君は大槻ケンヂにファンレターを出したことがあるか?

祝井愛出汰

君は大槻ケンヂにファンレターを出したことがあるか?

 君は、大槻ケンヂにファンレターを出したことがあるか?


 突然そんなことを言われても。

「はぁ? あるわけないだろ?」

「っていうか大槻ケンヂって誰?(Z世代ボイス)」

 という反応が普通だと思う。


 仮にもし「私もオーケンにファンレター出したよ!」という人がいたら、きっとあなたはこのエッセイを最後まで読んだ時にあまりの共感性羞恥きょうかんせいしゅうちで顔を真っ赤にして床をのたうち回ってるはず。気をつけて。


 さて、そうではない方たち。

 そして大槻ケンヂを知らないであろうZ世代のために解説しておくと。


 大槻ケンヂとは──。

 ロックバンド『筋肉少女帯』のボーカル。

 高身長の特攻服姿で、顔にはひび割れメイク。

 歌詞の世界感がとても詩的でメランコリックで幻想怪奇的で、そして──。

 バンドボーカルなのに「音程」の概念を超越した、ある意味ラッパーのはしりとも言える存在。


 さらにさらに。

 資生堂のCMやら。

 昼間やゴールデンタイムの地上波バラエティーやら。

 アングラ深夜番組(レギュラー番組もあり!)やら。

 ミュージックステーションなどの音楽番組やら。

 はてはドラマにまでと、とにかくも~うテレビに出まくり!

 ストリートファイターⅡのCMソングだって歌っちゃってる。


 そんでもって。

 エッセイや小説を書いてみればヒットの連発。

 小説に関しては賞まで獲っちゃう。

 そんなバリバリキャリアのわりに、とぼけた語り口や力のない目がチャーミングで、女性芸能人たちと流してきた浮き名も数しれず。

 そんなアングラサブカルロック界のスター


 それが、大槻ケンヂです。


 現在で言う「チー牛」そのものだった自分にとって、「周りの奴らが全員オレを見て笑ってる気がするけど、オレはいつかきっとお前たち全員を地獄に叩き落として最後に一人で笑ってやるからな!」と歌う大槻ケンヂは、まさに「この世で唯一の自分の理解者だ!」と思えてならなかったのです。(勘違い。悲劇の始まり)


 さて、そのボクの世界で唯一の理解者(だと勝手に思い込んでた)「大槻ケンヂにファンレターを出す」という行為。


『男が男にファンレターを出す』


 まぁ……なんと言いますか。

 この時点ですでにちょっと「痛い」わけで。


『しかも、相手が大槻ケンヂ』


 これで「あ~、な~る……」と、ボクの人となりがうっすらとさっせられてしまうわけで。


『しかもそれが、原稿用紙二枚にわたって自分の現状について一方的に殴り書いた内容』


 とくれば「あたたた……この人、ちょっと痛めの人なんだね」と、ほぼ確信に近い『黒歴史』の匂いを嗅ぎ取ってもらえるのではないでしょうか。


 さて。

 その肝心要かんじんかなめのファンレターの内容。


 二十五年ほど前の出来事にも関わらず、あまりにも痛すぎて今でもボクの胸に奥に深く刻み込まれて(もといザックリと致命傷レベルで切り刻み込まれて)いるその内容。


 恥ずかしさのあまりに二十五年経っても「なんでこんなことを書いて送っちゃったんだろう……」とよく思い返し、これを書いてる今でもキュッと胸の奥が締め付けられている、その内容。


 今まさに!

 これを書いている作者の動悸が激しくなって!

 目はうつろに!

 そして指先はプルプルと震え!

 ダラダラと変な脂汗がにじみ出てきている!

 そんなファンレターの! 内容!


 そ、それを……今回は『黒歴史放出祭』ということなので……頑張って…書き起こして……いき……ます──おぇ……。



 ────────────



   拝啓 大槻ケンヂ様


 ボクは吉本興業のお笑い芸人を目指して地方から出てきて、今は大阪西成区の飛田新地というところで一人暮らしをしている18歳の男です。

 住んでるアパートの右隣の部屋は飛田新地で働く巨漢の娼婦で、1日中『サライ』を大音量で流しています。

 左隣の部屋は毎日のように電話に向かって大声で叫んでいる老人で、ヨボヨボの爺さんなのにクリスマスイブの夜に綺麗な愛人を部屋に連れ込んでいるところを目撃してしまって、やり場のない敗北感を植え付けられました。


 そんな環境で暮らしつつ、ボクはバイトの合間をぬって、地元から一緒に出てきた相方と公園(よくホームレスの死体が転がっている)でネタ合わせに励んでいます。

 その相方なんですが、地元で作った彼女と一緒にこっちで同棲をしているんです。

 その彼女とは、ボクも元からの知り合いです。

 知り合いっていうか、ぶっちゃけボクのほうが相方よりも先にその子のことを好きだったんですよね。

 なのに、その子の見る目がなさすぎて相方の方を好きになっちまってやがんですよ!

 ボクと彼女は筋肉少女帯のよさを語り合う仲だったのに!

 そのうえ岡崎京子や村上龍や丸尾末広や「ねこぢる」の素晴らしさなんかも語り合うようなバッチリ趣味嗜好の合う間柄だったのに!

 ……ねぇ、筋肉少女帯と岡崎京子と村上龍と丸尾末広と「ねこぢる」を好きな同級生の女子と知り合う確率ってどのくらいあると思いますか?

 え、ほぼ0%じゃないですか?

 うん、ほぼ0%だと思います。

 天文学的な確率。

 え? ってことは、なんですか?

 え、この出会いって──。


『運命』


 じゃないですか?

 そう、運命。

 運命で結ばれてるんです、ボクと彼女は。

 え、でも、ボクじゃなくて相方と付き合ってる?

 え、しかも同棲まで?

 え、しかも彼女の方から相方に猛アタックして付き合って。

 え、しかも大阪まで一方的にくっついてきた?

 は? それってどういうこと?

 え、いや、それってどういうこと?

 え、え、それってれてれて……うぼばがががっぐあわゎからんらら!

 あぁ、レティクル座の我が神よ!

 ノゾミ・カナエ・タマエ、ノゾミ・カナエ・タマエ!

 マジで・目・覚ましたまえ! まえまえまえまえ!

 喝ァーーーーーーーーーーッ!


 はぁ……はぁ……。


 すみません、ちょっと取り乱しました。


 とにかく彼女は、本当にセンスよくて。

 おしゃれで。

 イカれてて。

 人格破綻してて。

 上機嫌か不機嫌かの二択しかない人間で。

 足し算が出来なくて。

 感覚だけで生きてる子なんです。

 こないだなんか、いきなり頭を丸坊主にしてましたからね。

 ほんとに大槻ケンヂさんの作詞された『香菜』じゃないけど「ボクが君の頭よくしてあげよう」って感じの子なんです。


 と、まぁ、そんな感じで。

 相方と。

 相方の同棲相手の彼女と。

 ボクの三人で。

 この大阪の西成という土地でお笑い芸人になることを夢見てネタ作りや漫才の練習に励んでいる真っ最中なんです。

 夢見てっていうか、まぁ、芸人になること自体はもう確定してるんですけどね。

 だって、ぶっちゃけめっちゃ面白いんで、ボクら。

 売れないわけがないっていうか、売れるの確定してますからね(笑)。

 だから、すぐに大槻ケンヂさんにもお会いする機会があると思いますよ。

 ってことで、会ったら言いますね。


「あの時のファンレターを送ったのはボクです」


 って。

 そういうわけなんで、まぁ待っていてください!

 すぐに会いに行きます!

 ってことで、チャオッ!


   筋肉少女帯と大槻ケンヂさんに人生を変えられた男(今は名を明かしません……フフフフフ……)より。



 ────────────



 い、以上……が……ボクが当時、大槻ケンヂさんに送ったファンレターを思い出しながら書き起こした内容……で……す……。


 うぼぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!


 はず、はず……恥ずかしぃぃぃぃぃぃ!


 痛いが過ぎる!

 勘違いが過ぎる!


「好きな子が相方に首ったけなことを、なんの面識もない大槻ケンヂのファンレターに書いて送ってる」


 そんな奴モテなくて当然だわ~~~~~! 

 つれぇ!

 今思い出してもつれぇよ!

 胸がシクシクいてぇ!


 そもそも、これファンレターのていをなしてないからね!

 ただ自分のモテなさを書いて送りつけてるだけ!

 しかも相手に「売れて、すぐに会いに行く」とか言ってるし!

 しかも名無しで!

 相手に対するリスペクト、皆無!

 ノーリスペクト! 過去のオレ!

 死ね!

 お願い死んで~! 当時の自分~っ!

 お願いだから『筋肉少女帯と大槻ケンヂさんに人生を変えられた男(今は名を明かしません……フフフフフ……)』さん、死んで~~~~~!


 ハァハァ……。


 このファンレターの文面……あまりに書くのツラすぎて、二週間かけて血を吐きながらチマチマと一行ずつ書いていきました……。


 どうか……。

 どうかこのクソ思い上がってたクソバカ失礼な若き日の自分を、この『黒歴史放出祭』で清め払いたまえ~~~~~!

 ……いや、ほんとに……うん……うぼぇ……(嗚咽)。

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