゃないんだな。

 私はなぜかそう思った。


 


 だけど、明奈さんがらみの事件はその日のそれからも起きたのだ。

 しかしそれを私が知るのは月曜日になってのことだった。


 


 公平くんは自宅に最寄りのバス停で降りた。

 私は手を振って別れた。

 その後、私は終点までバスに乗ることになる。


 


 バスがマンションに到着したとき、私には緊張があった。

 なぜかと言えば、もしかしたら明奈さんがエレベーターの前で、私をまた待っているかもしれないと考えたからだ。


 


 だけどその日は誰の姿もなかった。

 だから私は安心してエレベーターに乗り込んだのだ。そしてその日は帰宅した。


 


 翌日は土曜日だったので、私は安堵した。

 それは明奈さんと会わなくてすむからだ。


 


 そして公平くんと奈々子さんのお店を手伝うのも楽しみだった。

 だけど楽しい休日の二日間なんて、あっという間に過ぎてしまった。


 


 そして週が明けた。

 私は明奈さん対策で、わざと遅刻して来た。

 それはもちろん明奈さんといっしょに登校したくなかったからだ。


 


 私は公平くんとは教室では、あまり話をしなくなっていた。

 それは明奈さんたちを刺激しないためって言う理由もあったけど、それ以上にクラスのみんなから、あらぬ誤解を受けないようにするためだった。


 


 でも、だからと言って互いに無視している訳じゃない。

 だからその日、公平くんの左手に包帯が巻かれているのが気になっていた。


 


 だから私はSNSを送った。

 それは今日の放課後に公平くんの家の倉で話がしたいっていう内容だった。

 公平くんからの返信はすぐに来た。


 


「ねえ、その包帯はどうしたの?」




 放課後になって下校してバスに乗って公平くんの家の倉に入ると、私はすぐに公平くんに尋ねていた。

 

 

 

「ああ。……それよりも、お前の杖を見せてくれないか?」




「え? ……いいよ」




 私はバッグの中をごそごそ探して、ようやく杖を見つけた。

 それはもちろん私が『カッコウの星』の住民であることを表す証だ。

 なくしたら困るのと、万が一の護身用に(とは言っても使う場面はなさそうだけど……)、いつも持ち歩いている。

 

 

 

 杖は今日も銀色に鈍く光っていた。

 

 

 

「……俺が昨夜見たのは、やっぱりこれだ」




 そうつぶやいたのだ。

 

 

 

「昨夜見た? それって、どういうこと?」




 すると公平くんが左手の包帯を私に見せた。

 

 

 

「杖だ」




「ど、どういうことなの?」




 すると公平くんは苦笑しながら話し始めた。

 そしてその内容は私を驚愕させるには十分過ぎるものだったのだ。

 

 

 

「昨日、扇山に会った」




「ええっ!」




 ――驚いた。

 

 

 

 日曜日も骨董市で私は公平くんといっしょだったからだ。

 だとすると、私と別れた後の話に違いない。

 

 

 

「ああ。扇山が俺の家の前で待っていた。

 久米絵里香たち四人もいっしょだ」

 

 

 

 公平くんの言葉に私は戦慄を覚えた。

 明奈軍の全員集合だからだ。

 

 

 

「で、どうなったの?」




 私は気になった。

 それはもちろんキスのことだ。それをされたら地球人の公平くんは明奈さんの手下になってしまう。

 

 

 

「ああ。その点は問題ない。俺はキスされてない」




「……そ、そうなの。あ~、良かったぁ~」




 私は心底ほっとした。

 そしてそれは別の意味でも安心したのだ。

 

 

 

「だけど、扇山に警告された。

 これ以上、お前と関わるなら危害を加えるってな」

 

 

 

「ど、どういうことなの?」




「ああ。で、実際に危害を加えられた。

 これは扇山にやられたんだ」

 

 

 

 そう言って公平くんは改めて左手の包帯を私に見せた。

 

 

 

「ええっ!! 

 それっていったいどうしたのっ……!?」




 私は心配になって公平くんの左手を見た。

 

 

 

「心配するな。単なる火傷だ。たいしたことじゃない」




「ええっ! いったいなんで火傷なんてしたのっ?」




 ――猛然と尋ねた。

 

 

 

 だけど公平くんはやっぱりいつもの冷静な公平くんだった。

 

 

 

「俺は扇山の提案を断った。

 これは俺と大林の問題で、扇山とは関係ないって告げた。そして俺は自宅の門を入った。扇山を無視してな。 ……そうしたら扇山は行動に出たんだ」

 

 

 

「……」




「扇山は杖を持っていた。

 その銀色の杖を手に握って俺に突きつけたんだ。だから俺はスマホを取りだした。

 これは脅迫だから、大林にでも警察にでも電話してもいいんだぞ、と逆に警告した」

 

 

 

「そ、それでどうなったの?」




「するとだ。扇山が杖を振ったんだ。

 やられたぜ。スマホは溶け出すし、俺の左手は火傷をするしな。

 ……そして、改めて警告を受けたよ」

 

 

 

「ど、どんなこと?」




 私は口の中がカラカラに乾いていた。

 怖くて身体も震えていた。

 

 

 

「その気になれば俺の身体。

 ……いや、屋敷ごと消し去ることができると脅してきた」




「……」




 それは確かにそうだと思う。

 私が持ってる杖は、以前、神社の拝殿、本殿、そして境内ごとすべてを丸ごと消滅させる威力を持っていると東京太郎さんに言われたことを思いだしていた。

 

 

 

「……明奈さんに火傷させられたこと、警察には言ったの?」




「いや。警察には届けてない。

 言っても信じてもらえないだろうし。話がややこしくなる」

 

 

 

「そ、そうなの。でもだったらどうしよう……?」




「心配するな。扇山の件は奈々子さんに話してある」




「ええっ! 

 奈々子さんに? 奈々子さんまで巻き込んじゃったの?」

 

 

 

「まあな。我が家はオープンなんだ。

 って言うか、それに今回も宇宙人がらみの話だから奈々子さんには伝えた方がいいと判断したんだ。

 お前に了承を得てからと思ったんだが、どうにも扇山は危険すぎるから先手を取った」

 

 

 

「ううん、それは平気だよ。納得したから」




 確かに前回の東京太郎さんのときと同じように、今回の相手である明奈さんも『カッコウの星』の人なのだ。

 それに公平くんと母親の奈々子さんは仲が良すぎるくらい仲がいいので、当然と言えば当然なのかも知れない。

 

 

 

 そのことで話の展開を納得した私だけど、実はさっきから頭の隅に小さな疑問が浮かんでいて、それがまったく消えずにいた。

 

 

 

「……えと、気になることがあるんだけど、いい?」




「気になること? なんだ?」




「えっと、明奈さんに昨日スマホを壊されたんだよね? 

 ……だったらどうして私がSNSを送れたのかな? 公平くんのは壊れてもうないんだよね?」

 

 

 

「ああ、そのことか? 壊されたのは予備のひとつだ」




 ……予備? ひとつ? なんのこと?

 

 

 

 疑問顔の私に構わずに公平くんは制服の上着ポケットから、スマホを出した。

 そしてそれだけじゃなくて、さらに二つ出てきた。

 

 

 

「な、なんで……?」




 ……なんで三つもあるんだろう?

 

 

 

「奈々子さんが、持って出かけるのをよく忘れるんだ。

 どうでもいいときはどうでもいいんだけど骨董市とかフリマとかの出店のときだと、ないと絶対に困るからな。で、いくつもあるのは予備の予備だ」

 

 

 

「そ、そうなんだ」




 奈々子さんの隠れた一面を見た気がした。

 でも奈々子さんは、きれいで聡明、勇気ある女性だけど、どことなく抜けた一面があるのは公平くんから聞いていたから、それ、あり得るなあ、と納得した。

 

 

 

「まあ、俺が学校に行っているときは、こんなにいらないんだが、ついいつも癖でたくさん持っているわけだ」




 ……この親にして、この子あり、ってことね。

 

 

 

 忘れる奈々子さんも奈々子さんだが、予備の予備まで毎日持ち歩いている公平くんも公平くんだ。

 血は繋がっていなくてもある種、似た者親子なことに私はなんだかほのぼのとした気分を感じていた。

 

 


 そのときだった。

 

 

 

「あら、こづえさん。来てくれたのね?」




 振り向くとその奈々子さんが立っていた。

 今日もメイクも服も似合っていて、特上の笑顔で迎えてくれた。

 

 

 

「あの……。公平くんが昨晩火傷をしたって聞いたんです」




 だけど奈々子さんは笑顔のままだった。

 それが私には不思議に思えて仕方なかった。

 

 

 

「全然平気よ。公平も年頃なんだもの。恋愛ごとや友達とのトラブルで怪我することは当たり前だわ。

 それに公平も男なんだから傷のひとつやふたつ残ったって問題ないわ。

 

 場合によっては名誉の勲章とも言えるわね。 

 ……でもこれが、こづえさんにだったら私は絶対に許さないけどね」

 

 

 

 そんなことを言ってくれるのだ。

 私のことを心配してくれるのは嬉しいのだけど、なんだか話のピントが狂っているような気がする。

 公平くんは本当に襲われたって、ちゃんと話したんだろうか?

 

 

 

「なあ、奈々子さん。

 キスして相手の情報を引き出したり、地球人を操ったりできるってのは、どうやったら身につくんだ?」




 公平くんが奈々子さんに私が知りたい確信のひとつを尋ねた。

 私ももちろんそれはかなり気になっている。

 

 

 

「そうなんです。

 どうして私はキスされたとき明奈さんの情報を盗むことができなかったのですか?」

 

 

 

 私は自分で言っておきながら、キスという単語に反応してしまったみたいで顔が真っ赤になっていた。

 ……ハズい。いや恥ずかしい。

 

 

 

「それは、こづえさんが、その能力を使えることを知らなかったからよ」




 奈々子さんがそう言う。

 だけど、私には、ぴんと来ない。

 

 

 

「なるほどな。スマホなんかと同じだな。

 本人が使えることを知っているから、使える。

 だけど、使えることを知らなかったら、いつまでたっても使えない、ってことか?」

 

 

 

 公平くんが、そう解説してくれた。

 以前に私が自分の孤舟は使えるけど原理はさっぱりわからないと言った話を思い出す。

 

 

 

「そうね。公平の言う通りね」




 ……使えることを知っているから、使える。

 ……使えることを知らなければ、使えない。

 

 

 

 私は公平くんの言った言葉を頭の中で繰り返す。

 

 

 

「じゃ、じゃあ、私が今、明奈さんから情報を奪おうとすれば、奪えるってことですか?」




「ええ、そうよ」




 奈々子さんが、にっこりと笑顔を見せてくれた。

 

 

 

「で、でも。やっぱり明奈さんの目的がわからないと、これからどうしたらいいのか、わからないよ」




 私は公平くんに尋ねる。

 

 

 

「ああ。……これは俺の憶測だけど、お前になにかを協力させるつもりなんだろうな」




「協力?」




「ああ。なんらかの必要性があって、お前に接近したんだろう。

 そして、俺が邪魔なんだろうな」

 

 

 

 私は、おぼろげながら明奈さんの目的が見えてきた。

 でも、まだ、それがはっきりとした形になっていない。

 

 

 

「私、キスはもうやだよ」




「ああ、そうだな。

 もし脅されることがあるようなら杖をちらつかせればいいだろう」

 

 

 

 公平くんはそう言った。

 

 

 

 倉を出て、見上げると西の空は夕焼けになっていた。

 

 

 

「明日も晴れるだろうな」




 公平くんはそう呟いた。

 私もそう思ったので頷いていた。

 

 

 

 翌朝も、晴天だった。

 私は今日も早出を止めることにした。

 それは、ぎりぎりまで寝ていたい気持ちがあったからだ。

 

 

 

 おそらくたぶん明奈さんは、朝早くバスに乗る。

 だからその逆をついて、ゆっくり家を出ようと考えたのだ。

 

 

 

「もう早起きは、やめちゃったの?」




 私がリビングに行くと、お母さんが迎えてくれた。

 そしてお父さんはいない。すでに出勤しているようだ。

 

 

 

「うん。なんだか眠くて起きられなかったのよ」




 私はそう言って、用意されたトーストを食べ始めた。

 そして時計とにらめっこをしながら制服に着替え、そそくさとバス停へと向かったのである。

 

 

 

 通勤する社会人が乗る時間には遅いからか、バス停に並んでいるのは高校生ばかりだった。

 私はその列の最後尾に立っていた。

 そして到着するバス。

 

 

 

 ドアが開き、列の先頭から順番に車内へと進んでいく。

 私も列が動くにつれて少しずつ歩き出し間隔を詰める。

 

 

 

 そのときだった。

 

 

 

「おはよう。こづえさん」




 振り向くまでもない。明奈さんだった。

 虚を突かれた思いだったが、考えればこれは予想できる範囲だ。

 やっぱり明奈さんは、どうやら私の行動を監視していて、私の通学時間に会わせて自分も登校していたのだ。

 

 

 

「おはよう。明奈さん」




 私は努めて元気な声を出した。

 すると明奈さんには私の反応が意外だったようで少し驚いていた。

 

 

 

「あら、意外ね? 元気じゃない? 

 いつの間にか、すっかりリフレッシュできたのかしら?」

 

 

 

「ええ、お陰様でね。

 それより待ち伏せご苦労様。……いつから待っていたの?」

 

 

 

「ふふふ。……さあてね」




 私たちは他人から見れば仲がよい友人のような軽口を叩きながら会話した。

 だが実のところ、これは腹の探り合いだ

 

 

 

「このバスで本当に間に合うのかしら?」




 車内にようやく到達したとき、明奈さんが私に尋ねてきた。

 もちろん私たちは座席に座れることはなく互いにつり革につかまって並んで立っていた。

 

 

 

「うん。渋滞にもよるけど、だいたい十分前くらいには到着するよ」




「そうなの? なんだか間に合うかどうか心配ね」




「だったら先週みたいに早い時間に乗ればいいのよ。そうすれば心配することなく、登校できるから」




「……そうね。それも考えてみようかしら? 

 ……でもそうしたら、こづえさんとは違う時間になっちゃうでしょ?」

 

 

 

「……ねえ。

 これは提案なんだけど、どうせ教室でいっしょなんだから無理に私に合わせる必要はないんだよ」

 

 

 

「ふふふ。……でも、私、やっぱりこづえさんといっしょの方がいいわ」




「なら……、好きにして」




 私たちが、こんなやりとりをしてる間にバスは走り出していた。

 そしていつも通りの渋滞にはまったけれど、いつも通りに十分前には学校に到着した。

 

 


 そして私と明奈さんはいっしょに下駄箱で上履きに履き替えて、階段を登り教室へと到着したのであった。

 

 

 

「明奈さん、こづえ、おはよう」




 学級委員長の博美が挨拶してきた。

 

 

 

「うん、おはよう」




「おはよう。博美さん、今日もいい天気ね」




 私と明奈さんは元気よく返事する。

 するとおもしろい反応があった。

 

 

 

「あれ? なんだか明奈さんとこづえが仲いいんだけど……」




 絵里香が不思議そうな視線を私に送る。

 

 

 

「そうよ。私と明奈さんは同じマンションだし、仲が悪い訳ないじゃない」




「そうね。こづえさんとは最近毎朝バスがいっしょだしね」




 私と明奈さんはまるで調子を合わせたかのような返事をする。

 そしてそのままなにごともなく昼休みを迎えたのである。

 

 

 

 私は今日はお弁当も持参していたし、特に断る理由もないことから最近のクラスいちばんの仲良しグループになっている明奈チームといっしょに食事した。

 

 

 

 メンバーは学級委員長の博美、沙由理、聡美、絵里香と明奈さん、そして私である。

 これは明奈さんが転校して来るまでのメンバー構成で、最近は明奈さんが入った代わりに私が抜けただけである。

 私たちは授業の内容やクラスの噂話などで盛り上がっていたのであった。

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