子供はみんなニュータイプ

決闘デュエルを通して、リーシャ先輩の想いが流れ込んでくる。

黒くて甘くて苦い水が喉を通るような感覚を覚えた。


万能感と全能感。


「水」のエレメントに愛された英雄ヒロイン

時代の主人公――

色とりどりの花々が道を彩る、栄光を手にするはずだった人生。


「でも……」


浮遊感は反転する。

不快な痛みが生じて、キリキリと神経を苛む。



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水泳を教えてくれるリーシャ先輩。

彼女は私と目線を合わせて、床に足を着く。


「――ぐっ!」


一瞬だけ、先輩の表情が歪んだような……?


「先輩、どうかしましたか!?」


「大丈夫さ。

 ……あはは、何か踏んづけたかな」

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場面は移り変わり、目の前には白衣の男性。

カーテンが深く下ろされた診療室――


「どうしても……治らないんですか?」


リーシャは悲痛な面持ちで声を絞り出した。

その虚ろな目には、何も映っていない。


白衣を着た医師は、少女の片足に目線を向けた。


「事故の後遺症です。ここまで回復したのが奇跡なんですよ。日常生活には支障はありませんから、激しい運動は控えて……」


「そんなの……ッ!意味が無いじゃないかッ!」


ううう、と硬く目を閉じたリーシャ先輩から涙が漏れ出した。


だって!?

 私は、私には水泳しか無いんだ!!!」


傍らにいた中年の紳士は、先輩の肩に手を置く。


「リーシャ。先生を怒鳴らないでやってくれ」


「パパ……」


リーシャの父は医師に向き直り――

そのまま視線を交わすと、深々と頭を下げた。


医師はあわてて立ち上がる。


「ダンポート卿……!」


「先生、お願いします。金ならば、いくらかかっても構いません。リーシャを……もう一度、泳げるようにしてくれませんか」


リーシャの父――ダンポート卿は続ける。


「この子はダンポート家の誇りなんです。私も家内も、若い頃にはアスリートだったからわかる。リーシャの才能は、生まれながらに与えられた天賦の才なんです。この子は栄光を掴むために生を受けた……そう確信しています。お願いです、頼みます」


「ダンポート卿。どうか、お顔を上げてください」


医師は申し訳なさそうに云った。


「現代の医療魔法にも限界はあります。リーシャ様が日常生活を送れる程度にまで回復できたのは、リーシャ様自身の回復力、その優れた身体能力があってこそ……ですが。それでも、常に再発のリスクは抱えています。担当医として私は断言します。リーシャ様の選手活動への復帰は認めることができません」


「次に、再発したら……リーシャはどうなりますか」


「最悪の場合。

 二度と歩けない身体になってもおかしくないでしょう」


二人の会話を黙って聞いていたリーシャは「構わないよッ!」と叫んだ。


「二度と歩けないだって……!?そんなの、構わない。水泳をやっていない私なんて、何も無いのと同じだ。今だって、歩けないのと変わらないんだ!」


恨めしそうな目つきで片足をにらむリーシャ。

唖然とする医師をよそに、ダンポート卿は重々しく言った。


「リーシャ。頼むから、何も無いなんて言うな」


「で、でも……!」


「お前の人生は長いんだ。まだ、17歳じゃないか。「学園」を卒業してからの進路だって、決めてなかっただろう?」


私の人生の……先だって?


リーシャの視界が黒く染まる。

これからの私の人生には「水泳」は存在しない。


水を手足のように操り、推進力を生む快感も――

ギリギリまで肉体の力を絞り出して、ライバルに打ち勝つ達成感も――


栄冠に満ちた「私の物語」は、この先には存在しない。


デッドエンドだ。

どうして?

私は選ばれた人間のはずだったのに。



自分が特別な人間であることぐらいはわかってた。



スポーツの世界は数字の世界。

生まれながらに得た資質は競技の場では絶対の差を生む。


更新されていく競泳記録タイム・レコード――


講釈だろうと解釈だろうと、

そんなものは記録の前には介在しない。


努力は前提。

その上で、私の努力は誰よりも恵まれた。


環境も最高だった。


望めば望むだけのものをパパはくれた。

与えられただけの「結果」で応えることができた。


これは私の定義なのだけれど……

「天才」とは「結果を出す力」と言い換えてもいいのではないかと思う。



「結果」を出すまでは「天才」は「天才」だとわからない。

「結果」を出したことで、その人は「天才」だと認められる。



同級生のアスマ王子が良い例だろう。

不敗の「覇竜公」にして「学園最強」――


もっとも、彼はウルカ・メサイアに負けたようだけど。


勝負は時の運……そういう言葉もある。



――私は「天才」の筈だった。



だけど……「結果を出す力」を「天才」だと言い換えるのなら。


不運にまみれ、こうして選手生命を絶たれた私はどうだ?

逆立ちしたって「結果」を出すことが許されない、この哀れな身体は何だ?


この、私は……ッ!


「一つだけ」


と、片眼鏡モノクルの青年が云う。


「一つだけ、方法はありますとも。

 貴方が掴むはずだった物語を、もう一度だけ手にする方法が――」



☆☆☆



「今のは……!?」


リーシャ先輩の心の中で出会った男性ひとは――

その声には聞き覚えがあった。


「メルクリエさん……!

 「闇」の力はメルクリエさんに貰ったものなんですねッ!」


リーシャ先輩は頭を片手で抑えながら吐き捨てる。


「カテゴリーF……?いや、私とユーア君は肉親関係ではない。パーメットによるデータストーム空間の共有――否、Xラウンダーの素養か?いいや、こう呼ぶべきだろうね……ジオン・ズム・ダイクンの予見した新たな人類、ニュータイプと!」


「何を言っているんですか――意味がわかりませんッ!」


リーシャ先輩は「ならば、教えてやる!」と叫んだ。



「宇宙世紀0079(ダブルオー・セブンティナイン)……人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、すでに半世紀。地球から最も遠い宇宙都市サイド3は、ジオン公国を名乗り地球連邦政府に独立戦争を挑んできた――」



リーシャ先輩が語りだしたナレーションには聞き覚えがあった。


「それは『機動戦士ガンダム』ですか!?」


ガンダムなら、ちょっと知ってる……!


よくウルカ様がイサマルさんと話して盛り上がっている、ウルカ様たちの前世で人気だったという戦争物語のことだ。

イサマルさんの前世アドバンテージが羨ましい。

二人がイチャイチャするのに介入できなくて、何度くやしい思いをしたことか!


「もしかして、リーシャ先輩がちょくちょく変な言葉を喋ってたのは……ガンダムッ!」


「そうでもあるがーっ!」


また、微妙に会話が嚙み合ってない!


「でも、どうしてウルカ様たちの世界のガンダムを知ってるんですか!?」


「……それは、私も前世の記憶を持っているからさ」


「ええっ!?」


「とはいっても、どういう人間だったについては飛び飛びだがね。だけど、私が大好きなガンダムの記憶だけはしっかりと記憶に刻まれていた。だから、リーシャとしての自我に目覚めてすぐにわかったよ。私が「異世界転生」した人間なのだと」


だから――ッ!とリーシャ先輩は歯ぎしりをした。


「私は確信していたんだ。この世界の主人公は私なんだと。前世で平凡なアニオタとして、何もできぬまま死んでいったのとは違う……!だって、そうだろう!?」


リーシャ先輩はマリンブルーの長髪をかき上げて、爽やかに微笑むと……扇情的なドレスに包まれた肢体を惜しげもなくアピールした。


「私、いくらなんでも美少女すぎるッ!容姿端麗で成績優秀、おまけにスポーツ、それも水泳の天才ッ!さらにさらに、貴族の生まれにして、パ……父さんにも母さんにも溺愛されて、蝶よ花よと愛でられ続けた勝ち組人生だ……!」


「クールな雰囲気に騙されてましたが、よく見たらおっぱいも大きいです……!」


「下級生からの憧れのセンパイ、というイメージを保つために普段は胸部装甲の威力を抑えているからね。これも人気者のつらいところだよ」


でも……!


「リーシャ先輩の中に入って、私、見ました。先輩が「闇」の決闘者デュエリストになった理由を……」


リーシャ先輩は何かの原因で、水泳選手としての道を絶たれていた。

運命を狂わされていたんだ――


リーシャ先輩は「よくも、ずけずけと人の中に入るものだね」と冷たい声を出した。


「……そうだよ。「闇」のエレメントは決闘者デュエリストの身体能力を高める力がある。私の脚に起きた致命的な故障も、この力があればご覧の通りさ。私の泳ぎを見ただろう?」


「それが、リーシャ先輩が私を狙う理由……!」


「ユーア君、私にとっては君なんてどうでもいいんだ。『デュエル・マニアクス』だろうが何だろうが、私の知らないところで勝手にストーリーを進めればいいさ。君が「闇」に堕ちようが、カードにされようが……死のうが。どうだっていいんだよ」


「闇」のエレメントをまとったリーシャ先輩は眼帯を撫でながら、冷酷に言い放つ。


創作化身アーヴァタールの力は素晴らしいよ。認識阻害の魔術により、「闇」のエレメントを行使しても他人に気づかれることはない。現に「学園」に潜入していたメルクリエ先生についても、正体がバレることは無かったんだからね」


リーシャ先輩は華麗に腕を舞わせると――

中断していた《水舞台の花影、ガーベラ》の攻撃を再開する。


「長かった物語もついに最終回だ。

 さらばユーア君、暁に死ねッ!」


――いいや、まだだ。


私の中で闘志がムンムンと湧いてくる。


今のリーシャ先輩はおかしくなっている、と確信できた。

初めて出会った人なのに、決闘デュエルって不思議だと思う。


こんなにも先輩を近くに感じる。


私なんてどうだっていい?

死のうが、かまわない、だって……!?



「そんなワケ、絶対、無いッ!」



クイズの問題文は思いついた。

あとは――この窮地を脱するだけっ!




介入インタラプトです――手札から《聖焔城壁ヴァフルロギ》を召喚ッ!」

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デュエリストしかいない乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったのだけれど「カードゲームではよくあること」よね!? 秋野てくと @Arcright101

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