上野恭介は呪われている、けれど怪異に飛び込んでいく

 心を掴まれたとき人の思考は停止してしまうのかもしれません。
 それが物語ならば「面白い以外の言葉が浮かばない」と自分の頭を抱えるだけで済みますが、こと怪異に捕まれでもしたら……。

 神田雅弘は霊感を持つ高校二年生。近寄る霊の対処法は教わりましたが、本格的な修行はまだこれからです。彼が出会ったのは、左肩を悪霊に憑りつかれた後輩の上野恭介でした。オカルト同好会部に所属している上野は、自身が呪われているのにも関わらず怪異に飛び込んでいきます。一方の神田は、理屈の通らない怪異の恐ろしさや容赦なさを知っています。危なっかしい上野を放っておけません。これはそんな神田と上野の二人を軸にした連作短編小説です。

 キャラクターにまつわる一連のサブストーリーは存在しますが、エピソードは独立しています。筆者もキャラクターの基本設定が気にならなければ、どの編から読めるとおっしゃっています。

 私としては最初から読むことを強くお勧めします。

 応援コメントで話の組み方が見事だとおっしゃっていた方がいました。夢中で話を読んでいた私は気づかなかったのですが、そう、見事なのですよ。サブストーリーの構成が。改めて考えてみてわかりました。
 放課後、神田はまっすぐ家に帰らず寄り道します。本文では「「家に帰りたくない」という思春期特有のセンシティブな衝動」と理由が述べられています。確かに帰宅部の神田が部活動にいそしむ上野と関わるには、神田がさっさと帰宅していては話になりません。ですがエピソードを追うごとに、この「家に帰りたくない」が気になってくるのです。
 読者としては「そのうち明かされるだろう」ぐらいに思って読み進めていました。次回予告によれば、"アタリ"の案件編では上野をライバル視する目黒というオカルト同好会部の一年生が登場するらしい。「新キャラの登場で面白くなりそうだな」という軽い気持ちは、いい意味で裏切られました。
 目黒は本当に幽霊が出る"アタリ"の案件で怖い体験をし、部をやめようかさえ思い詰めます。ライバル視する上野のように案件調査を続ける自信がなくなってしまうからです。そうした目黒を先輩の馬場は「普通でも良いんだよ」と諭します。誰だって命の危険を感じたら怖いし、怖い経験をしたら今後は近づかないよう注意するのが普通です。怪異に自ら飛び込んでいく異常な人に無理してなることはありません。
 あの世とこの世の間に三途の川があるように、日常と怪異との間には境界線があるような気がします。神田や上野目線で語られている各話。読者は彼らと一緒になって境界線を踏み越え、怪異の側に飛び込んでいきます。普通の人だった読者は次第に、異常な人の感覚が当たり前になるのです。"アタリ"の案件編で目黒はその境界線に近づき、怪異を覗き込んだつもりが、逆に覗かれたことで恐怖し引き返します。もちろん読者を連れて。そして日常に、普通の人の感覚に戻ったところでドン! 次の瞑すべし家編で、神田の「家に帰りたくない」理由が衝撃的に明かされるわけです。
 これを見事な構成と言わずなんと言えばよいのでしょう。ホラー映画でいえば、遠くにいたと思っていた幽霊が次の瞬間目の前に現れたぐらいの衝撃でした。
 脳を揺さぶられた後は心を掴まれるだけです。
 瞑すべし家編は感情を揺さぶられ通しでした。

 神田と上野の会話は、時にバイオレンスながらも軽快で読んでいて楽しいです。『ふたりの距離の概算』(米澤穂信/著)で大日向が古典部に入部する理由として「仲のいいひと見てるのが一番幸せなんです」と言います。まさにこの心境です。
 神田と上野、オカルト同好会部の面々などのキャラクターもこの作品の魅力の一つでしょう。とくにタイトルにもなっている上野恭介のキャラクターが良い。
 呪われているという設定だけで興味をそそられますし、明るくて、好きなものにまっすぐで、思いやりがあり、芯が強くて、めげずに突き進む姿は健気で何ともいとおしい。
 上野を見放さず、悪口を言いながら力を貸す神田も良いキャラクターです。暴力的な言動の中にもやさしさと繊細さを秘めており、外面の怖さは彼を守る固い殻のようにすら感じてしまいます。「幽霊なんてゴミだ」と嫌っている彼からすると、上野やオカルト同好会部の面々は不可思議な存在でしょう。ですが未知のものに魅力を感じるのは人間の性。そういった意味では神田も上野に魅かれているのかもしれません。

 まだ「こぼればなし」編(その一)までしか読了していませんが、この作品の魅力をいち早く語らなくてはと思いレビューさせていただきました。
 力量不足ゆえネタバレなしで書けなかったのが心残りです。

 勝手ながらネタバレなしのレビューは、このレビューを読んでしまったあなたに託します。