勇者の特権
浅川さん
勇者の特権
「た、助けてください勇者様………」
怯えた様子で男が跪く。
「ああ、大丈夫だ。俺に任せておけ」
勇者は躊躇なく剣を振りかぶり、獲物を一撃で仕留める。
「ふう」
勇者は剣にこびりついた血を獲物の体でふき取り、鞘に納めた。
「さあ、もうここは安全だ。少し探索しよう」
勇者の声を聞いて戸口から数人の男女が入ってくる。彼らは勇者とパーティを組む魔法使い、戦士、僧侶だった。
「あらあら、むごいことを」
僧侶が倒れた獲物に跪き、何やら呪文を唱える。
「せめて死後は安らかに………」
獲物の体は光に包まれた。魂を浄化する呪文だ。
その様子を見て勇者は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「僧侶、お前は優しすぎる。ほっておけば良いのだ」
僧侶は呪文を唱え終わると微笑んだ。
「私は私にできることをしているだけ。優しくはないわ」
「そうかよ」
勇者はぶっきらぼうに返すと、奥のほうへと進んでいった。
魔法使いの男はその様子を見て手を打った。
「さて、俺たちも物資を集めるか。最近食料も少なくなってきていたしな。戦士、お前は食料を探してくれ」
女戦士はダルそうにうなずくと食糧庫と思われる部屋に入っていった。
「俺は上のフロアを見てくる。僧侶、お前は入口の防衛を頼むよ」
「ええ、いつも通り認識疎外の魔法をかけておきますね」
魔法使いは僧侶にサムズアップをして上のフロアに続く階段を昇って行った。
それからしばらく物資を漁った後、一行は付近の酒場へと来ていた。
「しかし、今日の内見はしけてたよなぁ」
勇者が樽製のジョッキを片手にボヤく。
「まあ、外見ほど金目のものはなかったな。でも食料はたんまりだ。しばらくは飯には困らん」
勇者のボヤきに対して魔法使いがパンを手に取りながら答えた。
「そりゃよかった。だが、内見の醍醐味はやっぱお宝だろ?物足りねーなぁ」
勇者はジョッキの中身を飲み干すと、空のジョッキを掲げて店員を呼ぶ。
その時、肉の塊にかぶりついていた戦士が顔を上げた。
「おたから、みつけた」
「あ?どんなだよ」
勇者が尋ねると、戦士は懐から装飾が施された短剣を取り出した。勇者はそれを手に取り、しげしげと観察する。
「ほう、こりゃ珍しい。金にはあまりならなそうだが、レアな魔法がかかってる。魔力を流すと刀身が消せるのか?結構強力だぞこれ。どこにあった?」
「勇者が殺したおじさんのふところ」
それを聞いて一同は静まり返る。
「………おい、戦士。外でその話はあまりするな。あれはただの獲物だ。人じゃない。いいな?」
なだめるような口調で勇者が言う。
しかし戦士は納得していないようだ。
「えもの、わからない。人のかたちしてて、たましいが人ならそれは………」
勇者は戦士の話をさえぎった。
「ああ、わかった、わかった。そうだな。お前の言う通りだ。」
そう言いながら勇者は魔法使いと僧侶に目配せをして、二人が頷くのを確認してから短刀を自分の懐にしまった。
「まあ、今日はお手柄だったな。さあ、うまい酒もあるぞ。飲め飲めー」
「なんだよいきなり………」
戦士は少し戸惑いつつもジョッキに口をつける。
「ははは、いっぱい食えよ」
最後の食事だからな。
勇者は冷え切った心の中で呟いた。
彼ら勇者一行には魔王を倒し、世界を救うという重い使命と引き換えに特別な権限が与えられている。
魔王討伐のためであれば、あらゆる罪を不問とする
勇者の特権。だが、それを許せばどちらが魔物なのか。もはや外見以外に違いはない。
勇者たる素質や能力があったとしても、希望の光になりうるかはまた別の話なのだ。
世界は、今はまだ暗闇の中にある。
勇者の特権 浅川さん @asakawa3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ささくれの治し方/浅川さん
★126 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます