第31話・高梁家・2

 昼夜逆転した生活を送っていた高梁は、十年前のある日、隣家の男性――野島悠一という人物だとは、この後に知る――が、家の窓から体を乗り出している姿を見た。


 野島家の室内の明かりを背に、必死に男性が窓から這い出ようとしている姿。


 何をしているのか、その時の高梁には分からなかった。ただ気になり、その時高梁の手元にあった3DSで写真を撮した。


 高梁はそのことを後悔しているが、事情を知った今でも、完全に理解できていないので、それも仕方の無いことだとも思っている。


 窓から半身を乗り出していた野島悠一。

 部屋から零れていた、温白色の光が突如として青黒い光になった――そして部屋から縄のようなものが飛び出し、野島悠一の体をぐるりと取り囲み、室内へ引きずり込んだ。


 高梁は一部始終を見ていたが、理解はできなかった。


 3DSの画像を確認すると、室内から逃げようとする野島悠一と、


「ひっ!!」


 その背後に一目で死神と分かる透けたなにか。

 透けているがあまりにもはっきりしていて、現代では下手な合成写真と言われるレベル。それほど透けていながらはっきりと写っていた。


 高梁は3DSの電源を落として閉じ、眠くなどないが、再びベッドに潜り込んだ。


 それからも昼夜逆転した生活を送っていた高梁は知らなかったが、彼が野島悠一が何者かに引きずり込まれた姿を見た三週間後、夕方に高梁家を警察が訪れ、高梁の母親が対応した。


 むろん高梁の母親は何も知らなかったが――高梁の母親は「引き篭もりの弟が、関わっているかもしれない」と思い込む。

 高梁の母親は「引き篭もりは凶悪犯罪を起こす」と考えてもいた。そこに隣家の一家失踪事件。

 高梁の母親は仕事から帰ってきた夫――高梁の父親――に、夕方警察がやってきたこと、隣家の一家が行方不明になっていること、そしていずれ高梁がなにかをするかもしれない、いや、もしかしたら、もう何かをしたのかも知れないと、強度の思い込みを交えて話した。


 高梁の父親も、引き篭もっている息子をよく思っていなかった。


 高梁の父親は息子が虐められて不登校になったことを知っても「男ならやり返せ」としか言わないような性格だった。

 引き篭もっている高梁のことも、何度も殴り髪を引っ張り外へ連れだそうとした――


 両親にとって隣家の一家行方不明事件は、出来の悪い方の息子に圧を掛ける理由になった。


 両親は自立支援をうたっている団体に連絡を取り――家を出て寮生活をすればと考えて、とある団体に依頼をした。


 両親は引き篭もっている息子はと思っているので「人目につかないようにお願いします」と――

 団体のほうはこの手の注文は慣れているため「工事業者を装いますので」と返し――日中に堂々と高梁家を訪れた。


 エアコン設置業者を装った彼らは、高梁の部屋にずかずかと押し入り、三人がかりで手荒に高梁を養生毛布を巻いて縛り上げた。


 高梁は詳細は分からないが、ドアの向こう側に両親の姿があったので、両親がこの集団を招き入れたことは分かった。


 団体は縛り上げた高梁を、階下へと運び、もう少しで家を出るところで、


「初めまして。わたし、こういうものです」


 量販店の背広を着た男が、名刺を差し出した――もちろん高梁には見えていない。だが第三者の声が聞こえたので、高梁は叫んだ。


「助けて! ください!」

「ん?」

「邪魔しないでいただきたい。我々は彼のご両親に」

「君、隣家が見える二階が自室なのかな?」


 高梁を運び出している者の言葉を無視し、養生毛布に包まれたままの高梁に話し掛けてくる。


「あ、はい……」


 あまり人と話していなかった高梁の声は、高梁自身が驚くほどか細かった――先ほど助けを求める声も、気付いてはいなかったが、とてもか細く力がなかった。


 ごっ! がっ! という、高梁が中学生の頃に経験した、嫌な鈍い音が響き、高梁は廊下に落下した。

 毛布越しでそれほど高い位置ではなかったが、フローリングに打ちつけられ、高梁は痛みでもだえたが、彼を抱えていた者たちと、両親はそれどころではなかった。


 殴られ壁にぶつかる音――高梁自身が何度も聞いたその音が途切れて、少ししてからロープが外され、毛布がはぎ取られた。


「おい、神。こいつか?」


 まったく事情が分からない高梁と、いつの間にか増えていた背広姿の男たち。その一人が、まだ横になったままの高梁の顎を掴んで持ち上げた。


「はい、その人です、兄貴」


 高梁は兄貴と呼ばれた人物より、兄貴と呼んだ人物のほうが年上に見えた――実際その通りで、兄貴と呼んだ男は年齢の割には出世していない中堅の下のほうのヤクザで、


「そうか。ちょっと話がしたい。いいかな」


 高梁の顎を掴んでいた男は、組織のトップ近くにいる男だった。高梁がそれを知るのは、すぐだった。

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