第32話・高梁家・3

 男たちはヤクザだと名乗った。


「はは! ヤクザと名乗ったな! 暴対法! げぼっ!」


 引き篭もりを連れ出して、社会復帰させる団体の一人が、暴力団が名前を出して市民を脅したら、すぐに逮捕されるんだ! と言いたかったようだが、高梁の顎を掴んでいた男は、叫んだ男性の腹を蹴りあげた。


「お前……じゃなくて、名前はたしか海斗くんだったか。海斗くん、携帯電話かなにかで、隣家の一家がところ、撮影しただろう?」


 誰にも言っていないのに、全てを当てられて高梁の背筋が凍った。


「海斗、お前なに……」


 高梁が隣家の失踪に関わっていると勘違いした父親が、詰め寄りそうになったが、それもヤクザが殴って黙らせた。


「えっ……あのっ……3DSの……」

「3DSか。その3DSくれ。新しいのは渡すから。というか、を撮影したものを、手元に置いておくと、いずれ海斗くんも。分かるだろう? 理屈じゃなくて、本能で」


 ヤクザに言われた高梁は、無意識のうちに頷いた。

 危険なものを撮影した3DS。それを手元に置いていたのは、無駄だと諦めてのこと。


「捨てても戻ってくるそうだ。大体の人間は本能で感じ取れるらしい……って、これは……」


 高梁を連れ出そうとした三名を、表情一つかえずにぼこぼこに殴り、荒事には慣れていない両親も同じように殴って大人しくさせた男は、高梁の部屋の前で足を止めた。


「鈍いってのは、幸せだな。俺は立ち入りたくないから、この奉書紙で包んで、こっちの注連縄で縛って持ち出してくれ」


 ジンと呼ばれていた人物が、ヤクザらしくない綺麗な布製の袋から、白い紙奉書紙と注連縄を取り出した。


「いやいや。たまげだな」


 神はヤクザの兄貴の後に立ち、高梁の部屋を怖ろしいものを見るように、視線を逸らしがちにしつつも気にしていた。

 高梁は言われた通りに3DSを奉書紙で包み、注連縄で結んでヤクザに渡そうとしたが、


「この鞄に入れろ」


 神が持っていた鞄に入れるよう指示された――


「オガミサマの所へ」

「はい」


 神は3DSが入った鞄を体から離すように持ち、階段を降りた。


「詳しい話を知りたいか?」

「……」

「詳しい話は俺も知らないから、答えられないが。お前に仕事を依頼したいんだが、考えてくれ」


 ヤクザはそう言って一階へ降りていった。


 高梁は自分を毛布で包んで連れだそうとした三人のことについて、その後を聞かなかったが、自分の両親がタイミング良く事故死したので、あの三人も同じような道を辿ったのだろうと想像している。


**********


「おっ! どうした? やり返さないのか。おい!」


 高梁は三人の新入社員にトイレにつれていかれ、腹部を殴られ、臀部を野球のバットで叩かれ、便器の水を飲めと顔を押し込まれ――


 高梁が会社でられるようになったのは、引き篭もりの息子を寮に入れて立ち直らせようとした一件の後から。


「おいおい、男ならやり返せよ」

「海斗さんにも、そう言ってたんだろう」

「海斗さんは、もっと耐えたんだぜ!」


 団体の三名はヤクザの手下に殴られ、息子を運び出す手筈と同じように、養生毛布に包まれて連れ出された。高梁はそれを震えてみているしかできなかった。


 そして唐突に会社に三名の新入社員が入社した。


 見た目は普通だったが、三人は高梨の家にやってきたヤクザの兄貴の命令で、高梁をるために入社してきた。


「イジメられるほうが悪いんだろう? 高梁さん」

「男なら覚悟を決めろ……みたいなこと、言ったんだろう?」

「おらよ! ぎゃはははは! なにこいつ、ゲロってる! 弱っ!」


 当時息子が中学校で受けていた暴行を、受けてもらうと言われ――息子は入学してすぐに虐められるようになり、一年半は我慢したと告げられて絶望した。


 高梁は三日目で、かなり精神が削られていた。


 高梁が帰宅すると、妻が既にベッドに横たわっていた。妻の表情も悪い――妻は自宅で高梁と同じように、複数人から殴る蹴るの暴行を受けていた。


 彼らは見える箇所は殴らなかった。息子の海斗も同じように、見えないところだけを殴られていたから。


 高梁はシャワーを浴びて、痛む胴体や臀部、そして太腿をさすりながらベッドに入った。


「ねえ。私達、あの時、海斗の言葉を軽くあしらっていたけど……」

「…………もう遅い」


 高梁が帰って来たことに気付いた妻が、背を向けたまま話し掛けてきた。海斗が虐められていると告白したとき


「虐められるなど恥ずかしい」

「お前にも悪いところがあったんだろう」

「転校? なんでお前はすぐに逃げようとするんだ」

「イジメ程度で逃げていたら、社会人なんて務まらないぞ」


 高梁はそういう言葉をぶつけ、勝手に話を終わらせ、解決した気持ちになっていた。


 翌日、高梁は会社に出勤できないほど、恐怖を覚えていたが、三人組のうちの一人が隣家の駐車場に車を停め、


「逃げんなよ、高梁。この程度で逃げて、社会人として恥ずかしくないの」


 嫌がる高梁の襟を掴み、車に乗せて出社した。


 それから程なくして、両親は夫婦水入らずの旅行をしている最中に亡くなった。事故死で、発見されるまで少し時間がかかり、夏だったこともあって、かなり腐敗が激しかったこともあり、現地で荼毘に付された。


 高梁には海斗の他に長男がおり、県外の大学に進学し、そのまま県外に就職していた。兄と海斗は円満な財産分与――兄は現金、弟の海斗は実家ということで、決着がついた。


 財産分与としては均等ではなかったが――その後兄は、会社を退職し起業した。最初のうちは上手くいっていたのだが、ある日突然、会社の大口との契約が切られて、資金繰りに困り、消費者金融から借りて借金が膨れあがり、そのまま姿を消した。


 消費者金融は、家族にも取り立てに来るのだが、近親者の弟に連絡もなければ、取り立てもなかった。

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