第5話 超人の死
それは――――
「なんだっけ?」
――――彼は何も、思い出せなかった。
やらなければならないことが3つ、あったはずなのだ。
3分以内に、それを果たさなければならないのだ。
だがいくら考えても、それが何なのかわからない。
「というかここ、どこ……」
足首までが、赤い液体に浸かっている。
川というより、浅い海のようだった。水面が静かに、揺れている。
それは遠い彼方まで続いていて、しかも……空まで赤い。
水平線の見分けが、まったくつかなかった。
「……なんだあれ」
見上げると、太陽……らしきものが、あった。
白い、輪。
お日様にしては、真ん中が開いていて、そこもまた赤い。
「みおぼえ、ある、ような……?」
赤い水面が揺れる。ひどく落ち着く、音がする。
何か自分から、流れ出していくような、気がする。
彼はなんだか急に、液体の中に座り込みたくなった。
『ダメです!』
すごいボリュームで、音が響いた。水面が大きく波立つ。
だが彼は、その音が非常に心地よい……鈴の鳴るような声だと理解した。
彼は声のした上の方、白い輪の向こうを見上げた。
ぼんやりと何かが、映っている。
白い輪の向こうに、青い空があった。
そして空との間に、三つの、影。
人のようだが、顔がよく、見えない。
『
『それはどういう意味でだ? 大使』
『古き方! 今はそんなことを言っている場合では!』
『そーだ。はやくしないとこーたろー、しんじゃう』
『わかっておるわ、トカゲめ』
『トカゲじゃなーい! ボクは! ド・ラ・ゴ・ン!』
『お二人とも、今はそれよりも!』
三つの声と、それぞれの言葉。
それがそよ風のように、彼の心に浸透してくる。
だが不思議と……何も、波立たなかった。
(しぬ? 誰が?)
三人が誰のことを話しているのか。
彼にはわからなかった。
完全に他人事で、興味が向かない。
なぜなら。
(みなみ……? こうたろう? だれ、だろう)
彼には、それが誰なのか……わからなくなっていた。
知り合いのような、気がする。
だが、思い出せない。
『とにかく、続けましょう!』
三人は何かを、話し合いながらやっているようだ。
目的が、あるらしい。
『傷口は塞いだ。霊薬をどばどばぶち込んだしな』
『ボクの魔法も効いてる。魂は戻ってきてるよ』
『わたくしだってあらゆる再生処置をいたしました! なのに!』
何かのトラブルがあって、誰かが死にそうになっている。
どうにかして、その人物をよみがえらせたい、ようだ。
『なぜ目を覚まさないんです!?』
彼は……ねむたくなってきた。
(やすみ、たいな。久しぶりに、よく眠れそう、なんだ)
彼はよろめき、腰を下ろした。
少し、体が赤い水に、浸かる。
――――心地よい。
(いつも、寝ても……全然眠れて、ないから。
何かが起きないかって、ずっと、気になってて。
たくさんの音が、聴こえて。
たくさんのものが、見えて)
彼は、天を見上げる。
三人はかなりの音量で、話し続けている。
けれども――――彼にとっては、とても静かなものだった。
世界中の音を聞き、宇宙中の危機を目にし続けるのに、比べれば。
ここは静寂そのもの、だった。
仰向けに寝転んで、大の字に手足を広げる。
耳の後ろを、赤い水がくすぐる。
心が、安らいでいく。
白い輪の向こうが、徐々にはっきりと見えてくる。
三人の、女性。
彼の覚えていない、女たち。
(かわいいな。それに……やさしいひとたちだ。
声がとても、温かい。
救われる)
彼の瞳から。
赤い液体が、流れ出た。
それは大地に広がるものよりも……ほんの少し、濃くて。
(この子たちの声だけ、聞いていたい)
水面から上げた右手を、空に向かって伸ばす。
手から赤い液体が滴り、しかしすぐに乾く。
瞳からもう一滴……赤い涙が流れる。
(彼女たちだけ、見ていたい)
左手も、上がる。
指を開き、両腕が何かを掴もうと、目いっぱい伸ばされる。
両の目から、また血が一滴頬を伝って、落ちた。
彼の力の源が。
奇跡の源泉が。
赤い水の世界に、静かに染み渡る。
(君たちと、一緒に、いたい)
――――その手が。
確かに何かを。
掴んだ。
「俺はまだ! 死にたくない!!」
――――180秒経過。残り時間、0秒。さぁ、行きなさい。幸太郎。
アースクエイク、タイフーン、メテオストライク。
天災の名を冠した彼女たちに、笑顔を取り戻すことだった。
彼がもし蘇らなければ……悲嘆にくれた三人は、この世の地獄を作り出したであろう。
少し離れたところで、その煉獄を一足先に味わった宇宙人が痙攣している。
そいつはかつて幸太郎に撃退され、復讐の機会をうかがっていた宇宙人だ。
先ごろ偶然にも、隙だらけの幸太郎を目にし……後ろから、刺した。
メテオストライクと外に出たところで、残り二人に出くわし、猛然と修羅場っていた幸太郎はそちらに気を取られており。
心臓を抉られ、絶命した。
幸太郎が絶対の無敵を誇るのは、
本当は刺されれば死ぬし、実はそんなに強くはない。
美人には弱いし、人情にはもろいし、お金と美味しいものには目が眩む。
そんな普通の、人間なのだ。
だが。
「こーたろー!」
幸太郎は、隕石を名乗る
――――異世界との狭間に囚われていた彼女は、その三分間で孤独から救われた。
「ふふ。合コンのときより、ずいぶん男前ではないか」
艶やかに笑う美女は……しかし目元が優しく細められている。
――――暗い刺激と暗闘に沈んでいた彼女は、その三分間に光り輝く太陽を見た。
「…………ずいぶんおモテになるのですね。
呆れたように、少しむくれて小さな女性が言う。だがその表情は、とてもほっとしたものだった。
――――闘争を義務付けられていた彼女は、その三分間ですべての価値観を覆された。
笑顔の彼女たちに囲まれる、
またしても。
何も、知らない。
彼が、地震と台風と隕石との日々を過ごすことになるまで。
もう、間もなく。
――――――――――――――――
お読みいただき、本当にありがとうございます。
こんなところで非常に申し訳ないのですが、以降不定期更新とさせていただきます。
次話(6話)上がっているのですが、それ以降のストックと書き出しの余力がございません。
ただ短話形式ですし、思いついたときにぼちぼちと投稿させていただきます。
#状況がわかりにくいので、次回の前に三人のうち誰かの視点の閑話を挟むかもしれません。
<次回予告>
【悲報】修羅場続行のお知らせ。
一波乱あった後、アパートに戻ってきた4人は『話し合い』を始める。
幸太郎の不思議な力は、地震・台風・隕石をなだめることができるのか!?
次回、第六話「超越存在の修羅場」
――――幸太郎は3分後、生き延びることができるのか……。
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