第33話・戸谷明日花

 片平の姉夫婦の息子・大河が死んだ。

 大河はYouTuberになりたいと両親に頼み――やらせてみないと諦めない大河の性格を熟知している姉夫婦は、大河に期間限定で専業YouTuberの許可を出した。


 成功したらそれでよし、そうでなければ知り合いの所に就職させてもらうと考えていた。

 もちろん少しばかりのスキルを身につけさせ――普通自動車の免許を取らせ、ペーパードライバーではだめだと、中古の軽自動車を買い与えた。


 その結果が事故死――


「事故死じゃない?」

「そうなの……」


 甥の大河が路上で他の車と衝突して、死亡したと聞いていた片平だったが、姉の元に駆けつけたときには、状況が変わっていた。


 大河が路上で他の車に突っ込まれたのは事実だが、大河自身は車が衝突する前に亡くなっていた。


「相手のドライブレコーダーに、道路のど真ん中で道を塞ぐように停まっている大河の車が映っていたのよ」


 大河の遺体は解剖され――心臓麻痺だと告げられた。


「なにか、とっても怖いものを見たみたいなの……ひどい顔で、どうしても顔が……」


 大河はなにかに驚いたのだろうと言われた。

 その?は分からないが、大河の表情は誇張抜きで一般的な体格の成人男性の拳が入るくらい口が開き、目もこれ以上ないほど大きく見開かれていた。


 恐怖で心臓が止まったのだと言われたら、誰もが納得できる死に顔。


「わたし、幽霊とか信じてないんだけど、心霊スポットで変なものに取り憑かれたのかしら……」


 大河の母親はハンカチで口元を隠して嗚咽を漏らす。


 片平も幽霊は楽しめるが、存在しているとは思っていない。だが大河の死に顔は、その考えを覆すのに充分なほど。


「車の免許なんて、取らせなきゃよかった」


 片平の義理の兄はそう呟いた。


「大河はどこへ向かう途中だったの?」

「例のなごん村だ。たどり着けたかどうかは知らないし、知りたくもないが」


 大河は急な病で車の運転を誤り、そのまま息を引き取ったで落ち着いたのだが、大河の車と衝突して死亡した相手側のは大変なことになっていた。


「軽自動車に六人?」


 大河の車にぶつかった軽自動車には、運転手を含めて男女六名もの成人が乗っていた。


「そうらしい」


 軽自動車の持ち主の親は「そっちが道路を塞ぐように停まっていなければ!」と当初は叫んでいた。姉夫婦もそれはもっともだと思い、頭を下げた。

 息子が病死して悲しくとも事故を誘発したのは事実。衝突した軽自動車に乗っていた成人になったばかりで、まだ成人式を迎えていない四人は、全員死亡した。

 だが車の持ち主の親と、その友人たちの家族は、彼らが知らない男女各一名について尋ねられ、言葉に窮した。


 五十代くらいの中年女性と三十代前後の男性


 突如この二人。


 その調査を行っていると、軽自動車に乗っていた四人のうちの一人も違うのではないかと――


「その子たちも、たごん村を目指していたらしい」

「たごん村かあ。いろいろ聞いてみたけど、誰も知らなかったな。杉沢村なら若い人でも知っていた」


 大河を荼毘に付している間、片平はそうこぼした。


「杉沢村って、あの青森の?」


 火葬場にいた義兄の弟が、驚いたような懐かしいような表情で――


「多分それ」

「驚かせてごめん。じつは昔、アルバイト先に青森出身の女性がいて、その人に杉沢村の話を聞いたことがあったんだ。そしたら”いや、殺人事件はあったけど、皆殺しはなかったよ。皆殺しじゃないから、小さな村に被害者遺族も加害者遺族もいる事件だから。田舎の人って、思っている以上に口は重いから”って言ってたな。そんな書き込みはネットの何処にもないけれど、なんか本当っぽかったなあ」

「訛りとかあった?」

「その人、アメリカの大学を卒業して帰国したばかりで、津軽弁の訛りなのか、英語の独特のイントネーションなのか、分かり辛かったのが印象的だった。でも外国人のお客さんには、上手に対応していたから……あれは英語だったんだろうな」


 かなりの歳月が過ぎているが、発音があまりにも独特だったので、彼も覚えていた。


「どこの大学?」

「なんて言ったかな……ミス……ミス……」

「ミスコン?」

「いや、違う。ミストみたいな」


 そして彼らは骨上げをした――片平の姉夫妻は、遺骨を持って帰宅し、その日は片平も泊まった。


 静まり返った家。

 片平はふと大河の部屋のドアを開けた。学習机の上にはパソコン。片平には見慣れたものだった。

 パソコンはスリープ状態だったようで、片平が部屋のドアを開けたときの衝撃かなにかで、画面が現れた。


 片平はパソコンに近づく。


「うあ……なんだ、これ」


 モニターには文字化けしたDMが開かれていた。ただの文字化けな筈なのだが、片平はその文字にぞっとし、すぐに大河の部屋を出た。


 パソコンの画面をそのままにして。


 三日後、片平は日常生活に戻り、自分のコンビニへ。そこには新バイトの小林という青年。彼は店長の片平の姿をみると、すぐに近づいてききた。


「あの店長。この吉川ってネームプレートですが」


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二月のお祀り 六道イオリ/剣崎月 @RikudouI

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