第2話 宇宙人のお礼参り

(地球の科学力こっわ)



 あの後。


 爆発した地球は、何事もなかったかのように復元された。


 人々は普通に宇宙から帰ってきて、母星が一度爆発したことなど忘れたかのように暮らしている。



(いや、今はそれよりも、だ)



 彼は恐るべき危機を迎え、思考が明後日に向いていたが……迫る現実に、イヤイヤ目を向けた。



 皆美みなみ 幸太郎こうたろうには、三分以内にやらなければならないことがあった。


 1つ。電子レンジを、止めることだ。つい「あたため」を押してしまったが、冷凍食品は適切な時間加熱するのが寛容だ。早く再設定せねばならない。


 2つ。追加の冷凍食品を出してしまったが、思ったより量が多い。戻すならすぐ冷凍庫に入れなければ、水気が出て味が落ちてしまう。



 そして大事な……3つ目。


 玄関に、可憐な幼女が立っていた。


 この小さな訪問者によって、幸太郎は大変な危機を迎えていた。



(ピンポンされてつい、家に招き入れてしまった!


 近くの交番からここまで約2分!


 ご近所に見られていたら、お巡りさんがくるまで約3分!


 それまでに――――)



「どうかしたのですか?」


「あ、いえ……」



 鈴の鳴るような声につい心地よくなり、幸太郎は生唾を飲み込んだ。



(この俺の好みドストライクな幼女を、傷つけず! 穏便に送り返し!


 なおかつ連絡先を聞いておかねばならない!


 そうしなければ、俺は社会的に! 死ぬ!)



 幸太郎はどうかしていた。連絡先はどう考えても必要なかった。


 彼は紳士ぶっているが童貞なだけで、ロリコンで変態である。


 少々危ういくらいに布地面積が少ない好みの幼女に押し入られ、もういろいろと限界だった。



(そもそも、なんでこんな可愛い子がうちに来た? ご近所の子じゃないぞ?


 サイドテールめっちゃかわいい……華奢で……あれ? 思ったよりも凹凸がある気が。


 まさか! こう見えてそれなりのお年!? 幼女じゃない!)



 幸太郎は急に頭を抱えだし、もがき、苦しみ、そして……



「それはそれで!」



 開き直った。


 彼の中で、新たな扉が開かれた。



「はい?」


「ああ、いえ……」



 幸太郎は完全にどうかしていた。


 かつてないピンチを迎えていた。



(それはそれとしてこれ……どうすればいいんだ?)



 女性との接触など、家族を除けば僅かなご近所さんとだけ。


 突然押しかけてきた美しい異性への対処法など、知るはずもない。


 彼は冷や汗をかき、目は泳ぎ、体は細かに震え……とても挙動不審だった。



 そして一方の幼女……小柄な女性はそんな幸太郎を見て、丁寧に頭を下げた。



「突然押しかけてしまって、申し訳ありません。


 わたくし、先日お世話になったものです」


「…………はい?」



 幸太郎は混乱した。



(いやいや……お世話って、なに。知らない子でしょ……)



 彼は人づきあいが得意な方ではない。


 気にかけてくれるご近所さんたちや悪友はいるが、交友関係は狭かった。


 幸太郎は弱く首を振ってから、問いかける。



「しょたいめん……では?」


「あ、はい。お会いするのは初めてです。


 わたくし、宇宙から来まして」


「はぁ?」



 幸太郎は光の巨人……ヒーローとして、地球を狙ってくる怪獣や宇宙人と戦っていた。


 だが、直接このように宇宙人と対峙したことはない。


 真偽のほどがさっぱりわからず、彼はさらに惑った。



「わたくし、先日あなたが倒したバッファローの群れを放った――――宇宙人、です」



 幸太郎の脳裏に、電撃が走った。



(あのやけくそみたいな怪獣どもを!? この子が!?)



 彼女は何やらいろいろ話している。


 やれ「強さだけがすべてだと教わったが、それ以上の力で覆されて目が覚めた」だの。


 やれ「こんな尊い人を失わせてはならないと、方々手を尽くした」だの。



 だが嫌な予感が掠めた幸太郎の脳は全力稼働しており、耳から入った内容はすべて反対から抜けていた。



(…………はっ!)



 そして唐突に、彼は理解した。



(つまりこれは、! 俺ピンチ!!)



 幸太郎は、宇宙人が報復に来たのだと……そう理解した。



 先に言っておくが。


 誤解である。



「実は、講和のじょうけ……」


「何かすごい宇宙人撃退ビーム!!!!」



 彼女の話に割り込み、幸太郎は叫んだ。


 彼は自重せずに力を全開、素早く腕を十字に交差し、自分でもよくわからない光線を放った。


 避ける間もなく、目の前の女性に直撃する。



「ふわああああああああああああああ!!!!」



 彼女は高くいななくように声を上げ、がくがくと身を震わせた。


 不思議な桃色の光に包まれ、痙攣し続ける。



(やったか!?)



 ヤった。彼の思う効果とは違うが。



「こ、これは……」



 玄関ドアにもたれかかる彼女は、頬を赤らめ、瞳を潤ませ、強く股を締めながら膝を震わせている。


 そしてノブを回し、扉を開けた。



「あなた様の想い、確かに受け取りましたわ……後日、改めて伺います」



 扉が静かに閉まる。



「お……おぉ?」



 緊張がどっと抜け……幸太郎は顔が緩んだ。



(や、やったのか……無事にやり過ごせたんだな!?)



 無事ではないが、その通りである。問題は先送りにされた。



 ――――50秒経過。残り2分10秒。



 へたり込む彼の耳に、いくつもの音が飛び込んできた。


 けたたましいセミの鳴き声、ご近所さんと思しき声、そしてブーンという低い音。



「いっけね、レンジ!」



 彼はまず電子レンジを止めた。


 余分に出しておいた冷凍ピラフを冷凍庫にしまう。



 ――――60秒経過。残り2分00秒。



 レンジから皿を取り出し、状態をチェック。


 とっておいた冷凍食品の袋の裏を確認し、残り温め時間を考える。


 そして改めてレンジを操作し、冷凍ピラフを温めにかかった。



(1分45秒でいいな、と。…………なんか外が騒がしいな? ご近所トラブルかな?)



 騒ぐような声が、遠くからする。


 超能力を使えば、光の巨人たる彼は内容を知ることができただろう。


 だが幸太郎は紳士を気取る童貞。ご近所プライバシーには配慮するのだ。



 …………それが仇となるわけだが。



 ――――70秒経過。残り1分50秒。



「ふいー。あっついし、扇風機もつけるかぁ。


 涼しくして、辛みの効いたピラフを一気食い!


 おビール様も欲しいけど、高いんだよねぇ」



 涼みながら、だらだらと待つ。



「あ、いっけね! 連絡先聞き忘れた……でもいいか。


 後日って言ってたし、また会えるでしょ。


 会えるのかぁ……ぐへへ」



 彼の頭からは、自分が大混乱してとんでもない撃退をしたことは抜け落ちていた。


 幸太郎はだらしなく頬を緩めながら、安く古いテレビをつけた。


 CMを眺めているとあっという間に時間が経ち、甲高い音が鳴った。



 ――――175秒経過。残り5秒。



「ピラフ完成!っと。腹減ったぁ。ん? なんだろ」



 電子レンジに手を掛けたところで、外の道に車が来たような音がした。



 ――――4。



「大家さんのお孫さんかなぁ。この辺駐禁切られないからって、またぁ」



 ――――3。



「あれ、なんか……また誰か来る? 階段上がってきてる」



 ――――2。



「え。チャイムまた鳴った? なに? え?」



 ――――1。



「はーい、どちら様」



 ――――0。



「そこの交番の者ですが。ちょっとお話を聞かせてください」


「…………はい?」



 幸太郎、社会的死の危機である。









 皆美みなみ 幸太郎こうたろうには三分以内にやらなければならないことが、たった一つだけあった。


 それは先ほどの女性にご挨拶し、招き入れ、きちんと話しをすることである。


 そうしていたら彼女は役目を終え、おとなしく母星に帰ったであろう。



 どう見ても様子がおかしい彼女を保護したご近所さんに、通報されることなどなかったはずである。







 そして翌日、幸太郎は。


 やっと疑いが晴れ、家に帰ってきてテレビをつけたとき。



『滞在を延長されるとのことですが、アースクエイク大使。何かご予定が?』


『私事ですが、触れぬわけにもいきませんね。


 …………お慕いしている方が、いるのです』


『そ! その方は、いったい』『一般の方ですか!?』


皆美みなみ様と仰る、素敵な人で――――』



 そのように述べる、見覚えのある好みの幼女を目にすることとなった。



「――――はい?」



 何も知らない彼が、墓場に入れられるまで。


 あと、三日。

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