講義―ペンギン学史序論―

瘴気領域@漫画化決定!

ペンギン学史序論

 諸君、おはよう。今回は講義の第一回として、ガイダンス代わりに人類がペンギンに対して抱いていた誤解について話していこう。


 今日こんにち、宇宙開発や情報工学の領域において欠かせない存在となったペンギンだが、意外なことに21世紀の初頭までペンギンは飛べない鳥類であると誤解をされていた。


 飛行するペンギンが初めて観測されたのは、20世紀冷戦時代の米軍及び旧ソ連軍だと推測されている。当時は互いの陣営の秘密兵器であると考えられたため、民間に情報は伏せられつつも盛んに撃墜が試みられた。しかし、当時の戦闘機の性能でペンギンの撃墜が不可能なことは受講生諸君も容易に想像ができると思う。


 冷戦が終結しても、超音速で飛行するペンギンは長らく未確認飛行物体U F Oとして認識されていた。これがペンギンであると同定されたのは21世紀の半ば。とある大型旅客機の翼で、羽を休めているペンギンが撮影されたのだ。


 当時一般化した技術である生成AIによるフェイクも疑われたが、旅客機で目撃されたことが幸いした。多数の旅客が別角度から静止画、動画を撮影し、インターネット上――現代で言うところの人鳥企鵝網ペンギンバース――に公開したのだ。検証の結果、これらはフェイクではないことが確定した。


 それをきっかけにペンギンの本格的な生態調査が行われるようになった。様々な調査方法が試みられ、いずれも非常にユニークで興味深いのだが、すべて話していては日が暮れてしまう。今回はその中からかいつまんでひとつだけ紹介しよう。


 ペンギンが空を飛ぶという事実に、真っ先に反対意見を述べたのはペンギンの保護団体だった。彼らは位置特定が可能なGPS発信機を複数の野生ペンギンに取り付けており、そのデータを元にペンギンは空を飛べないという妄説に執着した。


 ……がらっがららっ。失礼、妄説とは言葉が過ぎた。これは訂正させていただく。


 しかし、怪我の功名というもので、「ペンギンは空を飛ぶ」という客観的事実を前提に、「なぜGPSのデータ上ではペンギンが飛行した形跡が観測できないのか」という研究を進める者たちも現れた。


 その結果、驚くべき事実――当時の人類にとってはだが――が判明した。ペンギンは高度な電波撹乱能力を用いてGPSのデータを偽装していたのだ。さらに研究が進むと、ペンギン間では量子通信を用いてコミュニケーションを取っていることがわかった。


 この研究で得られた知見が、いままさに受講生諸君を始めとする人類が使っている人鳥企鵝網ペンギンバースの基礎技術になったことはとくに説明する必要はないかな? いまでは当たり前となった思考の言語化、自動翻訳技術などもこれが発端だ。君たちの中でも、ペットとの会話を楽しんでいる人も多いんじゃないかと思う。


 この頃になると、もはや空を飛ぶペンギンは当たり前に目撃されるものになった。晴れの日に空を見上げると細い飛行機雲が何本も見えるだろう? しかし、それまでは人類が飛ばした航空機以外に、飛行機雲を作る存在はいなかったんだ。それは「飛行機雲」という呼び名にも表れているね。


 それまでのペンギンはなぜ飛行機雲を作らなかったのか? うん、いい質問だ。


 それは人類に対し「ペンギンは飛べる」という事実を隠蔽するためだ。ペンギンが長年にわたって飛行できることを隠していたのは、それが必ず面倒な事態を引き起こすと知っていたからだ。


 事実、人類はペンギンに対してそれまで以上の執着を示すようになった。ペンギンは人間にとって愛玩的な存在として人気だったが、経済的な利得が絡むと比較にならないほど躍起になる。人類は研究用のペンギンを捕獲するために血眼になった。


 一時はペンギンと人類間での深刻な対立……いや、ここは言葉を選ばない方が伝わるだろう。全面戦争の寸前まで緊張感が高まった。


 はは、そうだね。君の質問の通り、本当に戦争になっていたら人類は絶滅していただろう。技術力、とくに現代戦において重要な情報通信技術、航空技術、宇宙技術においてペンギンは人類の数段先を行っていたのだから。


 だが、人類はそこまで愚かではなかった。ペンギンと平和的に交流しようと呼びかける運動が世界的に高まったんだ。きっかけは東アジアの一人の少女だったらしい。彼女を旗頭に、ペンギン平和連盟……通称ペ平連の運動は各国首脳にペンギンへの不可侵を約束させた。


 未知の分野に最初に挑戦する人間をファーストペンギンと形容するそうだが、彼女はまさにそのファーストペンギンだったのだろう。


 え、旅客機の翼に止まったペンギンこそがファーストペンギンなんじゃないかって? うーん、たしかにそういう考え方もできる。ただの横着者だったのかも知れないし、いたずら好きなだけだったのかもしれない。


 しかし、こんな未来を想定していた可能性も否定できない。彼はすでに亡くなっているし、史料から内心を推測するのは困難だ。私としては、君の仮説を支持したいけどね。史学は実証を重んじるが、モチベーションを支える根底には浪漫がある。


 おっと、話が逸れてしまった。


 ともあれ、こうして人類とペンギンとの緊張は解消され、技術・文化面での交流が始まって双方の文明は加速度的に発展した。たった百年足らずで太陽系圏外への有人探査が可能になったのは、ペンギンと人類が手を取った賜物と言えるだろう。


 では次に、ペンギンとの交流がもたらした航空力学及び宇宙開発への影響についてだが……あっ、もうこんな時間か。すまない、少し脱線が過ぎたようだ。予定と進行がズレてしまったが、心配には当たらない。講義全体できちんと調整するよ。どうしても不安ならテキストで予習してくれても、もちろんかまわない。


 どうしてそんなにそわそわしているのかって?


 いや、実はね、今日は人類の同僚から銀座で寿司を食べないかと誘われているんだ。生魚と酢で味付けた穀物の組み合わせがあれほど美味いものとは……。


 これも、我々ペンギンと人類の平和的交流の産物だ。おっと、次回の講義も遅刻するなよ? 私は平和主義者だが、不真面目な者の成績には容赦なく鉄槌を下すからな。


(了)

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