第3話 戦慄の怪獣合コン

 幼女にいかがわしいことをした疑いで、一晩こってり絞られた幸太郎。


 彼はその晩、悪友・春日かすが 信比古のぶひこに呼び出され――――



「大変だったって聞いたぜ? 幸太郎。気晴らしにもなるし、もっと飲めよ」


「ああ」


「お前のためにセッティングしてやったんだからさぁ。楽しもうぜ?」


「……ありがとう信比古のぶひこ



 合コンに参加していた。


 だがグラスを傾ける彼は、とても気晴らしできるような気分では、なかった。



(なんてことだ。許せない!)



 皆美みなみ 幸太郎こうたろうには三分以内にやらなければならないことがあった。


 1つ。酒を飲み過ぎた。限界が来る前にスマートにトイレに行って、適度に戻してこなければならない。


 2つ。ちょっとしたゲームの最中で、次が幸太郎の番だった。気の利いたアクションを考えておく必要がある。



 そして絶対やらなければならないのが、3つ目。



(あいつ! 信比古のぶひこが連れてきたらしいが、飲み物に薬を混ぜやがった!)



 幸太郎が呼ばれた合コン。男性側四人のうち、二人は幸太郎の友達……悪友だった。


 最後の一人のチャラチャラしたやつが、女性たちが化粧直しに席を立った隙に、飲み物に何かを落としたのである。



(彼女たちは合コン作戦会議と見た! 戻ってくるまでの予測時間、3分!


 それまでにどうにか秘密裏に、この飲み物を始末せねばならない!)



 幸太郎はグラスを睨み、密かに拳を握り締める。



(俺がふざけたフリして飲むのは、ダメ! 明らかに肝臓許容量を超える!


 俺の尊厳と! 彼女の貞操! 両方守らなくてはならない!!)



 そしてキリッとしていた顔を、だらしなく緩ませた。



(俺がんばったら、ちょっとこう優しくしてもらえたり、しないかなぁ。


 ふうちゃんかぁ。ふわっとした感じで、太ももがとってもやわらかそう……ウェヒヒ)



 だが幸太郎は酔って――――正常な判断ができなくなっていた。


 ついでに割と好みの女性がピンチとあって、もういろいろと妄想がほとばしっていた。


 幸太郎はロリコンだったが、それ以上に重度の童貞である。美人に対する防御力は0だった。



「しっかし今回すげぇじゃん、信比古のぶひこ。みんななんてーかこう……モンスター級にかわいい!」


「なんだそれ。まなぶ、ほめてんの?」


「褒めてるに決まってるっしょ! ねぇビルさん!」



 悪友たちが、チャラ男を見ている。ビルと名乗ったその男は、気障に笑い。



「どーかん。俺も声は掛けたけどさ、来てくれるなんて思ってもみなかったよ」


「え、みんな学生だって言ってたけど、実はいいとこの子?」


「ここだけの話……割とお姫様なんだぜ?」



 酔った悪友二人は、うひょー!とか声を上げて盛り上がっている。


 幸太郎も気分はかなり上がったが、ノリはだいぶ違った。



(そんな人たちなら! なおのことこの俺が! 守らねば!


 ……ってあれ? 信比古のぶひこの知り合いの子たちじゃなかったのか、今回)



 別のことが気になりだした幸太郎の意識が、反れる。


 その時。



 床が、かなり大きく揺れた。


 グラスがいくつか倒れる。問題の飲み物は……幸か不幸か、無事だったが。



「地震!?」「違う、怪獣だ!!」



 誰かが叫ぶ声が、店に木霊する。



(はぁ? こんなときに!? なら手早く片付けないと!)



 やることが増えた幸太郎だったが、そこに迷いはなかった。


 席を立ち、外に向かう。



「幸太郎!?」


信比古のぶひこ、俺もトイレだ!」


「は? そっち外……おい、幸太郎!」



 悪友の声を背に、彼は駆けだす。


 胃からせり上がるものを感じながらも、人気ひとけのない路地に入り込んだ。



(くそ、確かに怪獣だ!)



 夜の街、狭い路地から見上げる空の向こう。


 両腕が鋭い鎌になっている、やや細身の怪獣が遠くに見えた。


 地上を見下ろしながら、威嚇いかくするように奇声を上げている。



「いくぞ!」



 幸太郎はジャケットの内ポケットから、ペンライトのようなものを取り出した。


 その筒を掲げ、真ん中あたりにあるスイッチを押す。


 すると筒から無数の細い触手が伸び、彼の腕を突き刺した。



 すごい勢いで血が吸い上げられ、筒の上から噴き出す。


 血霧が広がり――――それが徐々に、実体を持っていった。



『エヤアアアアアアアアア!!』



 彼方の光の星から来た赤き巨人が、人や建物を踏まぬよう、注意深く夜の街に舞い降りた。


 全身は紅に染まり、胸には輝かんばかりの、光輪のような模様。



「あれは!」「レッドサンだ!」「がんばれー!」



 彼の超常的な感覚が、声援をキャッチした。


 そう、彼は『レッドサン』と呼ばれていた。


 ひねりの無い命名だが、彼の好きなコミックのヒーローを思わせて……幸太郎はその名を、気に入っていた。



S56エスゴーロク銀河系の、光の御子みこ。その一人……レッドサン、とそう呼ばれているらしいな』



 鎌を持った怪獣の影から、やや背丈の低い巨人が現れた。



(宇宙人! 何が狙いだ……怪獣を操っているのか?)



『その力、試させてもらおう。ゆけ!』



 命じられ、鎌の怪獣が切り込んで来る。


 幸太郎はすかさず光輪を作り出し、投げた。


 だが。



(んな!?)



 鎌が振るわれ、光の輪は折り砕かれた。


 そして怪獣のもう一本の鎌が、まだ少し遠い間合いで振り下ろされる。



『グアアアアアアア!?』



 不可視の斬撃により、幸太郎の巨体が肩口からばっさりと切られた。


 彼はよろけ、前のめりになる。


 力を失い、踏み込んできた怪獣にもたれかかった。



『なんと一撃。これは弱すぎる……』


(うるせぇ! こんな素直な怪獣なら、負けやしねぇんだよ!!)



 幸太郎は無事な方の腕で、怪獣に抱き着いた。


 彼の全身から、血霧が吹き出し――――燃え盛る。



『ヘアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


『なに!?』



 紅の炎が天を衝く。


 その超高温の中で、巨人と怪獣の体が融け、蒸発していった。



 炎が天に昇り、消える。


 後には何も、残っていない。



『自爆、だと。なんという……』


『ヘア!』



 呟く宇宙人の頬に、高空から急降下してきた巨人の跳び蹴りが炸裂した。



『グハァッ! まさか!』



 体を即座に再生させた紅の太陽レッドサンが、宇宙人の前に立ちふさがる。



『…………これは興味深い。今日のところは、失礼させていただきましょう。


 フンッ!』



 宇宙人が、地面に何かを投げつける。


 閃光が広がり――――夜の暗さが戻った頃には、敵の姿は掻き消えていた。



(逃げられた、か……じゃない! 俺は急がないといけないんだよ!)






 ――――175秒経過。残り5秒。



「すまん、遅くなった!」



 幸太郎が店に入り、素早く席まで戻る。



 ――――4。



「何やってんだよ幸太郎。ビルさんも急にいなくなるしさぁ」



 悪友の声が耳に入らない。幸太郎の顔が青くなる。



 ――――3。



「俺は戻ってきたからいいっしょ? さ、また飲も飲も」



 幸太郎の目の前の席で、女性が飲み物に口をつけようとしていた。



 ――――2。



「まだ飲むのビルさん、強いねぇ」



 幸太郎の瞳が静かに光る。彼女のグラスには、確かに薬物が入っていた。



(ダメだ、もうこれしかない!)



 ――――1。



「なんとかしろビーム!!!!」



 幸太郎は急に叫び出した。彼の瞳から――――不可視の光線が放たれる。



 ――――0。



「「「「「「はい?」」」」」」



 液体が飲み下され、ふうと名乗った女性の、喉が鳴る。


 固唾を呑んで見守る、幸太郎。


 そんな彼の瞳を――――美女が妖しく、見返した。








 皆美みなみ 幸太郎こうたろうには三分以内にやらなければならないことが、たった一つだけあった。


 それは冷静になることだ。酔いを醒まし、超能力を駆使し、この合コンが何だったのかを知らなければならなかった。


 ビルと名乗った男と、ふうと名乗った女、そして残りの三人が、いったいどこの誰なのかを知るべきだった。



 4人の女性は、誰もいなくなった先ほどの店でめいめいに過ごしている。


 ビルがテーブルにグラスをことり、と置いた。


 そして錠剤を一つ、加える。



 グラスの中身は、有機物を溶かし尽くす危険な液体になった。



 ふうはそれを、一気に飲み干す。


 見たところ、彼女の体には何の変化もない。


 だがその内部では、体の破壊と……再生が盛んに行われていた。



「いかがでしたか、姫様」


「予想以上だったわ。レッドサン――――皆美みなみ 幸太郎こうたろう


 私が直々に進める。お前には仕事を任せる」


「はっ」


「私のに付き合わせて、悪かったわね。今日は休みなさい」


「いえ、楽しまれたようで何よりです……宇宙人ごっこ」



 ビルが腰を折り曲げ、深く礼をした。


 女が艶やかに笑う。



「この私を難なく殺し尽くし、なおかつ自身にはなんの痛痒もない。


 ふふ。不滅のタイフーン、その当主たる私が形無しだわ」



 彼女……彼女たちは怪獣、あるいは怪人と呼ばれる存在だった。


 地球に古くから棲む、超常の者たちである。


 ビルを含め皆、宇宙由来ではない。



「ずいぶんあの男が気に入ったのですね? 姫様」


「何がよかったんです? 平凡な男でしたが」


「そんなことはない。最高に刺激的だったわ」



 同胞たちから視線を外し、彼女は空になったグラスを眺める。


 幸太郎は、薬を無害化した……わけではない。


 文字通り、、のだ。



 ふうが刺激を得るために飲んでいる代物を――――彼女にとって、極上の一杯に、変えた。



(お前は私のものだ、幸太郎。宇宙人などに、渡すものか)



 誰からも見られていない一瞬、女の瞳が妖しく輝く。



(必ず私が、手に入れる――――待っていろ、私の太陽)





 何も知らない幸太郎が、とんでもない修羅場を迎えるまで。


 あと、二日。

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