異世界から召喚されたのは箱でした
綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中
魔法少女マジカル・ジュキちゃん爆誕
魔法陣の上には箱が乗っていた。
箱は薄茶色の厚紙製で、表面には見たことのない文字が書かれている。
「師匠、これ何なんだ?」
俺は
「いやぁ」
長身の師匠はいつものおだやかな笑みを浮かべたまま、少し気まずそうに頭をかいた。
「最近、
「それで俺を呼び出したってわけか」
朝食を食べ終わってのんびりしていたら突然、師匠が家にやって来たのだ。魔法学園の研究室に来て欲しいと頼まれて今に至る。
「ええ」
と師匠はうなずいた。
「ジュキエーレさんはこのレジェンダリア帝国一の強さを誇る勇者ですから、箱の中に危険な生物がひそんでいた場合にも私と共に戦ってくれるかな、と思いまして」
ったく面倒ごとに巻き込みやがってと思わないわけでもねえが、師匠にはいろいろと世話になってるから恩返しのチャンスだな。
「それではまず結界を――」
師匠が両手で印を結びかけたとき、魔法研究室の扉が勢いよく開け放たれた。
「ちょっとジュキったら、私を置いていかないでよ!」
廊下に立っていたのは肩の上で跳ねるピンクブロンドが愛らしい美少女。俺の婚約者で、聖ラピースラ王国の公爵令嬢レモネッラだ。
「おや、レモさん」
師匠が結界構築を中断して振り返ると、レモは控え目な胸を張った。
「私がいれば、もしジュキと師匠が怪我したってすぐに聖魔法で治癒できるわ」
彼女の聖魔法はレジェンダリア帝国随一なのだ。だが師匠は煮え切らない表情で、
「助かりますが、弟子のあなたを危険にさらすわけには――」
「危険っていうけれど、師匠」
レモはつかつかと研究室に入ってくると、床に描かれた魔法陣を見下ろした。
「この魔法文字、『可愛らしきもの現われたまえ』って書いてあるのよね?」
「ええ。初めての異世界召喚ですから怖いモンスターが出てきたら嫌だと思いまして」
なかなかビビりである。
「とはいえ異世界基準の『可愛らしきもの』ですから、何が出てくるか分からないじゃないですか」
慎重派の師匠にレモは、
「『可愛らしきもの』なんだから生物ですらないかも知れないわ」
腕を組んで箱を見下ろした。
「もしかしたら箱の中身は、フリフリピンクのドレスだったりするかもね!」
「ちょっと待て」
俺は嫌な予感がして口をはさんだ。
「どうしたのかしら、ジュキ。まだジュキがピンクのお洋服を着るって決まったわけじゃないわ」
レモの目が輝いている。そう、俺はこういう展開で何度も女装させられているのだ!
「知ってるぞ、俺。箱を開けるとモクモクと怪しい煙が出てきて俺を襲って、気付くと女の子にされているんだ!」
「ジュキは背もあまり高くないし、肌も白くて綺麗だし、銀髪も美しいし、エメラルドの瞳がチャームポイントだし、超がつくほどの美少年なんだから女の子の恰好も似合うのに」
レモが早口でまくし立てる。
くそっ、またいつもの展開かよ! 女の子にされる憂き目に遭うくらいなら、さっさと逃げちまうか?
出口の方を振り返ったとき、箱の中からガサゴソと物音が聞こえた。
「生き物!?」
レモが高い声を出して目を見開く。続いて箱の中から聞こえてきたのは、
「ニャオーン」
か細く高い鳴き声だった。
「猫が閉じ込められているのか?」
俺は恐る恐る箱に近づいてみる。
「ニャ、ニャー」
控え目な鳴き声と共に、カリカリと爪で厚紙の壁を引っ搔く音。これは間違いない。
「師匠、異世界の猫が入ってるみたいですけれど、開けていいッスよね?」
真っ暗なところに子猫が閉じ込められているなら、今すぐ出してやりたい。
「ええ、でも気を付けてくださいね」
どこまでも用心深い師匠。だがただの猫なら警戒する必要もないだろう。異世界にも猫っているんだな。
厚紙の箱を開けると飛び出してきたのは、やはり真っ白い子猫だった。だが背中に小さな白い羽が二対、生えている。体の大きさと比べて小さすぎるので、果たして空を飛べるのかは疑問だが。
「ありがとうなのニャ!」
「しゃべった!?」
俺は目を丸くした。真っ白い子猫は、ぴょんと箱から飛び出すと同時に甲高い声で礼を言ったのだ。
「しゃべれるニャ!」
子猫は後ろ足で立つと胸を張った。
「ワイは使い魔養成学校の生徒だったのニャ。卒業試験の旅に出たのニャが、途中でちょうどいいサイズの箱を見つけて潜り込んだら、そのまま眠ってしまったのニャ」
さっきまで静かだったのは寝ていたのかよ。
「そこでちょうど私が召喚してしまったのですね」
申し訳なさそうに眉尻を下げる師匠に、
「ワイ、ラノベでよく読む異世界転移を果たしたのニャ!」
子猫はよく分からねえことを言って目を輝かせた。興奮しているのか尻尾をせわしなく動かす仕草は、確かに「可愛らしきもの」に違いない。
こいつぁ良いもんが召喚されてきた。これで俺は「かわいい担当」を卒業できる! みんなに「かわいいジュキちゃん」なんて呼ばれる日々とはおさらばだ!
「でも」
とレモがしゃがみこんで子猫と視線を合わせた。
「使い魔養成学校っていうのを卒業したかったんでしょ?」
「ワイ、落ちこぼれだからもう戻りたくないニャ。でもワイらにとってご主人様と巡り合うことは夢なのニャ」
使い魔のご主人様ってのは、使役魔獣のマスターのことか? 俺、魔獣を使役するってちょっと憧れるんだけど!?
「なあなあ、俺、きみのご主人になれるかな?」
俺はレモのとなりに片膝をついて、白い子猫に尋ねてみた。
「もちろんニャ! おにゃのこなら誰でもいいニャ!」
子猫は嬉しそうに飛び跳ねた。おにゃのこって何だろう? 異世界語かな、と首をひねっていたら、子猫は前足をかかげて呪文を唱え始めた。
「みゃじかる・みらくる・にゃりりんぱ!」
子猫の桃色の肉球からピンク色の光が放たれ、俺と子猫自身を包み込んだ。
「ん、まぶしい」
ピンクの光線の中でいくつも星がきらめいて、俺は思わず目を閉じる。
今までに体験したことのない感覚が全身を襲った。体が作り替えられていくような、新しい自分へと生まれ変わるような、不思議な体験だ。
「これで君も立派な魔法少女なのニャ!」
だが俺の意識は、耳を疑うような子猫の言葉で現実に引き戻された。
「魔法少女!?」
目を開けた俺は、自分の姿を見下ろして悲鳴を上げた。
「うわーっ、なんだこれ!?」
俺が今の今まで身に着けていた男物の服は影も形もなかった。
胸元にはピンクの大きなリボンがくっつき、その中心では金色の星がペカペカと光を放っている。
「この服、なんでこんなに露出度高いんだよ!」
袖は無いも同然。長ズボンを履いていたはずの下半身だって、太ももがぬーっと出たミニスカートに変わっている。
「こんな恰好、恥ずかしいよ!」
両手で自分の体を隠しながら、俺は今更、大変な間違いに気が付いた。この猫、使役魔獣じゃなくて魔法少女の使い魔だったんだ!
「ジュキ、頭についたリボンもかわいいわよ!」
レモはあごの下で両手を組み、なぜか感動している。
恐る恐る自分の頭に触れてみると――
「ツインテールにされてる!」
リボンらしきものを引っ張ってみるが、うまく外せない。
「レモ、取ってくれ!」
「えぇ、もったいないわねぇ」
しぶるレモに、毛づくろいをしていた白猫が答えた。
「魔法少女は敵の怪人を倒さないと、元の姿には戻れないニャ」
「なんだってーっ!?」
どうして毎回こうなるんだよーっ!
「敵の怪人なんてどこにいるんだ!?」
涙目で白猫をにらむと、
「多分この世界にはいないニャ」
「なんだと!?」
俺はハッとして師匠にすがった。
「怪人とかいうやつも召喚してくれ!」
「いやぁ、それは危険なのでは」
煮え切らない師匠と、スカートの短い裾を必死で押さえる俺を見比べながら、子猫は不思議そうに首をかしげた。
「女の子はみんな魔法少女になりたいものじゃなかったかにゃ?」
「俺は男だーっ!」
悲しいかな、今回もまた俺はお決まりのセリフを叫ぶ羽目になったのだった。
─ * ─
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