灯火のはなし

南風野さきは

灯火のはなし

 この街の印象は灰色だった。迷宮のようだと称されるこの書店の最奥の机から眺めても、並んでいる書棚の間から覗く街の印象は灰色そのものだった。曇天も、姿のない海のけはいも、壁や窓では隔てきれない。そんなことを考えていると店の扉が開いた。街に満ちていた大気の、鋭さと冷ややかさが流れこんでくる。本でできた迷宮を最短距離でこちらに歩いてくるのは、客ではない、店の常連の青年だった。

 金髪の青年が、鞄から取り出した原稿を、店主たる者の机の上に置く。

「刷ってもらえる出来だったらいいな」

「そのときは連絡するよ。そうじゃなくても連絡する」

 書店の店主として、その原稿を受け取った。高確率でこの店の棚に並ぶことになるであろうことばたちではあるけれど、手続きは手続きだ。よろしくね、と返してきた詩人の手に眼を向けると、今夜の夕食の食材なのか、つやつやしていて、苔のような緑と赤紫が印象深い、黄色がかった濃茶の根菜が、ひとつ、握られていた。

「ランタン、つくろうかなって。ここに来る前に、通り道にあるスーパーに寄って、買ってきた」

 それでつくられたランタンは、蕪のランタンと呼ばれる。

「サウィンのランタンの灯火は、どこにもいけなくなった魂であるという」

 店内をひとめぐりしてから、そろそろお暇するねと退店しようとする詩人の背に声を投げる。碧の目だけがこちらを見た。

「詩人たる者の作るランタン。そこに灯される魂がきみのものではないことを、心の底から願っているよ」

 どうしてそんなことを口走ったのかはわからない。扉を開けた詩人は、目だけでやわらかく笑った。

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灯火のはなし 南風野さきは @sakihahaeno

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