お部屋探しは慎重に

お部屋探しは慎重に

「わぁ、素敵なお部屋ね！」

「本当だ！」

　一軒目の物件を案内するなり、歓声が上がります。

　今日のお客さまは新婚のご夫婦。さまざまなお客さまに住まいを紹介するわたくしも、初々しいお二人のためにはいつも以上に気合いが入ります。

「こちら築二年でして、広さもお客さまの条件に合うかと」

「確かに！　僕たちにピッタリの部屋だ」

「住み心地はどうですか？」

「そうですねぇ……若干の難を申し上げるならば、交通の便が悪いことでしょうね。それから、食料品等を調達するのも少し難しいかもしれません」

　こうした不利益な情報もきちんとお伝えします。信頼が大切なのです。

　奥さまが顔を曇らせました。

「まぁ、それは不便かもしれないわね」

「そうだな。実は僕たち、住むところを決めたらすぐに子供を作ろうと思ってるんです」

「やだアナタったら、こんなところで……」

　仲睦まじい夫婦の様子に、わたくしは頬を緩めました。

「承知しました。それではもっと良い物件をご紹介できると思います」

　二軒目。

「こちらのお部屋はどうでしょう。築年数は十年ほどで、広さや周辺環境等もご条件に合うかと。先ほどの物件よりも便利にお暮らしいただけるはずですよ」

「やぁ、いいじゃないか！」

「ここ、候補にしましょう」

　しかし、部屋を出ると、お隣にお住まいの方と鉢合わせになりました。

「あ……」

「ども……」

　その方は、鈍く光る黒褐色の肌を持つ、大柄で迫力のある方でした。

　ご夫婦はすっかり怯えています。

「……ええと、ここはやめておこうか」

「そ、そうね……」

　ご近所にどんな方が住まわれているかということも、お部屋選びには重要ですからね。

　三軒目。

「ここはいかがでしょう。わたくしイチオシのお部屋ですよ」

「わぁ……」

「まぁ……」

　満を持してお連れしたお部屋で、ご夫婦は感激のあまり声を失ったようでした。

「築年数こそいっておりますが、居住スペースなど申し分ないですし、交通の便も非常に良いというのがポイントですね。食料品等の調達も大変しやすいかと」

　何を隠そう、こここそが今回のお客さまの求める条件にピッタリだと、わたくしが睨んだ物件でした。

「いいじゃないか。素晴らしいよ」

「どうする？　ここに決めちゃう？」

「うーん、でも、もう少し見てから考えるか……」

　わずかの迷いの見えるお二人に、わたくしは畳みかけます。

「実はこのお部屋、今お客さまの他にお二方が狙っているんですよ。ご契約は早い者勝ちなので、お早めのご決断が良いかと」

「えっ、それは大変だ！」

「ねぇ、もうここに決めちゃいましょうよ。他の人に取られたら嫌よ」

　かくして、無事にご契約と相成りました。なに、ちょっとしたセールストークですよ。事実、人気の高い物件です。

「素敵なお部屋が見つかって良かったわね」

「そうだね。さっそく子作りできそうだ」

「アナタってば、もう……ウフフ」

　こうして今回も素晴らしい家族計画の一端を担えたことを、わたくしは誇りに思いました。

　どうかお二人、末永くお幸せに！

　■　■　■

　ある日、男が帰宅すると、ゾッと肌の粟立つ感覚があった。

　カサ……カサ……

　何とも嫌な音がする……ような気がする。

　男は出し忘れたゴミや脱ぎ捨てたままの衣服の散乱する部屋を、慎重に進む。

　築三十五年の古いアパートだ。壁の継ぎ目や窓の合わせ目など、よく見ると至るところに穴が空いている。

　先日など、ヤモリやネズミを部屋の中で見た。よもや二種類もの生物に侵入されるとは。どこかに通路でもあるのかもしれない。

　内見の時には不動産屋から説明されなかったのに、いろんなところが不具合だらけだ。こんなことなら、もっと慎重に物件を選ぶべきだった。

　そりゃあコンビニ弁当の殻とかお菓子の包み紙とか些（いささ）か散らかしているから、掃除が行き届いていないということも多少あるかもしれないが。

　カサッ……

「ひぃっ」

　間違いない。

　茶色の羽を持つアイツだ。今、床に置きっぱなしのポテチの袋の下にサッと移動するのを確かに見た。

　事実を確認するのが恐ろしい。

　だけど放置するわけにもいかない。何せ、一匹見たら三十匹という言葉もあるくらいだ。

　男はこわごわと、ポテチのゴミを持ち上げる。

「……！」

　そこには、二匹のチャバネゴキブリの成虫と、数えきれないほどの小さな幼体が蠢いて——

—了—