第6話 超越存在の修羅場
1つ。お湯が沸いている。やかんが高い音を立てている。勢いからして、3分で水が空になる。止めたい。
2つ。台所に急須を置いてきてしまった。湯と茶葉が入っている。出し過ぎてしまう。これも早急に対処したい。
そして……絶望の、3つ目。
(これは、ダメでしょう。むりです)
「なぜあなたがここにいるのです、古き方。先にわたくしに話をさせなさい」
今日は布地多めの幼女……ではなく、小柄な女性。アースクエイク。
「私が幸太郎の家にいて、お前に何の不都合がある。大使。両論聞かせればよかろう」
むしろ肩と胸元を大胆に出し、体のラインを強調した服の乙女。タイフーン。
「二人とも、ボクのお昼寝の邪魔をしないでほしいなぁ。ちゃっちゃとやっちゃおうよぅ」
幸太郎のふとももに頭を乗せ、不満げな様子の少女。メテオストライク。
(こえがこわい。むり。ここにいたら3分しないうちに蒸発する)
幸太郎は3分以内に、この修羅場からなんとしても逃げ出したかった。
(おうちかえりたい)
もちろん、ここが彼の家である。
ただし。
極悪宇宙人、太古の怪獣、伝説の竜に支配されている。
――――15秒経過。残り2分45秒。
宇宙人に刺され、復活した幸太郎。
その後三人に引きずられるようにして、ボロアパートの彼の部屋にやってきた。
――――修羅場第二ラウンド、開始である。
「そもそもなぜ当然のように膝枕キめておる、トカゲ」
「なにさ台風。枕はだめなのー? じゃあこうする」
メテオストライクは、胡坐をかいて座っている幸太郎の正面に、すぽっとおさまった。
少し固めの赤い髪が、彼のあごや首筋を刺激する。
「よりダメではないか」
「なにが不満なのさー。これならどうだ」
竜は後ろを向き、幸太郎の上半身に抱き着く。
腕を首に、脚を腰に回してがっちりと掴んだ。
彼女はサイズの合わないTシャツとスウェットだけを纏っており、様々な柔らかさが幸太郎を刺激した。
「ハレンチですッ!! 降りなさい、駄竜!!」
「え~? こーたろーはいやがってないし。地震ちゃんもおいで?」
「ブモーーーーーーーーーーーーーー!!」
アースクエイクが、ご近所迷惑間違いなしな音量で悲鳴を上げる。
首筋から耳まで真っ赤になった彼女は、頭を振り乱して何度もちゃぶ台に打ち付けた。
(俺のちゃぶ台、割れそう……)
幸太郎はもう煩悩とかが臨界に達していて、余裕がない。
彼は、みしみし音を立てるちゃぶ台くらいにしか、意識が向いていなかった。
――――30秒経過。残り2分30秒。
「あー……幸太郎。先の話は、考えてくれたか?」
「あ、
話と言われても、修羅場続きで緊張しきりの幸太郎は何も思い出せない。
というか一度死んだ影響で、少々記憶が飛んでいた。
「良い良い。うい奴め」
タイフーンは目を細めて口角を上げ、じっと幸太郎を見つめた。
合コンの時とまったく雰囲気が違う彼女に、幸太郎は。
(なにこれたまんない。イイ……)
のぼせ上っていた。
だから……彼の表情を見て頬を膨らませるメテオストライクの動きに、気づかなかった。
「あむ」
「ひゃい!」
首筋にねっとりと甘噛みされ、幸太郎はあぐらのまま……2cmほど浮かび、制止した。
その瞳が、じっと虚空を見つめ。
彼の脳裏は。
(
その心の、魂の煩悩がすぅーっと払われていく。
幸太郎は、寺生まれだった。
「幸太郎……もう一度説明するが、良いかの?」
「
「あ、ああ」「こーたろ、おもしろい……はむ」
耳たぶを口に含まれ、幸太郎の体がさらに1cm浮かんだ。
メテオストライクは陶然とした様子で、最初は引いていたタイフーンもその頬を楽しげに歪ませる。
もう一人は。
「ブモッ! ブモーーーーーーーーーーーーーー!!」
咆哮を上げながら、引き続きちゃぶ台にヘッドバンキングをキメていた。
だが幸太郎が無我の境地に入ったので、誰も聞いていないし、ちゃぶ台の行く末も案じられていなかった。
――――60秒経過。残り2分00秒。
「では説明するが――――」「ハイッ!」
「というわけでこう――――」「ハイッ! ハイッ!」
「――――となる。どうだ?」「ハイィィィィィィ!」
頭の中で経を唱え続けながら、幸太郎は気合いの入った応答を返し続けた。
タイフーンとメテオストライクが、顔を見合わせる。
「こーたろ、ちゃんと聞いて理解はしてるみたい」
「ならばよし。同意と見るが、よいな? 幸太郎」
「
幸太郎の言動はだいぶおかしかったが、会話は成立した。
「ではゆくか。トカゲ、そちらを持て」
「はいはい。じゃあねこーたろ。すぐ戻ってくるけど」
メテオストライクが幸太郎の組んだ脚から降りると、彼はふわりと浮かび上がった。
そのまま天井付近まで上り、漂う。
頭がごつごつと天井の板にぶつかり、天井裏に溜まった埃が部屋に降り注いだ。
そして幸か不幸か、今日のアースクエイクは髪を
結び目の根元を左右からがしっと掴まれ、玄関に引きずられていく。
「ブモーーーーーーーーーーーーーー!?」
売られていく牛のような悲鳴が、徐々に遠くなる。
扉が閉まり。
部屋が一気に……静かになった。
――――120秒経過。残り1分00秒。
セミの声が外から、扇風機の音が内から、少しずつ響いている。
「はっ!?」
天井に当たり続け、埃が砂のように頭や肩に積もった幸太郎が……ようやく正気を取り戻した。
「ぐべぇ!?」
彼は床に落下し、畳に全身を強く打ち付けた。
強めの振動が、ボロアパートに広がる。
「つぅ――――あっれ? 俺いったい…………ああ!?
ちゃぶ台が粉々になってる!!」
知らぬ間に起きた惨劇に、幸太郎は混乱した。
「念入りに砕かれている……いったい誰がこんなむごいことを」
彼は悲壮な顔をし、元ちゃぶ台の粉を掬い上げて呟いた。
マッハ5000で動く牛を放った女を前に、ちゃぶ台はかなり頑張ったほうである。
「と、いけない」
彼は高い音を立てるやかんに気づき、コンロの火を止めようとした。
だが。
「あれ? 消えた。なんでだろう」
ガスの火が幸太郎の目の前で、ふっと勝手に消えた。
やかんが徐々に、静かになる。
「おっと、お茶も出しすぎちゃったな。
……お茶??」
彼は麦茶派だ。冬でも煮だした麦茶を愛飲している。
煎茶を入れたということは。
「そういえばだれか来て、大事な話をしてった、ような……」
客がいた、ということ。
だが幸太郎はいくら考えても、何があったのかさっぱり思い出せなかった。
――――175秒経過。残り5秒。
「というかこう、もっと大事な、めちゃくちゃやわらかい何かが……」
――――4。
「……あれ? なんだこの振動。地震?」
幸太郎の足元が、アパートが小刻みに揺れる。
――――3。
「あ、ちょ、でかい、結構揺れが、ほんとに地震か!? ちゃぶ台ないよどこに隠れれば!!」
揺れが強くなり、そのちゃぶ台の粉が舞い散る。
――――2。
「ちょ、ちょ、そうじゃないドア! 入り口開けとかないと!」
幸太郎は必死に走り、玄関のドアノブに手をかけた。
――――1。
扉を開けた、彼の目の前に。
何か巨大な――――ローラーのようなものが、迫っていた。
「は?」
――――0。
「ぎゃあああああああああ!!」
3分ぎりぎりでローラーに巻き込まれた彼は……なんとか一命をとりとめた。
それは強引なアパート改装に反対していたアースクエイクを、早く正気に戻すことであった。
賛成派のメテオストライクの工作により、牛娘は何の抵抗もできず……幸太郎の住居の運命は、潰えた。
大家にも、他の住人にもとっくに根回し済みで――――知らなかったのは、幸太郎だけである。
何も知らない彼の住居が、生まれ変わるまで。
あと、3日。
またしても何も知らない光の巨人・幸太郎~地球追放されたのでもうやけくそ!自重を辞めて超能力全開!……なんで俺、怪獣や宇宙人にモテてんの?~ れとると @Pouch
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