偉大なる漫画家へ、ただの一ファンとして

素通り寺(ストーリーテラー)旧三流F職人

鳥山明先生に届けたい、感謝の気持ち。

 幼少の頃、私はとある漫画に強烈に惹かれました。


『Dr.スランプ』


 そのキャラクターに、世界観に、お笑いに、お色気に、完全にのめり込んでしまいました。

 田舎の島と言う舞台にあって、アンドロイドの少女とそれを制作した発明家博士というSF要素を詰め込んだその世界観は、田舎者の私にとってまさに『身近な非日常』という不可思議で魅力的な世界へといざなわれたのです。

 

 そしてその世界の持つ空気が、他には全く類を見ないものだったのも素晴らしかったのです。

 喫茶店がコーヒーポットの形をしていたり、山がまるで香川県の『讃岐富士』みたいにポンポンと配置されていたり、車やバイクのメカがまるでチョロQのようにデフォルメされていて、しかも機械的なカッコよさを少しも損なっていないなど、明らかに他にはない『鳥山明ワールド』を、漫画の中に生み出していました。


 そしてキャラクターがまた素晴らしいんです。天真爛漫で走る時には飛行機の音「キーン」を叫びながら両手を翼よろしく広げるアラレちゃん。天使の姿でありながら何でも食いまくるガッちゃん、そしてスケベながら誠実で苦労人の天才、でもそこいらにいそうなオッサン顔の千兵衛さん。

 美人教師のみどりさん、ちょいヤンキー入ってるタロウやアカネ(姉が「あおい」という姉妹の名前も多分初めて)、お子様ながら個性の主張が強いピー助やワル幼女のきのこ。

 うめぼしたべてスッパマン、頭がケツのニコチャン大王、ライバルのマシリトが生み出したキャラメルマンシリーズ……もう絶対に誰とも間違わないそのキャラクターの印象付けが余りにも見事でした。


 余談ですが、後半に登場したチャイナお団子超能力娘の摘鶴燐つんつるりんちゃんは、まだそんな言葉が無いこの時代で『萌え』というものを教えてくれた最初のキャラでした(恥)。チャイナお団子娘に体操服ブルマは反則ですって。


 漫画なんてだと思っていた当時の私に、『独自の世界観』を作り上げるという物語を見せてくれたこの作品と、それを描き上げる鳥山明氏という大作家様は、幼少期の私の人格構成にすら大きな影響を与えてくれました。



 そして次なる名作『ドラゴンボール』へと続いていきます。


 少年なら誰もが大好きなカンフー活劇。しかも何でも願いが叶うドラゴンボールというアイテムを巡る攻防戦、そして世界中を巡るロードストーリー。

 、という物語がここまでワクワクを掻き立てられるのかという思いに引っ張られ、もちろん私もどっぷりとこの世界にハマっていきました。


 そしてその多角的で迫力のあるアクションシーンのカメラワークや、キャラクターの力感を感じる技のポーズは、誰もが真似したくなるようなカッコよさを見せてくれました。


 もちろんキャラクターもすごく個性的で、誰にもまねできない鳥山ワールドはまさにここでも健在、いや、さらなる無限の広がりを見せて行くのです。


 まったく、どこまでも天才なのでしょうか。鳥山明氏というお方は。


 ですが、それは間違った評価なのかもしれません。


 当時少年ジャンプは『努力・友情・勝利』というキャッチフレーズを掲げていました。そしてそれは主人公の孫悟空にこそ相応しい言葉でもあったのです。


 先天的に戦いのセンスを持っている悟空でしたが、それでも努力を怠った事は全くありませんでした。クリリンと共に亀の甲羅を背負って修行に励み、世界中を筋斗雲無しで駆け回って体を鍛え、たっぷり食べてたっぷり寝る。そしてまた鍛える、まさに努力の人でした。


 こんな努力の物語を描ける御方を『天才』などと陳腐に表現すること自体、失礼な気がするのです。


 後のナメック星での戦いの際、ライバルであるベジータは強敵フリーザに対し、サイヤ人の特性である『死にかけてから復活するとパワーアップする』という、今で言うチート的な物に頼って、結局歯が立ちませんでした。

 対して悟空は、ナメック星に来るまでの間ずっと超重力下でトレーニングを重ね(サイヤ人の特性は無意識で使っていたにせよ)、ついにはフリーザを上回る力を身につけたのです。


 その決定打となったのが親友クリリンの死でした。一番の友人を殺される事で彼は怒りと悲しみを爆発させ、ついに伝説のスーパーサイヤ人となり勝利を収めるに至ります。


 まさに『努力・友情・勝利』の縮図のような素晴らしいシリーズでありました。



 ですがそれも昔の話。もうええオッサンになった私は久しくこの『鳥山ワールド』からは離れておりました。

 幼い頃にハマった物は、年を取るとどうしてもそれを『幼稚な物』と取ってしまうみたいで、他のアニメや漫画は一応見るけど、鳥山作品にはやや疎遠になっていました。


 いわゆるオタク系ヤングアダルトである私は、妄想の物語と言うのをよく頭に思い描いておりました。従来からあるアニメや漫画の先の話を妄想したり、自分で物語をいろいろ作り上げたりしては。脳内だけで楽しんでおりましたが、やがて小説投稿サイトでそれを形にしてみたいと思い、投稿を始めました。


 しかしそこは、私の好きな物語の世界とは大きくかけ離れた物がもてはやされる世界でした。


 主人公はなんの努力もせずに無条件で神様や女神さまからチート能力を授かり、若く美しいイケメンや令嬢に生まれ変わって、何にもせずに美女や美男子が群がって好き好きしております。

 先の展開を知ったうえで好き勝手に世界を動かし、神から授かった反則能力で悪人認定した弱者を涼しい顔で消し飛ばします。


 何より主人公が世界に、つまり書き手である作者に甘やかされ、何をやっても周囲の全員が肯定称賛し、誰も主人公を咎める事すらありません。

 若者の暴走ともいえる犯罪復讐行為に、分別のあるはずの大人が平気で後押しをして、悪役として舞台装置に立たされた者に残忍な仕打ちをして、よかったよかったと笑顔で物語を〆る。


 なんですか、これ。


 本気で胸糞悪いです。


「される立場」に自分が立たされることを、作者も読者も想像出来ないのでしょうか。


 そんな創作の世界にガッカリしておりました時、思わぬ方からメッセージが届きました。

 そう、鳥山明先生です。

 と言っても、私みたいな一介のオッサンにあの大先生が何か言ったわけではありません。


 当時上映されていた映画『SAND LAND』の冒頭12分映像の公開と共に、鳥山先生からこんなメッセージが発信されたのです。

「まだ御覧になられていない方、『見る気はないけど』などと思ってる方も、そんな事言わずに見てみてください」


 うん。あの大先生がそこまで言うんだから、久々に見てみてもいいかなと思い、映画館に足を運びました。


 そして私は、鳥山ワールドと再会しました。


 変わらず鮮やかな世界観、機能美に溢れたメカの数々、緊張感のある戦闘シーン、そしてラオやベルゼブブなど、媚びに走らない魅力的なキャラクター達。


 ああ、私の幼い頃の青春の世界が、確かにそこにありました。


 そして物語の終盤、私はこの作品の神髄に心を撃ち抜かれます。


 ※以下、映画『SAND LAND』のネタバレ注意




 自分に大量殺戮をさせた張本人、ゼウ大将軍を追い詰めた主人公ラオは、その怒りと憎しみを全て込めて、倒れたゼウに至近距離から拳銃を向けます。


 そして銃声が轟きました。


 銃弾はゼウのすぐ脇に着弾しました。外れたんじゃありません、


 ラオはゼウの部下たちに向かってこう発します。

「もう自力では動けまい、補助してやってくれ」


 それはゼウに対して反省と償いの機会を与える意志であり、自らの復讐心を捨てる為のけじめでもありました。


 同時に、そのゼウに仕える部下たちのおもんばかっての行動でもあるのです。戦いの最中から兵士たちはゼウの非道を感じ、ラオに対しての同情心や義侠心を芽生えさせていたに違いありません。

 なのでそんなラオの気遣いを理解した兵士たちは、「はっ!!」と一糸乱れぬ敬礼を見せました。


 それぞれ立場がある男と男達が、見事に心を通わせる名シーンであったのです。


 そして、そのシーンは私にとって、まさに鳥山明氏からの明確なメッセージになりました。


 先述の通り、私は今のラノベのテンプレ、特に『ざまぁ』と呼ばれる物語が嫌いです。

 人の心を理解せず、己に我慢や辛抱を課さず、ただただ爽快感だけを追い求めて主人公を甘やかし、他人を


 そんなお話が持てはやされるのを見て、「私はもう古いのか、間違っているのか、物語を書くなんて場違いなんだろうか」などと失望を禁じ得ませんでした。


 しかし、「SAND LAND」が、ラオが、そして鳥山先生が、こう教えてくれたのです。



 ――君は、それでいいんだよ――



 今でも私は執筆活動を続けています。当然ながら人気なんて出ないし、書籍化なんざ夢のまた夢です。


 でも、もう迷いはありません。


 あの鳥山明先生が、幼い頃から自分に植え付けてくれた『物語の形』。それは確かにひとつの正解として、私の中にしっかりと根付いてくれていたのですから。




 2024年3月1日。鳥山明先生が永眠されました。


 私のこの独りよがりなエッセイを、偉大なる鳥山明先生に捧げたいと心から思います。

 素晴らしい作品を見せて頂き、私の中にしっかりとした正義感や物語の在り方を教えて頂いた先生に、心から感謝したく思います。


 本当に、ありがとうございました。

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