第11話 異常接近 ~ 扇山 明奈 ~ 03
――泣いていた。
涙がポロポロと、いつまでもあふれていた。
女の子にとって、いや、他の女の子は知らないけど……少なくとも私にとってはファーストキスっていうのは、とても大事だ。
大切で一生の思い出になるものだ。私はそう常々思ってきた。
だけど、明奈さんはそんな私の唇を卑怯なやり方であっさりと奪ったのだ。
それが私には絶対に許せなかった。
奈々子さんが言っていたファーストキス。
それはその後に結婚したご主人と初めてしたと言っていた。
私にはそれがうらやましかったし、その後の結婚も当然だと思っていた。
それなのに……、それなのに……。私は悔しくて悔しくてたまらなかった。
やがてお母さんがパートから帰ってきた。
お母さんは私が帰宅していたので少し驚いていたけど、私の具合を見て、すぐに納得したようだった。
「……熱があるのね? 風邪薬を飲まなきゃダメよ」
「……う、うん」
そうは答えたけど、お母さんの顔をまともに見られなかった。
それはキスをされたから……。
なにも悪くないのに、悪いことをしてしまったような気持ちになっていたから。
とにかく私は疲れていた。
身体も心もクタクタだった。
でも、いつしかまどろみ始め、やがて深い眠りへと落ちていったのだ。
私はそのとき夢は見なかったと思う。
ただ寝苦しくて無意識になんどもなんども寝返りをうっていたような気がする。
やがてしばらくして私は起こされた。
それはスマホの着信音だった。
「……もしもし?」
私はベッドの中から手を伸ばしてスマホを握った。
『俺だ』
公平くんだった。
私は一気に目を覚ました。
「ど、どうしたの?」
『風邪引いて早退したって言うから、電話してみた。
……どうなんだ調子は?』
「……う、うん。ちょっとダメ。熱があるの」
『そうか。声が変だな。やっぱり風邪だな』
「……うん。風邪引いたのもあるんだけど、ちょっとショックなことがあったの……」
今から思い返したら、なぜ私はこんなことを言い始めたのかわからなかった。
これが絵里香だったら話はわかる。
絵里香と私は親友だったからだ。
だけど、その絵里香とは昨日からろくに口をきいてない。
それは明奈さんが私たちの仲に介入してきたからだ。
だからつい公平くんに言ってしまったのだと思う。
それに公平くんは冷静でカウンセラーみたいな雰囲気を持っている人だからなのかもしれない。
『ショックなこと?
……扇山となんかあったのか?』
公平くんはズバリと核心を突いてきた。
「……ど、どうして明奈さんが原因だとわかるの?」
『扇山が早退した。
別に体調は悪そうに見えなかったから、それが変だと思った』
――涙が出てきた。
それはやがて嗚咽になり、公平くんと会話ができないくらいになっていた。
だけど、公平くんはそんな私を無言で待っていてくれた。
やがて私は鼻をすすりながらようやくしゃべれるようになった。
「……あ、あのね。
あ、明奈さんに奪われちゃったの」
『奪われた? なにをだ?』
「……ファ、ファーストキス」
『……』
「マンションのエレベーターでいっしょになっちゃって、私、熱があってフラフラだったから、つい油断しちゃったの。
……そ、そしたらね……」
後は声にならなかった。
『……キスされたってことか』
「う、うん。
……私、どうしよう?」
考えてみれば、公平くんに相談しても仕方がないことだ。
だけど今、私の味方になってくれるのは公平くんしかいなかった。
だから、ついしゃべってしまった。
『……わかった。今はとにかく養生しろ。
そしてお前が直ったら今後のことを考えよう』
そう言って公平くんの電話は切れた。
――少しだけ気持ちが落ち着いた。
そして翌朝、風邪薬が効いたみたいで熱は収まったのだけど、心の方には効かなかったようで、私は今日は学校を休むことにした。
半分以上、仮病だとはわかっていたけど朝も明奈さんといっしょに登校することを考えると、どうしてもベッドから起きられなかったのである。
「……まだ具合は良くならないの?」
お母さんが私の部屋まで来て、そう尋ねた。
「……う、うん」
私は毛布を頭からかぶって一言だけ返事をした。
私の中で葛藤があった。
それは明奈さんが怖くて仕方ない気持ちと、明奈さんが残した『私もあなたと同じ宇宙人なのよ』と宣言した言葉の真相を確かめたい気持ちだった。
でも臆病者の私は前者を選んで学校を休んでしまった。
そのことの後悔で私はベッドの中で悶々とした気分で過ごす羽目になってしまった。
だけど時間が経つにつれて真相を確かめたい気持ちが強くなってきた私は、だんだん後者の方が強くなってきた。
「今からでも登校しようかな……?」
ついに私はベッドから起き上がった。
……うん、大丈夫。私は明奈さんから逃げない。
私は私にそう言い聞かせた。
真実を知るには明奈さんから直接問いただすしかないからだ。
私は制服に着替えて、寝癖頭を治して、通学バッグを手にした。
そして玄関で靴を履こうとしたときだった。
スマホにSNSが着信したのである。
差出人は公平くんだった。
『お前が宇宙人って、どうして扇山は知ってるんだ?』
「ええっ……!」
――驚いた。
『どういう意味?』
私は手早く返信した。
すると一分もかからないうちにすばやく返事が来た。
『扇山が俺に尋ねてきた』
私はスマホを持ったまま立ちすくんでいた。
なにがどういう経緯でこうなったのか、まったく想像がつかなかったからだ。
そしてしばらくしたときだった。
今度は電話がかかってきたのである。
『まだ調子が悪いのか?』
「うん。でも今から学校に行こうとしたとこ」
『そうか。わかった。
じゃあ後で。学校で待ってる』
「うん。……でも、どうして電話できるの?
今、授業中でしょ?」
私は疑問を口にした。
すると公平くんが説明してくれる。
今は体育の授業で、男子は三キロのミニマラソンで学校の外を走っている最中だと言うのだ。
だから公平くんはわざとゆっくり走って周りに誰もいない状態になったことから、こっそり隠し持っていたスマホでSNSや電話をしてきたのだと言うのだった。
「と、とにかく今からバスに乗って学校に行くから。
お昼休みにでも会ってくれる?」
『わかった』
公平くんがそう答えると電話が切れた。
私はお母さんに今から登校するとメールを入れて家を後にした。
昼間の時間はバスの本数が少ないので結局、私は二十分近くバス停で時間をロスした。
だけどなんとか午前中には高校へ到着することができたのである。
「失礼します」
私は教室の扉をそろそろと開けた。
今は現代国語の授業中で、国語の
鈴木先生は定年間近の男性教諭で、文芸部の顧問もしている温厚な先生だった。
朗読中の小説は夏目漱石の『こころ』のようだ。
教室内に先生の朗々とした声が響き渡っている。
「あら? もう大丈夫なのかしら?」
私が席に着くと後ろから明奈さんが問いかけてきた。
「うん。熱は下がったから……」
私は努めて自然に振る舞った。
「そう。それはなによりだわ。
こづえさんがいないとなんだか寂しくて」
……しらじらしい。そう思った。
私から卑怯な戦法で唇を奪って置いて、どんな口でそんな言葉を吐けるものかと思ったのだ。
だけど私はその点には触れない。
今は授業中だし、公平くんと善後策を練ってから対応したいと思ったからだ。
私はそれから国語の教科書を広げて授業に参加した。
だけど十五分もしないうちに終了のチャイムが鳴った。
昼休みの始まり。
お弁当を手にして絵里香がやって来た。
そして自然に博美や沙由理や聡美、そして明奈さんも集まってくる。
「あれ? どこに行くの?」
学級委員長の博美が私に尋ねてきた。
私がその群れに入らずに、立ち上がって教室を去ろうとしていたからだ。
「うん。今日はお弁当がないのよ。
急に登校することにしたから。だからパンでも買って食べようと思ってるの」
私はそう答えた。
今朝は学校を休むつもりだったので、お母さんにお弁当を作ってもらえなかったからだ。
「じゃあ、こづえさんが来るまで、みんなで待っていようかしら?
ねえ、そうしましょうよ」
明奈さんがそう絵里香たちに提案した。
するとみんな同意した。すでにこのグループのリーダー権は博美から明奈さんに委譲されているらしい。
「えー。いいよ。
購買部で並んで買うんだから遅くなるし。みんなは先に食べてて」
私はそう言い残して教室を後にした。
そして校舎の一階まで降りて購買部へと向かったのである。
購買部は昼休みだけあって、やっぱり混んでいた。
私は列に並んでしばらく待つことになる。
するとSNSの着信があった。
公平くんからだった。
『屋上で待ってる』
私はそれを見て了解の返信をした。
やがて順番が来た私は、焼きそばパンとサンドイッチと牛乳を買って屋上へと向かうのであった。
「いったいなにが起こってるの?」
屋上に到着した私はフェンス沿いに座っていた公平くんにそう話しかけた。
周りには誰の姿もなくて、ここにいるのは私と公平くんだけだった。
公平くんはすでにお弁当を広げていた。
私もパンの包装を破る。
「それは俺が言いたい台詞だ。
今朝、登校したら扇山が俺に尋ねてきた。お前が宇宙人って知ってるか? って」
「みんながいる前で訊いてきたの?」
「いや、下駄箱の前だ。
周りには俺と扇山しかいなかった。もちろん俺は知らないと答えた」
「……そうなの」
私は少し安心した。
相手は明奈さんなのだ。なにをしでかすか想像できない。
「で、お前自身はどうなんだ?
扇山明奈に、自分が宇宙人だと教えたのか?」
「ううん。私、そんなこと一言もしゃべってない」
公平くんは腕組みして、しばらく考え込んでいた。
だがやがてゆっくりと口を開いた。
「扇山はどうしてそのことを知ったんだ?」
公平くんは、そう尋ねてきた。
「わ、わからないの」
「わからない?」
「うん」
すると公平くんは少し驚いた顔になった。
私は全然その理由はわからなかったのだけど、公平くんが次に口にした言葉でその意味がわかった。
「……まさか、扇山も宇宙人ってことはないよな?」
「えっ? 明奈さんは宇宙人だよ。
だって自分で言ってたもん」
「な、なんだってっ!」
公平くんはびっくりしていた。
そして驚く公平くんを見ている私もびっくりしてしまった。
「扇山が自分でそう言ったのか?」
「うん。自分も宇宙人だって言ってた」
「それでお前はどう返事したんだ?」
「私? 私はなにも返事してない」
「そうか。
……しかし、これは由々しき問題だな。
扇山はなにかの目的でお前に、……いや、クラスの女子たちに接近したってことになるな」
「えっ? ど、どういうことなのっ?」
――尋ねた。
すると公平くんは眉間にしわを寄せて深く考え込んでいた。
だけどしばらく待っていると、ゆっくりと話し始めてくれた。
「やつはなぜクラスにいち早く溶け込もうとしたのか、そして久米絵里香やほかの女子たちと仲良くなろうとしたのか、……それは宇宙人を捜していたため。
もしくはその情報を得ようとしていたためだ。……そして、お前が宇宙人だと、ついに突き止めた」
「明奈さんは私を捜していたってこと?」
「ああ。
……もしかしたら扇山が転校して来た理由は、お前という宇宙人に接近するための手段だったのかもしれない。
ふつう、そこまでするか?
とツッコミたくはなるんだが扇山が宇宙人だと言うことを考慮すると、同胞を捜すためと言う理由だけでも転校することへの十分な動機になるかもしれない」
「ええっ! そうなのっ!?」
まさか、それだけのために……?
私の驚きようを見たためか、公平くんは苦笑いとなる。
「いや、忘れてくれ。
……ここまで言うとさすがに話が飛躍しすぎだな。
……とにかくだ、ま、そう考えれば特定の女子たちを個別に呼び出して接近していた意味もわかる。
扇山はとにかく情報を集めていたんだ。
それは誰が宇宙人であるのかを捜していた可能性もあるが……。
いや、違うな。たぶん扇山は最初からお前が宇宙人だと知っていて、それをクラスの連中がどこまでそのことを知っているのか調査していた可能性もある。
だからお前とよく話をする俺にまで接近して質問してきたんだ」
「……え、えっ?」
――驚いた。
今までの明奈さんの行動が、すべて私を中心とした半径で動いていたことがわかったからだ。
私と交友関係にある人物、もしくは接点がある人物だけをピンポイントに調査していた意味も、それなら理解できる。
「とにかく扇山の目的がお前に対して友好的なのか、敵対するためなのかわかるまで気をつけた方がいい。
やつは必ずお前に接近をし続ける」
「え、えっ……。
じゃ、じゃあ、わ、私はどうすればいいの?」
「ひとつだけはっきりしていることがある」
「はっきりしてること?
なにそれ?」
「ああ。
それはお前が自分自身から扇山に自分が宇宙人であるってことを宣言していないことだ。
だからやつはお前が未だに宇宙人であることを断定できていないんじゃないのかな?
……候補にはなってはいるが、確実にお前が同胞であることを知ってないんだと思う。
……確証はないがな」
「そ、そうなの?」
「ああ。だからなにを質問されても答えないことだな。
そうしているうちに扇山の目的が見えてくるはずだ」
「う、うん。でも大丈夫。
私は自分が宇宙人であることは知ってるけど、それ以上のことは知らないから」
「かえってそれが幸いだな。
お前は嘘をつくことが苦手そうだからな」
「そ、それってどういう意味?」
「すぐ顔に出るってことだ。喜怒哀楽がすぐわかる」
「むー」
私は少しむくれた。
からかわれたと思ったからだ。
「とにかく、このことは俺以外に話をするな。
東京太郎の件とは違うんだから両親にも言わないことだな」
「うん。わかった」
そろそろ昼休みが終わりそうだった。
私は食事を終えたので立ち上がった。むろん公平くんも食べ終わっている。
そのときだった。
私は決意した。それは揺るぎないもので私の中では激しい感情となってあふれていた。
――それは怒り。
「……でも私、やっぱり明奈さんを許せない」
私は思わず公平くんに話しかけていた。
公平くんはすでに歩き始めていたのだが足を止めて振り返った。
「キスのことか?」
「うん。……悔しくて私、泣いちゃったよ」
私はその悔しさを思い出してしまい、また涙ぐんでしまった。
「……ファ、ファーストキスだったんだよ。なのに、……なのに」
「……まあ、なんだ。
……よくわからないんだが、相手が女なんだからセーフじゃないのか?」
「セ、セーフ?」
「ああ」
公平くんはそう言って笑顔を見せた。
私はなんだか救われた気がしてきた。
「そ、そうだよね? 男の人としたんじゃないからセーフだよね?」
「ああ」
やがて昼休み終了のチャイムが鳴った。
私と公平くんは教室へと戻ることにした。
そして放課後のことだった。
私は帰宅しようとしていた。教科書やノート、タブレット端末などをバッグに入れて立ち上がったときである。
「ねえ、こづえ。ちょっといい?」
絵里香だった。
私は今日一度も絵里香と口をきいてない。絵里香は明奈さんにべったりだったからだ。
「え? 別にいいけど」
急いで帰らなくちゃならない理由はない。
だから私はそう返事した。
すると絵里香は手招きをする。
「どこ行くの?」
私は尋ねながら後をついて行った。
すると到着したのは三階へと登る階段の途中の踊り場だった。
そこは三日前に絵里香が明奈さんとキスしていた場所だった。
「……っ!」
そこには明奈さんの姿があった。
そしてそれだけじゃなくて、学級委員長の博美や沙由理、聡美もいた。
「……ど、どうしたの?」
私はなんだか嫌な予感がした。
口の中がカラカラに乾いていて、声が震えているのが自分でもわかる。
「ちょっと、こづえさんに、お話があるのよ」
笑顔の明奈さんがそう呟いた。
気がつくと私は絵里香や博美たちに囲まれていた。
そこには私を逃がさないという無言の圧力が感じられ、私はバッグを床に落としてしまった。
「最近、こづえ、変じゃない?
なんだか私たちと避けているみたいな感じがするよ」
絵里香がそう言う。
私は冷や汗が出てきた。
怖くて逃げ出したい気分に襲われる。
「そ、そうかな……?」
私が答えると私の後ろから博美が言葉を吐く。
「うん。絶対に避けてる。って言うか、嫌ってる」
「ええっ! ……ち、違う」
「うん。嫌ってる。そして逃げてる」
右横から沙由理がにらみつける。
「……そ、そんな」
「私たちが、そんなに嫌い?
明奈さんがこんなに良くしてくれているのにさ」
聡美が左横からそう指摘する。
「……」
「ねえ、こづえ。あなたも仲間でしょ?」
絵里香がゆっくりと話しかける。
「……な、仲間?」
「そう。仲間なのよ。明奈さんと唇を交わした仲じゃない。
――私たちはみんな仲間。親友なのよ」
「……」
私は、ゾゾゾと怖気がした。
やっぱり明奈さんは絵里香だけじゃなくて、博美、沙由理、聡美たちとキスをしていたのだ。
「わ、私は別に避けてなんかない。
……それに今もこうしてここに来てるじゃないのよ」
私は言い訳をした。
なんとかここから逃れたかったからだ。
「いいえ。こづえは絶対に嘘をついてる。男といっしょになにか企んでるっ!」
絵里香が、噛みつくかのようにそう叫ぶ。
――ギョッとする。
男と言うと公平くんのことだろう。
絵里香たちは、私と公平くんの間柄もすでに知っている。
「や、やめて。やめてよーっ!」
私は頭を抱える。
そして叫ぶ。
「……どうして、私から逃げるの?
キスもしたし、同じ宇宙人だし、仲良くしましょうよ」
最後に明奈さんがそう告げた。
「……う、宇宙人?」
私はつぶやいてしまった。
「そう」
「そう」
「そう」
「こづえだけが、明奈さんと同じなんてずるい。……うらやましい」
絵里香が心底うらめしそうに私を見る。
「……そ、そんな」
そんなことまで絵里香たちは知っているのだ。
やっぱり明奈さんが教えたのだろうか?
「い、嫌だよ。
……ど、どうして私がこんな目に遭うの?
そ、それに宇宙人って、なにっ? ……な、なんのことか全然わかんないっ!」
私はしゃがみ込んでしまった。すると頭上から声が降り注ぐ。
「嘘」
「嘘」
「嘘」
「嘘つき」
「こづえさん。もうみんな知ってるの。
私とあなたが宇宙人だってこと。だから隠してもムダなのよ」
「わ、私が宇宙人。……で、でも証拠なんてないよ」
私は気がついたら白状したも同然になっていた。
公平くんから知らぬ存ぜぬで通せと言われていたのに……。
でもこうでも言わなきゃ明奈さんの目的がわからない。
「証拠はこづえさん自身。
……こづえさんが岩村公平くんと、つるんでいることも私は知ってるわ。
だって私とキスしたじゃない?」
「……キ、キス? キスがなんだって言うのよっ!」
「そんなことも気がつかないのかしら?
あなたも『カッコウの星』の人でしょ? だとしたら、私たちがどういう能力を持っているかくらい、わかりそうなものでしょ?」
「……な、なんのこと?」
私は思わず明奈さんに尋ねていた。
そんなことは初耳だからだ。
「私たちの能力を知らないの? 本当かしら?
……そうなの? だと言うことは、まだしっかりと覚醒していないってことね」
「覚醒? なんのこと?」
「あのね。私とこづえさんには他人には……地球人にはない能力があるのよ。
それはキス。
……キスすることで相手の情報を引き出せるの。
相手がなにを考えているのか? そしてなにを心の中で隠しているか?
……ううん。それだけじゃないわ。相手によっては自由に従わせることもできる。
……特に下等な地球人なんて簡単ね」
「考えが読める? 従わせる?」
「……考えてみれば、そうよね?
こづえさんは私とキスしたのに私の意図が読めなかったんだから、まだ能力が備わってないのね。
……でもあなたは間違いなく地球人じゃない。
この私にさえ、簡単に情報を引き出せないように無意識に心をガードしてたわ。
だからまだ私にはあなたについて、わからないことがある。
ふふ。……こづえさん、あなた、やっぱりかわいいわ」
そう言った明奈さんは私の髪の毛をつかんだ。
そして無理矢理に私の顔を上に向けさせる。
「い、いやっ!」
――抵抗。
あらん限りの力を振り絞って明奈さんから逃れようとする。
だけど絵里香や博美たちが私の身体を押さえつけるので、私はなすすべがなかった。
「……んんっ」
私は再び明奈さんに唇を奪われてしまった。
それも長いキスで私は息が詰まってくる。
「……ふぅ」
やがて明奈さんが満足そうに顔を話した。
「や、やめてよ。……もう、こんなのやだよっ……」
泣き出してしまった。
怖かったし、とっても嫌だった。
……これはレイプだ。私は明奈さんを憎悪した。ものすごく憎らしかった。
「くっ……」
私は制服の袖で自分の唇を拭う。
だけど感触は唇に残ったままだった。
「……こづえさん。あなた、なにもわかってない。
杖もほとんど使ってないし、孤舟に至っては飛行させた経験もないのね。
……まるで、あなた、ただの地球人よ」
明奈さんは私をあざけるように見下した。
「……わ、私は地球人として生きてるの。それが悪いの?」
私は、キッとした顔で明奈さんを見上げていた。
それは私に本心だった。嘘偽りない気持ちだ。
「私は軽蔑する。
持って生まれた才能を生かさない生き方なんて、ほめられる行為じゃないわ」
「そ、そんなの私の勝手じゃないっ! 明奈さんには関係ないっ!」
「馬鹿な人……」
明奈さんは、そう言った。
そして私にさらに何かを言いかけた。
だけど急に黙ると、驚いたことに私の手を取って立ち上がらせたのだ。
気がつくと階上から誰かが降りてきた。
見ると三年生の生徒たちで、バッグを持って帰宅する姿が見えた。
おそらく、たぶん、明奈さんは人目につくのを恐れたようだ。
「もう、私たちは帰るわ。
こづえさんも自由にしてあげる」
そしてそれは正解だったようで、明奈さんが、私に背を見せて、さっと右手を挙げると、絵里香や博美たちも明奈さんに着いていく。
「……ふう」
私はひとり残された。
私の横を三年生たちが少し怪訝そうに見ながら階段を降りて行く。
――助かった。
いや違う。助かったのじゃなくて解放されただけだ。……それはわかっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます