ボス猫に恋の相談しましょうよ。
竹神チエ
ねーねー、ボスコ聞いてよ
ねーねー、聞いてよ。
わたしさあ、彼氏に振られたんだよ。好きな人ができたから、だってさ。
何それって感じじゃない?
好きな人? は、じゃあ、わたしは何だったわけ??
もう好きじゃない人ってことなんですかね。
あー、そうですかそうですか。
でもさあ。振るにしたってもうちょっと気を使った表現できないもんかね。
好きな人ができた、ってさあ。
今その瞬間には彼女だったわたしに言う台詞かねえ。
二股してないだけいいじゃん、とは思わんのよ。
好きじゃなくなった、とかのほうがまだダメージ少ない気がする。
いやー、それはそれで嫌かなー。
ねえ、どう思う、ボスコ?
「フス」
って鼻を鳴らしたのは返事なのか、ただ呼吸して鼻が鳴っただけなのか。
ボスコはここら近隣でブイブイいわせているボス猫。
大きな丸い顔にででんとしたお腹、四本足もむちむちに丸くて大きい立派な体格をした三毛猫。性別はメス。メスだけど喧嘩は強いし、眼力も強いし、縄張り意識も強いらしく立派なボスなのだ。で、メスだから子をつけてボスコ。
いちおう飼い猫で、一人暮らししているおばあちゃんが世話してるはずなんだけど、あちこち練り歩いては餌をもらう、さすらい猫でもある。あ、本名はスミレちゃんだ。でも近所のみんなはボスコと呼んでるし、わたしもそうしてる。
ボスコはたぶんそれなりの年齢なんだけど、まだまだ毛並みは良いし塀や屋根の上で見かけることもしばしばある元気いっぱいの猫だ。でも年の甲なのか貫禄たっぷりの猫ちゃんで、ついこうして愚痴を語って聞かせてしまうのだ。
ボスコは半眼でただじっと前を向いたまま、話を聞いてくれる。なでても逃げない。ただまあ話の途中ですたすた行っちゃう日もあるんだけど、今日は仏のような表情で鎮座して動かずにいてくれている。
「でさあ、何気に三年付き合ってて、『話がある』ってかしこまって言い出すから、もしかしたら結婚か、ってソワソワしたわたしの気持ちは、どうすりゃいいの、って思うじゃん。ねえ?」
あー、まだ頭の中でぐるぐるしてる。
好きな子ができたから。あんのクソ台詞。
なんだよなんだよ。その好きな子も、あんたのこと好きなの? もう付き合う手はずは整ってるんですかね。それともしれっと二股してましたかね。いっそ向こうに振られてしまえよ。乗り換え無事完了とか腹立つ呪いたい足の小指でもぶつけろ。
「あっさり別れてやったけど、粘るか嫌味の一つでもぶつけてやりゃよかったと思う、ボスコ?」
ボスコはゆっくり目を閉じ、「ス」と息を吐いた。んー、このお返事の意味は?
こう見えて——というのは失礼か——ボスコはモテ女でもある。
三度目の出産時に死にかけたのがきっかけで避妊手術しているのだが、それでもオス猫がボスコの周りにはうじゃうじゃ寄ってくる。いつぞやはボスコを巡り血みどろの喧嘩が始まり、それをスルーしてボスコは別の若いオス猫とランデブーしてた、とはご近所では有名な話だ。
貢物だってたくさんもらうし、メス猫たちにも頼れる姉さん猫として人気。もちろん人間にだってこの貫禄と落ちつき、すべてを悟ったものが醸し出す高貴な眼差しのためあって下僕に志願した者もあまたいる。
「わたしもボスコを見習いたいよ。たった一人の男に振られただけでこうもショックうけるなんてダメダメですよねえ」
といっても泣けてこないのは、わたしのほうでも所詮その程度の気持ちだったというわけだろうか。それとも悲しいより腹立つが今は勝っているだけで、今日の夜あたり、枕を濡らすのだろうか。やば、考えたら悲しくなってきた、ええいっ、怒りのパワーを呼び戻せっ。
「わたしだってね、言いたいことはたくさんあったんだよ。でもいちいち指摘するのも空気悪くなりそうで遠慮してただけでさあ。溜まりに溜まった鬱憤が!」
毎回飲み物をコップの底一センチくらい残すとか(あとひと口だろ全部飲め!)、いつも同じ位置に寝ぐせがついてるとか(そんな目立つ場所なら整えてこいやっ。毎回同じってツッコみ待ちか!)、あらゆるドアを閉める音がいちいちうるさいとか(何で殴るように閉めるんだよ、ドアにキレてんのか!!)
「それでもなーんにも言わず、全部飲み込んで終わりよ。向こうは大変失礼な台詞吐いてわたしを捨てたけどね。ねえ、ボスコ。わたし立派でしょ?」
と、ボスコはすくっと立ち上がり、あくびしながら背をしならせて伸びをした。すみません退屈でしたか、隣でぐちぐち言って申し訳ありません。
「ボスコ」
呼びかけると、去りかけていたボスコは足を止めてくれた。半眼で振り返り、ゆっくりまばたきする。わたしも親愛を示そうとゆっくりまばたきをして……開けたらもうボスコは遠くにいっちゃってた。
まあ、話を聞いてくれてありがと。ちょっと元気でたよ。
というわけで、枕を涙で濡らすことなく翌日を迎えたわたし。今日は休日。予定ではたまっていた家の仕事を片付けるつもりだったけど、こもっているのも嫌になり、散歩に出かけることにした。
散歩というか逃避行でもしたい気分だ。このまま列車に乗って見知らぬ土地に旅立とうか……なんて脳内で越冬ツバメを奏でていると。
「お、ボスコ」
と。
「やーん子猫? かわいー!!」
ボスコの傍らには子猫がいる。子猫っていうか、ボスコと並ぶと小さく見えるけど、そこそこ大人になりかけの猫って成長具合だ。白い毛並みにブルーの目をしている。美猫。そっと手を伸ばすと、すりん、と頭を擦り付けてきた。
「やーん、ボスコ。何、新しい彼氏?」
ボスコは若いオスが好きだ、というのも近所では有名な話だ。あの子は面食いだよ、との情報もある。ボスコの周りには常に若いオスがはべり、彼女によって立派なオスへと成長するのだ! ……という。
でもボスコは「フス」と鼻を鳴らした後、すたすた歩き去ろうとする。で、そのあとを美猫もついて行くかと思いきや、ピシリとした姿勢で座り、わたしを見つめるばかり。
「あれー。ボスコ、この子、置いてくの? ねえねえ君も後追いかけなくていいわけ?」
軽くつんと押すも、美猫は胸張った姿勢のまま、ぐらりとすれど移動する気配はない。ピシリとわたしを見上げている。もしや……。
「ボスコ。もしかしてこの子、わたしに紹介してくれるの?」
威厳のある足取りで歩み去っていたボスコは、尻尾をぴんっと上げた。それから、ゆらりと大きく左右に振る。その姿は振り返らず、片手を振り「あとは任せたわ。うまくおやり嬢ちゃん」と言っているように見えた。というか聞こえた。幻聴でもいい、わたしには見えたし聞こえた。
「えー、どうしよ」
とりあえずピシリとした姿勢を崩さないままの美猫を抱き上げ、「ちょっと失礼」と確かめてみる。うん、オスだね。やっぱりオスだわ、そんな気がした。
で、どうしようか。
美猫はするりんとわたしの胸に頭をすりつけ、ゴロゴロ喉を鳴らし、うるんだ瞳で見上げてくる。懐き方が素人のそれではない。やばい。落ちる。
「わかったわかったよ。君の女になってあげる、一緒に暮らそう!」
今日が休日で良かった。
これから忙しくなりそうだ。とりあえず、うちのアパート、ペット可だっけ?
【おわり♪】
ボス猫に恋の相談しましょうよ。 竹神チエ @chokorabonbon
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