かえる場所

棚霧書生

かえる場所

 押し入れの襖を開くとでかい目玉と目があった。顔の上半分が一つ目で占められている。俺はそいつを無視して押し入れの奥をチラッと覗く。そして、何事もなかったかのように襖を閉めた。

「あー、すみません。思ったよりここの収納奥行きがないみたいで。今持ってる衣装ケースが入るほうが良いんで、とりあえず次の物件に案内してもらえます?」

 不自然にならないように細心の注意を払って、不動産屋の人、下戸田げこたさんを振り返る。

 俺はマジでなんにも見てないし、なににも気づいてない。あんまし希望合致してなかったから早く次の内見に行きたいだけ。あー、マジで、本当に……頼むよ。あいつらがいないとこじゃないと落ち着けないって……。

「そうですか? 水嶋様がよろしいなら、構いませんよ」

 ケロッとした口調で下戸田さんが答える。下戸田さんはまだ若くてたぶん俺と同じくらいの歳。男同士だし、喋りやすくて助かる。見えてない人だから、さすがに化け物がいるので住めませんとは口が裂けても言えないけど。あと見た目がカワイイ、口が大きくて目がギョロッとしててカエルっぽい。名前もゲコタだし、名が体を表しまくってて、ちょっと面白い。

 下戸田さんの営業車で次の物件に向かう。そこはさっきより収納が広くて、衣装ケースもすっぽり入りそうだった。

 しかし、トイレの便器から手が生えていた。えーん、なんでやねん。ここも住むの無理じゃん……。

「ユニットバスタイプの風呂って、結構小さいんですね……。これだと体育座りして入る感じですか」

 別に体育座りして入るスペースしかなかろうと俺はシャワー派なのでどうでもいいことだったが、早いとこ次の物件に行きたいので適当な欠点を見繕う。

「そうですね。水嶋様は背が高いですから、これだと窮屈かもしれませんね」

「ハハァ……あの、できれば次行っちゃってもいいですか?」

「かしこまりました。車を回してきますね」

 ケロケロッと軽快に話が進むのでありがたい。下戸田さんだって、俺が出した条件に合う物件を探して紹介してくれているのに、あまり検討の時間を割かずに候補を捨ててしまっていて申し訳ない。

 ぶっちゃけ大学まで自転車で通えて家賃が安ければどこでもいいので、次で変なのがいなければ決めてしまいたい。

「はぁー……」

 車の助手席に座って、ソファにもたれた瞬間ついついため息が漏れた。

「お疲れが出ましたか? なかなかご希望にあうところをご紹介できなくて、すみません」

「ああ、いえ、違うんです! 俺がわがまま言ってるだけなんで!」

「毎日、帰る場所ですから条件をこだわるのは当然です。私も最後まで全力でお手伝いさせてもらいますよ」

 下戸田さん、良いやつだなぁ〜。ま、仕事だしそれくらいは言ってくれるか。

「ところでお聞きしたいと思っていたことがあるのですが、よろしいですか?」

「えっ、なんすか?」

「今、水嶋様が住まわれている部屋のお隣で、ご不幸があったからお引っ越しをされたいとのことでしたが……」

「ええ、そうです」

 そのご不幸野郎が化けて、叫びながらアパート中を徘徊するようになったからマジで寝らんなくて困ってんだわ。下戸田さんには言わんけど。

「幽霊や怪異などを信じているのですか?」

 仕事に関係ない話ぶち込んできたな? 受け答えとか必要最小限であっさりしてたから、雑談とかあんまり好きじゃないタイプかと思ってたけど……。

「あー……信じてるってわけじゃないですけど、やっぱ気味が悪いじゃないですか。いや、毎日どこかしらで人が死んでるのはわかってるんですよ? だけど、自分のすぐ近くで起こったら、そこから離れたいなぁみたいな……」

 信じてるっていうか、こちとら見えてるし聞こえてるからね!! 実害がスゲェんだ!! 言わないけど!!!!

「ふむ……水嶋様は……幽霊や怪異が現れない場所があるとすればそこを希望されますか?」

「そりゃもう願ってもない!」

 反射で答えてしまったが、なんだその質問は? どういう意図でそれ聞いたん? 下戸田さんって真面目系と思いきやスピ系?? もしかして、俺と同じで見える人だったりする!?

「かしこまりました。では、聖なる力に満ちた物件に御案内します」

「ん? は、聖なる……? なにそれ?」

 やっぱ、スピ系か!?

 下戸田さんが車を急発進させる。グォンと体に強烈なGがかかる。

「えっえっえっ!? 法定速度! 法定速度守って!!」

 バチバチに危険運転をキメている下戸田さんは無言のままだ。

「返事しろよ、下戸田ァァァ!!」

「はい」

「…………返事だけしろって意味じゃっ……うおっ!?」

 車が林に突っ込んでいく。たちまち辺りは霧に包まれ、フロントガラスからの景色は真っ白になった。おっ、これワンチャン俺ら死んだんじゃないか?

「間もなく到着します」

「死ぬ死ぬ死ぬ、死んだっ!?」

「死んでませんよ……」

 下戸田は呆れた声で言う。ハッ? なに勝手に呆れてんの? ふざけんなマジ。物件探すのやめてやる。車降りて、安全を確認できたら怒鳴り散らかしてやるからな……。

「到着です。乱暴な運転になってしまい、大変申し訳ありません」

「……は…………謝れば済む話じゃ……ああっ、最後まで聞けよっ! 待てって!」

 下戸田はさっさと車外に出てしまう。俺はといえば手が震えていてシートベルトが全然外せない。三度ほどボタン押しをミスってから、ようやく解放される。

「下戸田ッ……マジで許さんッ!」

 車外に出ると霧で見にくくはなっていたが、近くに池があるのがわかった。そのほとりに下戸田の姿を見つけ、俺は地面を力強く踏みつけながらやつに近づいた。

「おい、下戸田ッ!」

 俺は彼に掴みかかろうとしたが、逆に手首を掴まれて動きを制されてしまう。

 ペタ、ヒヤ……。

 下戸田の手は妙な感じがした。少し湿っていて肌が貼りつくようで、そして冷たい。

「なんだ…………?」

 霧でぼんやりとした視界の中、必死に目を凝らす。下戸田の手はひどく血色が悪い。皮膚が枯れ葉に近い色をしていた。さらによく見ると彼の手は水かきが大きく、先端が丸くなっている。明らかに人間の手ではない。

「げ……下戸田さん? もしかして、アンタ……」

 俺はゆっくりと下戸田の顔を確認する。白い霧の中に大きなヒキガエルの顔があった。

「お察しの通りですよ、水嶋様」


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かえる場所 棚霧書生 @katagiri_8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ