目出し帽をかぶった男たちの住宅内見
佐々木 凛
第1話
銃のグリップを力一杯握りしめ、目的の建物の玄関前に立つ。左手の腕時計は、今が三月六日の午前二時であることを示している。
これから、この建物の内見を行う。勿論既に紙面で内部の様子はいくらか確認しているが、やはり、実際に中を見てみないと分からないことも多い。事前に確認した情報とあまりに様子が違ったらどうしよう――そんな心配が頭の中を駆け巡る。
「お前、力入りすぎだろ。まるで、この仕事が初めてみたいだな」
前に立っていた先輩が、そう声をかけてきた。目出し帽をかぶっているのに俺の精神状態を見抜いてくるなんて、相変わらず先輩は鋭い。先輩の口癖は、「目は口程に物を言う」だ。だから目出し帽をかぶっていようと、関係なしにその内面を覗くことができるんだろう。俺なんかは病気かと疑いなくなるほど鈍感なので、たとえ顔全部が見えていたとしても相手の気持ちなんて分からない。
「……大丈夫です。ありがとうございます」
そんなことを考えているといつの間にか、俺の体から無駄な力が抜けていた。気を持ち直し、玄関を見る。これから建物の中に入る。まずは、先頭の先輩が扉をゆっくりと開ける。そして次点にいる俺が、銃を構えながら中に入る。
周辺を見渡す。照明が煌びやかに輝き、床のレッドカーペットを照らしている。そのレッドカーペットは、正面に見える階段の上まで伸びている。階段の両脇は大理石の壁で、その先には金色の装飾がこれでもかとあしらわれた豪華絢爛な天井が見える。
それらは全て事前の情報通りではあったが、やはり実際に目にすると、その光景に見惚れそうになる自分がいた。しかし、そんな悠長にしていられる時間が無かったことを思い出し、すぐさま後ろに控える仲間たちに手で合図を送る。数十人の目出し帽をかぶった仲間たちが、俺と同じように銃を構えながら入り口の扉を潜る。そしてレッドカーペットが続く階段を昇り、事前の打ち合わせで決めた通りの持ち場に向かって、右へ左へ移動し始めた。俺の担当は最奥にある部屋で、あの鋭い先輩を含めた六人と一緒に向かう。勿論、一番若手の俺が最後尾だ。
しかし広い。のんびりと歩いていけば、目的の部屋まで三分はかかるだろう。だが、そんなに時間をかけて移動することはできない。中にいる人に気付かれないよう、極力足音を出さないように走り、一分以内に辿り着く必要がある。廊下の床は階段の壁同様石材のため、音には細心の注意を払う。
やがて、前を歩いていた先輩たちが歩みを止めた。目的の部屋に辿り着いたのである。腕時計に目をやると、入り口からここまで三十秒ほどで移動したことが分かる。これなら、目標達成も容易かもしれない。
先頭にいる先輩が、こちらへ合図を送ってきた。それに対して俺が頷くと、先輩は部屋の扉を勢い良く開けて中に飛び込んだ。俺たちもそれに続く。
中にいた人たちは、驚きの声を上げてパニック状態となっていた。その中にただ一人、俺たちに立ち向かってきた男がいた。男は怒号を上げ、テーブルの上にある料理の入った皿たちをこちらに投げつけて目眩ましをした後、持っていた拳銃を構えて徹底抗戦の構えを見せた。
だが、そこは俺たちもプロだ。圧倒的武力差と素早い動きによって男の身動きを封じ、男に一発たりとも発砲させないまま身動きを封じた。最後尾の俺は銃を構えながら、他に抵抗する者がいないか入念に確認する。
これで、場の主導権を一瞬で支配することができた。部屋に入ってからここまで、数秒の出来事だ。俺たちの仕事が一段落をつくのとほぼ同じタイミングで、他の持ち場に向かった仲間たちからも吉報が次々と届いた。
これで、この建物内にいるすべての人間を制圧することができた。ここまで来れば、仕事はもう終わったも同然。後は勝利の余韻に浸りながら、後始末をするだけである。まあ、そこも短時間で済ませなければならないのだが。やはり、この仕事は時間との勝負だ。一瞬たりとも気が休まることは無い。
「よし、全員ご苦労。これから一時間後、午前三時十五分より本丸に乗り込む。それまで、各自休息をとるように。以上、解散」
事後処理が終わると、全員に向かって先輩がそう言った。仲間たちは皆、思い思いにこの一時間を過ごす。俺たちの仕事は、常に危険と隣り合わせ。フィクションではヒーローとして描かれることもあるが、現実世界では批判を受けることの方が多い。一生を棒に振る可能性もある。
それでも、俺は続ける。この稼業で、誰かを救えると信じて。
「――昨夜午後八時頃から発生していた迎賓館赤坂離宮での立てこもり事件について、警視庁は本日午前三時十五分にSITとSATの合同部隊がアメリカ大使館内へ突入し、人質を全員保護したと発表しました。この件に関して、元SIT隊員の那須川さんに話を聞いてみたいと思います。那須川さん、よろしくお願いします」
「今回は難しい作戦だったと思います。ですが今回は、迎賓館の近くにその内部の様子を細かく再現した建物を急造し、そこで複数回に渡る人質救出訓練を行ったことで、これほどまでに迅速かつ完璧な結果を残すことができたようです」
目出し帽をかぶった男たちの住宅内見 佐々木 凛 @Rin_sasaki
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