内見案内

透峰 零

まずは「どうぞお乗り下さい」と告げること

 最近さ、ちょっと変な仕事してんだよ。聞いてくれるか? あ、よくある裏バイトとかじゃないから。ごく普通の仕事の中にさ、ちょっと変な業務が混じってんの。

 ほら、俺って不動産屋でバイトしてるだろ。駅前のロータリーの端っこにある、ちっこいとこ。そこでさ、普段はお茶汲みとか書類整理とかやってるわけ。でもさ、俺って免許持ってるじゃん。だからね、頼まれたんだよ。その、変な業務を。

 内見、ってやつ? 幾つかの住宅を、指定通りの順番で見ていくのよ。おかしいってのは、まず一人で行けっていうこと。普通さ、内見って誰かお客さんを案内するじゃん。それがね、いないの。一人。一人で行けってさ。

 で、車貸してもらうんだけどね。ここでおかしいこと二つ目。出発する時に、必ず助手席の扉を先に開けるんだよ。しかも、「どうぞお乗り下さい」って台詞付き。それから三秒経ってから助手席のドアを閉めて、自分が運転席に乗る。

 な、おかしいだろ? だって誰もいないんだよ。

 まぁ、運転中は別に話さなくてもいいから気楽なもんだったけど。あ、でも独り言とか車内で歌ったりは止めろって言われた。あと、もしもラジオとかつける時は一言断ってからつけろって。断るって誰にだよって感じだけどね。

 で、順番に住宅を回っていくの。車から降りる時はね、やっぱり必ず助手席のドアを開ける。で、「到着しました。鍵を開けるのでご自由に見てください」って言うのね。鍵開けて玄関にスリッパ並べてさ。もちろん自分も入っていいよ。スリッパ履いてね、適当にペタペタって見て回る。

 ここでおかしいこと三つ目。絶対に、洗面所とかお風呂場には入っちゃいけない。もし間違えて入ってしまったら、すぐに顔を伏せること。絶対に、何があっても、そこに嵌まったを見てはいけない。

 それから、四つ目。どんな物音がしても反応してはいけない。

 例えば、後ろで大きな音がしても振り返ってはいけない。物置から何かが倒れたり這いずる音がしても覗いてはいけない。

 一軒の住宅での内見時間は三十分が限度。それ以上は、絶対に同じ空間に留まってはいけない。

 終わる時期はね、玄関に並べたスリッパが逆さ向いてたら。こうさ、入口に向けて並べてたスリッパがいつの間にか逆向いてるの。室内側にね。たまに乱暴に脱いだみたいに右と左が重なってたりしてさ。屋内だから風も吹かないし、もちろん俺も触ってないよ。でも、いつの間にかひっくり返ってる。最初はびっくりしたけどね。でも先輩に聞いてたから、嫌な気分にはなったけど二軒目以降は慣れちゃった。人の慣れってすげーよな。

 あ、でも一度だけ二十五分経ってもスリッパが変わらない時があったな。あれは焦ったね。泡食って先輩に電話した時には、あと三分くらいしかなかったし。

 え、どうしたかって?

 その時はな、先輩の指示でこう言った。


 ――時間がおしておりますので、そろそろ次の物件へ行かせて頂きます


 ってな。で、玄関に背中を向けて十数える。十秒経って振り返ったら、あら不思議。ちゃんとスリッパひっくり返ってるんだよ、これが。


 で、一軒終わったら次の物件に行くの。それを繰り返す。だいたい一回で四、五軒くらいかなぁ。

 全部終わったら不動産屋に帰ってくる。指定の駐車場に車停めたら、仕上げだ。外から助手席のドアを開けて「本日の内見はこれで終了でございます。ありがとうございました」って空っぽの助手席に向けて言うんだよ。


 それで、先輩にね。これだけは何があっても忘れるな。取り返しが付かなくなるからって念を押された注意事項があって。


 ――ご希望に添える物件がなくて、申し訳ございませんでした。またのご来店をお待ちしております


 って言わないといけないんだって。

 言わないとどうなるのかって? さぁ。やったことないし、やりたいとも思わなかったな。

 だってさ、なんか怖いじゃん。真昼間ではあるけど、誰もいないのに誰かいるていでずっと話してて、最後の締めがそれだよ。

 もし、案内されてた「誰か」がさ、気に入っちゃったらどうすんだって話。だって、そいつにしたら担当者は俺なんだよ。どうなるか分からないじゃん。


 ま、今のところ何もないけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

内見案内 透峰 零 @rei_T

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ