第二章「伴侶」 第14話

「――? お姉ちゃん、どうかした?」

「……いいえ、なんでも。それより、ミカゲは何か変わった?」

 魔法が増えたことで、司書に変化があるかもしれない。

 そう思ったのだけど、動きを止めたミカゲから返ってきたのは呆れ声だった。

「お姉ちゃんは期待しすぎ。まだ、たった二つ」

 うっ。確かにそう。アーシェなんて初期魔法の時点で、既に二つあったわけで。

 見方によっては、やっとスタート地点に立ったような感じなのかも?

「まだまだ頑張るしかない、ということですね。アーシェは結局どうするのですか?」

 本祭壇までに《観察》の魔法を授かるかどうか決める、と言っていた彼女に目を向けると、既に決めていたらしく、すぐに自らの魔導書グリモアを顕現させた。

「はい。授かろうと思います。やはり、お嬢様とお揃いという誘惑には逆らえませんでした」

「……魔法を授かるって、そんな服を買うみたいに気軽なものだった?」

 空きページは本来、貴重なもの。微妙すぎる理由にちょっと困惑。

 しかし、図書迷宮ライブラリに入れる機会が限られることを考えると、ダメとも言いづらい。

「アーシェが考えて決めたのなら、別に構わないのですが」

「ご安心ください。お揃いは半分冗談です。さて、『私の意志は盟約と共にあり――』」

 半分は本気なことに頭痛を覚えつつも、それ以上は言わずにアーシェを見守っていると、彼女の祈りが終わると同時に書見台が淡く光り、魔導書グリモアの空きページが黒い文字で埋まった。

「他の人が魔法を授かる場面は初めて見ますが……私とは少し違いましたね」

 ページが追加されないのは当然として、書見台の光も弱く、魔導書グリモアが宙に浮くこともない。

 先にこちらを見ていれば、十分に神秘的と感じられたんだろうけど……。

「――というか、一切戦わなくても魔法は授けて頂けるんですね」

影魔シャドウの役割は試練。必要ない人はあえてたおさなくても良い――かも?」

「確かにアーシェなら、あの影魔シャドウだって普通に斃せますよね」

 顎に指を当てて小首を傾げるミカゲだけど、その言葉には説得力がある。逆に言えば、私が戦いもせずにここまで連れてきてもらっていたら、魔法を授かれなかったのかもしれない。

 わざわざ試してみる気には、到底なれないけれど。

「ちなみに、既に魔法を授かっている人がここで祈ると、同じページに上書きですか?」

「私はそうでした。どんな感じかは――兄さん、お嬢様がご所望です。やっちゃってください」

 至極当然とばかりにアーシェが書見台を指さし、ラルフは困ったように私とミカゲを見比べる。

「……何かデメリットがあるなら、やりたくないんだが?」

「それはない。気にせずやるといい。本祭壇まで来るのは努力の証。むしろ評価されること」

「ふむ……。神様に評価されるのなら、悪いことはないんだろうな」

 ミカゲが断言したからか、ラルフも魔導書グリモアを顕現させて祈るが……。

「光が少し控えめですね……? これは既に魔法を授かっていたからでしょうか?」

「単に兄さんが残念なだけでは? 私の場合はもう少し明るかった気がしますし」

「残念とか酷いな、オイ。これでも橙色オレンジ魔導書グリモア、平均以上だからな?」

 私と違って遠慮のないアーシェの言葉に、ラルフが肩を落とした。

 実際、ラルフの魔導書グリモアの表紙は赤に近い橙色で、かなり良い物であるのは間違いない。

 しかし、魔導書グリモアのランクは少々センシティブな問題。私はそこには触れず、話を続ける。

「ラルフ、ありがとうございました。簡単に実験できることじゃないので、助かります」

「なに、ルミお嬢様の役に立ったなら幸いだ。――妹に馬鹿にされた甲斐もある」

 チラリと妹を見るラルフと、そっぽを向くアーシェの表情に、私は小さく笑う。

 不明な点の多い図書迷宮ライブラリだけに、検証を行うことはとても重要。

 今回は他にも『試練を受けて本祭壇に来れば、私でも魔法を授かれる』ことがほぼ確定し、『人によっては試練を受けなくても、本祭壇で魔法を授かれる』ことも判った。

 ただ、私たちだけで調査や検証をするのは……厳しいよねぇ。所詮は素人だし。

「しかし、本当に図書迷宮ライブラリの情報は少ないですね。神の神秘と言えば聞こえは良いですが――」

「単に失われただけ。司書だってもっといた――はず?」

 立場上断言はできないのか、ミカゲは微妙に語尾を濁すけれど、その不満そうな表情からして、おそらくは真実。実際それは納得のいく話であり、私は頷き言葉を続ける。

「そう考える方が妥当でしょうね。私だけが特別と考えるよりは」

「お嬢様は間違いなく特別です。が、お嬢様をサポートする立場としては、その可能性も考慮して、あまり目立たない範囲で情報収集を継続してもらっています」

「ありがとうございます。そういうアーシェの冷静な所は好きですよ?」

 私がそう言って微笑むと、アーシェが驚いたように少し目を瞠る。

「お、お嬢様がデレました! 今日は一緒に寝ますか? いえ、その前に一緒にお風呂緒を――」

「できれば、図書迷宮ライブラリを専門に研究している人を招聘しょうへいしたいところですが……」

 招聘できるか、という以前に『そんな研究者が存在しているのか』という問題があるわけで。

 平常運転のアーシェの戯れ言を聞き流しつつ、私は祈るように本祭壇を見上げた。

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