【KAC20243】パンドラの箱

星羽昴

全てを与えられし者

 わたしの名は、全てを与えられし者パンドラ


 ヘパイストスにより泥から肉体と命を造られた。アテナから織機と家事の能力を与えられ、アプロディーテからは男を魅了する美貌を与えられ、ヘルメスからは恥知らずで狡猾な心を与えられた。

 そして、最後にゼウスから決して開けてはならないピトスが与えられた。



 人間を管理する役目を受けたのはプロメテウスとエピメテウスの兄弟神。

 ゼウスは人間が火を使うことを禁じた。けれど、闇に脅え、寒さに凍える人間を憐れんだプロメテウスは、人間に火を与えてしまった。

 プロメテウスは、ゼウスの怒りをかいカウカソス山の山頂にはりつけにされた。昼は、内蔵を巨大な鷲アイトーンについばまれて、夜は不死の肉体が内臓を再生させる。そしてまた内臓をついばまれるのだ・・・3万年の間。

 残ったエピメテウスは、ひとりで愚直に人間を管理する仕事を続けていた。


 わたしの役目は、エピメテウスを誘惑すること。そのための家事の能力であり、そのための美貌。

 ゼウスに渡されたピトスの中身は知らない。けれど、何をするためのものかはわかる。ヘルメスに与えられた狡猾さが、ゼウスの思惑を知らせてくれる。

 ゼウスは、火を手に入れた人間を地上アルカディアから消し去りたいのだ。そのための仕掛けを、このピトスの中にしているはず。


「決して開けてはならない」


 そう言っておけば、好奇心にかられてピトスを開けるとでも?


「馬鹿馬鹿しい」


 結末のわかっている仕掛けは面白くない。



 エピメテウスと喧嘩をした。愚直すぎて、退屈で面白みがない。


「ゼウスから渡された箱を開けてやろう」


 愚直なエピメテウスはどんな顔をするだろう?カウカソス山に磔にされてるプロメテウスは、どんな気持ちになるだろう?あの兄弟神の苦労が水泡に帰すのだ。

 ヘルメスに与えられた狡猾な心が期待が震えた。


 悲しみ、裏切り、不安、恨み、争い、嫉妬、後悔、病、死、貧困・・・


 ゼウスから渡されたピトスには、様々な災厄が確かに入っていた。しかし・・・


「馬鹿馬鹿しい」


 ヘルメスから与えられた恥知らずで狡猾な心が失望に沈んだ。ピトスの中身を外に出さないままをそっと閉じた。


 こんなもの・・・わたしの中に全て存在している。わたしとエピメテウスの間に生まれる子供とその子孫たちは、皆が背負ってゆくもの。

 こんな災厄で人間を地上アルカディアから消し去るなんて出来るはずがない。


「気が変わった」


 プロメテウスとエピメテウスの絶望より、ゼウスの失望の方が面白そう。ヘルメスから与えられた恥知らずで狡猾な心が、思惑が外れて悔しがるゼウスを期待してる。


 わたしの名は、全てを与えられし者パンドラ

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