君が対峙してくれる限り
惟風
君が対峙してくれる限り
深田には三分以内にやらなければならないことがあった。この家から避難することだ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが近づいてきているのだ。さっきからバッファローアラートがスマホから鳴り響いている。
先週の週間バッファロー予報では襲来は明日のはずだったのに。深田はため息をつきながらアラートを切った。
全く、何もかもイライラする。
暴走し破壊しつくすだけのバッファローの群れも、精度の悪い政府の予報も。
適齢期を理由に結婚を迫ってくる女も。
深田は
感傷に浸っている間にも、時は無常にも過ぎていた。
玄関を出ると、西の方から土煙が迫ってきていた。周辺の住民は既に避難しているようで
駆け出そうとしたところで、ポケットのスマホに着信があった。
今まさに接近しつつあるバッファローを率いるバッファロー
王君は深田のかつての学友であった。ケンカでも学業成績でもしのぎを削った。
『見えているぞ』
元来バッファローの視力は悪いが、王君は先月レーシックの手術を受けていた。
見えているなら避けてくれ、と深田がボヤく前に、王君は続けた。
『また逃げるのか。お前はいつもそうやって人生から逃げ続けている。互角のライバルと思っていたのは、どうやら見込み違いだったようだな』
王君には、深田の姿だけでなく痴話喧嘩の果てに起こした凶行までお見通しであった。レーシックのオプションに千里眼がついていた。キャンペーンで半額だった。
こいつは曲がったことが大嫌いな奴だったな、と深田は旧友の方を見た。融通のきかなさがいつも癪に障った。その姿を視認できるほどに大群は迫ってきていた。雄雄しく伸びた黒い角は、後ろに続くどのバッファローよりも輝きを放っている。
深田は避難するのを止め、その場に立って王君を見据えた。見くびられるのは我慢ならないことだった。
「悔しければ、我等を止めてみろ」
スマホはもう必要なかった。王君の野太い声が、群れの足音よりも深く響き渡る。
深田はサーフボードを取り出すと、バッファローの群れに向かって投げ、同時に高く跳び上がった。空中で深田の身体が膨らむ。衣服は裂け、皮膚の色は変わり、みるみるうちに変形していく。
エスケープ・シャークだ!
深田は、あらゆることから逃げ続ける、サメ界の風上にもおけない卑怯なサメだった!
ボードが密集するバッファロー達の背に乗った時には、エスケープ・シャーク――深田は既にボードの上に着地していた。
「貴様……!」
直進しながらも王君は首を曲げて深田を睨みつけた。だが、止まることも方向を変えることもしない。できない。家も道路も壊し、突き進むのみである。
王君の驚愕の表情を見て、深田は笑みを溢した。昔から、王君の鼻を明かすのは何より楽しいことだった。
だが。
「お前からは、逃げないよ」
サーフボードを乗りこなしながら、深田はノコギリ状の歯の隙間からそっと呟いた。
夥しい群れの足音の中、その声が王君の耳に届いたかどうかは、誰も知らない。
君が対峙してくれる限り 惟風 @ifuw
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