第二章「伴侶」 第10話

 スラグハートを出発した私たちが最初に向かったのは、ハーバス子爵領の領都ラントリー――ではなく、シンクハルト領からラントリーの間にある《観察》の図書迷宮ライブラリだった。

 本来ならハーバス子爵への挨拶を優先すべきなんだろうけど、普段から親しくしていることや位置的な問題から、手紙で先に許可だけ貰い、会いに行くのは後回しにさせてもらったのだ。

 そんなわけでスラグハートから徒歩で数日、到着した図書迷宮ライブラリは寂れていた。

 道は荷車がなんとか通れる程度、入り口を守るのも数人の警備兵と小屋だけ。

 当然のように近くに宿場町も存在せず、しっかりと下調べをしておかなければ、辿り着くのも困難と思えるような場所にあったが、私たちが訪れることは事前に知らされていたようで、警備兵たちは私たちの姿を見ても少し驚いただけで、すぐに図書迷宮ライブラリの入り口に案内してくれた。

 そうして入った、人生二度目の図書迷宮ライブラリは――

「思った以上に、自然ですね……?」

 外の様子から想像はついたけれど、地面はまったくの未整備で凸凹した岩が剥き出しの状態。

 当然、当家の図書迷宮ライブラリのような歩道も存在せず、かなり歩きづらそうである。

 唯一手が入っているのは、順路に沿って張られた縄。

 逆に言えば、これがなければただの洞窟との区別は付かなかっただろう。

「ルミお嬢様、むしろこれが普通だぞ? 《強化》の図書迷宮ライブラリが異常なだけだ」

「それは理解していますが、これだと普通の人は副祭壇まで行くことすら難しいのでは?」

 しかし、そんな私の言葉にアーシェとラルフは、兄妹揃って苦笑した。

「お嬢様、普通の人はこの図書迷宮ライブラリに入ったりはしません」

「……そういえば、そうでしたね」

《強化》の図書迷宮ライブラリを領民に解放しているのは、魔法の汎用性が高く、使い勝手が良いから。

 対して、ここで覚えられる《観察》は用途が限られ、普通の人が活用できるかは微妙だろう。

「この魔法を活用できる猟師や兵士なら、この程度は問題ないしな。ルミお嬢様は大丈夫か?」

「私もそれなりには鍛えていますから、大丈夫だと思います。ただ、ミカゲは……」

「厳しそうなら、俺が負ぶっていくが?」

 これまで平然と私たちについて来たミカゲだが、その外見は明らかに子供。

 ラルフが気遣うように提案してくれるが、ミカゲはあっさり首を振った。

「問題ない。実は我、戦う技術はないけど、身体能力はお姉ちゃんとほぼ一緒」

 それはラルフに対しての言葉だったけれど、それを聞いた私とアーシェは顔を見合わせた。

「そうだったの? 初耳、だよね……?」

「――? ちゃんと言った。一心同体って」

「……あ。え? そ、それって、そういう意味もあったの!?」

 確かに聞いた。ミカゲが出現した、その日の朝に。

 ミカゲの管理する魔導書グリモアが私の物だから、比喩的な意味で言っているのかと……。

「うん。お姉ちゃんが死んだら、我も消える。だから、気を付ける」

「そ、それはもちろん気を付けるけど……。私も死にたくないし」

 死なないように気を付けるのは当然のこと。

 やや戸惑いながらも頷く私に対し、ハッとしたように声を上げたのはアーシェだった。

「ま、待ってください! ではもしかして、ミカゲさんの身に何かあれば、お嬢様も?」

「そっちはたぶん大丈夫。でも、魔導書グリモアは使えなくなるかも?」

 ミカゲの返答にアーシェは安堵したような、それでいて困ったような複雑な表情になる。

 そして、それとは対照的に、明確に呆れた様子を見せたのはラルフだった。

「おいおい。ミカゲさんは連れ歩かず、安全な場所にいてもらった方が良いんじゃないか?」

 私の護衛としては真っ当な提案。

 しかし、それを受け入れることができない理由もあって……。

「それは無理。我とお姉ちゃんは、そんなに離れることはできない」

 そう。以前、ミカゲが『長く離れることはできない』と言った時は、司書の信条的なものかと思ったのだけど、改めて確認してみると、現実として物理的に離れられないという意味だった。

 その距離と時間は明確ではないけれど、何週間も遠く離れることはまず無理らしい。

「地味にデメリットも多いんですよね、私の魔導書グリモアって。ミカゲは可愛いですけど」

 私がラルフに肩を竦めると、ミカゲは少し不満そうに「むぅ」と言葉を漏らす。

「司書が与えられるのは、とても名誉なこと――たぶん。それにデメリットを補って余りあるほどのメリットがある――きっと。我の可愛さもその一つ――かも?」

「曖昧だな、おい。ま、ルミお嬢様が決めたなら俺は従うだけだが。じゃ、行くか」

 苦笑と共にこちらを見るラルフに私たちは頷き、図書迷宮ライブラリの奥へ足を進めた。

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