覗く女

JEDI_tkms1984

覗く女

「へえ、なかなかいい感じですね」

 朝から見て回ること数件。

 今日、最後となるこの物件は希望する条件にかなり近かった。

 交通の便は良く、近くにはコンビニ、小規模ながら家電量販店にホームセンターも揃っているという好立地だ。

 理想的な物件である。

 玄関、リビング、トイレ、バスルーム、ベランダと確認していく。

「日当たりもいいし、文句なしですね。ところで――」

 ぼくは声のトーンを落として担当者に訊ねた。

「これだけの好物件なのに、どうしてこんなに安いんですか?」

 周辺の賃料に比べて4割ほど安い。

 見る限り、おかしなところは何もない。

 床が傾いているワケでも、ドアの立て付けが悪いワケでもない。

 間取りからでは分からない瑕疵があるにちがいない。

「ああ、あの……それはですね……」

 それまで得意げに物件のセールスポイントを語っていた担当者の顔つきが変わった。

「実は告知しなければならないことがございまして……」

「いや、いいです、言わなくても」

 和室の真ん中に立って、ぼーっと中空を眺めていたぼくは制した。

 しっかり閉まっていたハズの天袋が少し開いていて、そこから髪の長い女が顔を覗かせていた。

 髪の長い女――定番だ。

 オールバックやドレッドヘアの幽霊など、今まで見たことがない。

「決めました。ここ、住みます」

 ぼくが言うと担当者は驚いたようにこちらを見た。

「幽霊、出るんでしょ? 分かります。和室ですよね?」

「え、ええ……でも、どうしてそれを――」

 ぼくは少し開いた天袋を指さした。

「あそこに女の人がいます。この部屋で亡くなった人ですよね」

「はい、その、いわゆる事故物件でして……え? 見えるんですか?」

「見えます。霊感ありますから。今もずっとこっちをにらみつけてますよ」

「ひっ!」

 担当者は持っていた書類を落とした。

「強い怨念を感じます。いろいろあったんじゃないですか?」

 そう言うと担当者は観念したように経緯を話し始めた。

「実は半年ほど前に住人が殺害されまして……もちろんお祓いして清掃も徹底したのですが――」

 今まで何人かがこの家を借りたが、みな一週間もしないうちに出て行ったという。

「霊障というやつですか……とにかく住む人住む人が”とても堪えられない”と。そういうワケでかなりお値引きさせてもらっているのですが」

 なるほど、借主にとっても貸主にとっても事故物件、ということだな。

「ぼくはかまいません。霊障なんて気にしませんし怖くもありません。なんなら明日から住んでもいいですよ」

「本当ですか!?」

「はい。ただ……その分、少し賃料を交渉させてもらえたら……」




 その後、交渉はぼくにとって有利に運んだ。

 立地条件が良く高賃料で貸せるハズの物件にもかかわらず、前述の理由で持て余していたところである。

 ぼくみたいな借主は地獄で仏に会ったようなものだろう。

 おかげで大幅な値引きをしてもらえた。

 これぞウィンウィンの関係というやつだな。




 引っ越し作業も終わり、部屋には未開封の段ボール箱がいくつか。

 やはり内見の時には広く見えても、実際に家具や荷物が入ると狭く感じてしまうな。

『――あんた』

 作業に疲れ、一服していると和室のほうからぼくを呼ぶ声がした。

『よくこの家に住もうだなんて思えたものね』

 女だ。

 低くて恨みがましい声。

 僕はカップをテーブルに置き、そっと和室をうかがった。

 内見のときに見た女が立っていた。

「幽霊ってのは便利だな。首を絞められて死んでも、霊体になれば普通に話せるのか」

 半年前の記憶が蘇る。

 あのときのぼくは、少しでも罪悪感を抱いていただろうか。

「逆だよ。ぼくはずっとこの家に住みたかったんだ」

『だから私を殺したのね……!』

「分かってるならいいじゃないか」

 たしかこの家を初めて訪れたのは一年ちょっと前だった。

 営業職だった僕は遠方まで足を伸ばしてここを見つけた。

 当時、住人だったこの女はぼくを家の中に入れてくれた。

 お茶を入れてくると女が席をはずした際、部屋を見回して思ったのは――。

 この家に住みたい、ということだった。

 だから半年前、ぼくは彼女を手にかけた。

 住みたいから出て行ってくれ、なんて言っても断られるに決まってる。

 ならばこうするしかない。

 おまけに事故物件になれば安く借りることができる。

 貸主や不動産屋にも恩を売ることができる。

 さすがに殺してすぐに引っ越したのでは怪しまれると思い、半年の間を空けたが、その間に何人もが借りては出ていく……を繰り返してくれたおかげで値引き交渉もうまくいった。

『許さない!』

「許してくれなんて思わないさ。でもあんたは手出しできない。ここにいた連中は、”視線を感じる”とか”人がいる気配がする”、と言っていたらしい。しょせん幽霊なんて生身の人間に直接なにかをすることはできないんだ」

『あんたの精神を壊すくらいできるわ』

「そうならないようにせいぜい気を付けるよ」



 しかし……そうだな、念のために除霊や浄霊の方法でも学んでおくか。

 もしかしたらこの面倒な同居人を、今度こそ消し去ることができるかもしれない。

 いずれこの家に飽きたらぼくも出ていくだろう。

 その際には”女の霊を消してやった”として、貸主に謝礼を求めてやろう。

「やることは山積みだな……」

 和室の戸を閉めたぼくは、背後に女の呪詛の声を聞きながら、ふうっとため息をついた。






   終

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