Folge 8 作戦

 二人の前を、冷たい風が素知らぬ顔をしながら吹き抜けてゆく。急に精巧な人形みたく動かなくなったティルを横目にしつつ、ロレンツはやれやれと嘆息をついた。長いまつげに覆われ、二重まぶたの中へと収まったウルトラマリンブルーの瞳が、下から噛みつかんとするばかりに睨み付けてくる。まるで、手負いの獣のようだ。


 そこで美青年は何故か、背筋に何かが這いずり回るような、妙な感覚を覚えた。彼に未成年者をいたぶるようなアブナイ趣味はない。しかし、どうやらこの美少年は、嗜虐心を煽り立てるような雰囲気を、生まれながらに持っているようだ。ロレンツは、胸の内に沸き起こった謎の快感を振り切るように、眉間に大きなしわを寄せた。

 

「……ふん。どシロウトか。良く言えたものだな。これまでスリや強盗とかやってきた人間が、全くのどシロウト・・・・・とは思えんが……」

「……」

「まぁいい。お前に手伝ってもらうこと自体に変わりはない。早速だが、これに着替えてきてくれ」


 ロレンツは思い出したかのように、持っていた一つの紙袋をティルに手渡した。見たところかさ・・はあるが、思ったほど重みはない。変装用の服だの靴だの入っているようだが、一体どういうものだろうか。それを目にした美少年は、大きな皿のようにますます目を広げた。


「え!? 何だこれ?」

「中身は知らん。着替え・・・だそうだ。ここに向かう前に渡されたのを、そのまま渡しているだけだ」

「いちいち着替えないといけないのかよ……面倒くせぇな!」


 口をタコのようにすぼませて文句を言い始めた美少年に向かって、金髪の美青年はたしなめるように言った。


「お前はここマルフェアナの出身者なんだろう? ばれないよう、今のうちに変装した方が良い」

「……分かったよ」

「時間がないから十分で着替えろ。分かったな」

「……」


 美少年はロレンツから手渡された紙袋を渋々受け取った。開いてその中身を見た瞬間、ウルトラマリンブルーの瞳の少年は一気に石化した。

 

「……なあ、おっさん……これ……冗談だろ……!?」

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 数分後、支度を終えた少年が奥の部屋から出てきた。どこからどう見ても、赤いワンピースに身を包まれた可憐な少女だった。真っ赤なリボンが蝶々のように、カツラの頭頂部に止まっている。


「……おっさん。これで気が済んだか? あんたの言う通りにしてやったけど?」


 彼女・・は口元が明らかに引きつっており、どこか、いら立ちを無理して抑え込んでいるような声だった。


 普段着慣れていない服だからか、動きがどこかぎこちない。それも無理のないはなしだった。まさか、いくらなんでも女装させられるとは、誰も思わないだろう。


(……ファオは一体何を考えているんだ!?)


 この様子だと、少年に何か誤解されそうである。嫌な予感しかない。早目に撤回しておくべきだとロレンツは口火を切った。


「文句があるならボスに言え。言っておくが、その衣装は俺が準備したものではないからな」

「ちぇっ……オレ、てっきりおっさんの趣味かと思った」

「莫迦言え。生憎だがそんな趣味は持ち合わせておらん!」


 クッキーベージュ色のゆるふわロングヘアーが、華奢な背中にこぼれ落ちており、彼の気高い色の瞳に大変良くあっている。それは、赤いビロードのワンピースにも良く映えていて、違和感なさ過ぎるのが却って驚きだった。そういうものを愛でる趣味はない人間の目で見ても、思わず時間が止まってしまう位だ。

 

 彼はマルフェアナ出身者にしては、やけに気品のある顔立ちだった。掃き溜めに鶴とは、きっとこういうことを言うのだろう……そう思いたくなる位、今の服装はティルに大変良く似合っていた──本人は大変不服に違いないだろうけれども。


 (しかし、思ったほど違和感がないな)


 そのまま黙って大人しくしていれば、ツンツンとした美少女で通せるのに。この少年ときたら、くすんだ色をしたソファの上へと、白のソックスに黒い靴を履いた足を乗せるようにして、両膝を立てているものだから、スカートの中身が丸見えだ。真っ白なドロワーズから伸びた透き通るような足が膝上までむき出しになっていて、目のやり場に大変困る。


「……ティル。その格好でそれはないだろう。しおらしく足を閉じろ。はしたないだろう……」

「……けっ。オレはやらされてるだけだけどな!」

「気絶させて施設に放り込んでもいいのだが?」

「……ちっ!」


 せっかく恵まれた美貌を持っていても、口を開けばこれだ。微妙に勿体ない気はするが、仕方がない。勿論、ロレンツにはそういうものを愛でる趣味は全くない。


 (このガキ、オツムは悪くなさそうだが……一か八か、かけてみようか)


 ロレンツがこれから先、作戦をどう進めていくか、頭の中で考えをまとめていると、眼の前に立っている少女のなりをしている美少年は、カツラの毛先を指に巻き付けつつ、何か言いたげな顔をしていた。


 何も喋らなければ、何もしなければ、一輪の薔薇の花のように、愛らしく美しい娘で通せるのに……すこぶる残念である。


 青年はティルの耳の傍で、そっと耳打ちするように何かを口走った。それを聴いた美少年は、一瞬瞳を際限のない大海のように大きく広げた後、その艷やかな赤い唇にどこか蠱惑的で不敵な笑みを浮かべた。


「おっさん、オレにこんな格好までさせたんだから、 絶対に犯人を見つけ出せよ」


 その様子は、まるで見るもの全ての視線を釘付けにするような、傾国の美女そのものだった。


 ◇◆◇◆◇◆

 ティルのイメージイラスト(ファッション)はこちらになります


https://kakuyomu.jp/users/hayato_sm/news/16818093086499611508

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シュヴァルツ・インパルス 蒼河颯人 @hayato_sm

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