第2話 大陸エーファ

赤彩がアイカとなった世界は、大陸エーファ、ルエラ神族発症の地と云われがあり、村の中心部の高台には、古代文字ルエラが刻まれた礎が残されている。


ルエラ神族とは、エーファ王族の礎を築いた神族であり、神の血を色濃く受け継ぎ、世界の理をなす全ての秩序が定められ、力ある神技を為す神官達は、主要都市にある神殿に配属され、神殿長による季節ごとに儀式が為されている。神技は重要視されており、政変で神官達が戦争に派遣された時代、神怒の不和の霊が各地を襲い、大地の生産力が著しく低下した為、収穫物に大きな不作が生じた。しかも天候不良が続き川の水が干上がり、多くの命が失われた。神災は人類に与える影響が多大な為、神殿に配属される神官の職務は、とても重要視されている。しかし政変で失われた聖典があるようで、魔物が増え、被害が増大してきている。


この世界に来て、文明と歴史の違いに触れる度に、神秘的なショックを覚えるが、ファンタスティックなゲーム感覚と重なり、どうしても現実的な世界が受け止められず、以前の世界観が抜けきれない。そして実の父が叔父に見えてしまう・・・問題である。血はつながっている筈なのに、父に思えない。前世で愛された経験が少なかったため、希薄な家庭環境に違和感は感じなかったのだ。


どうやら私は、愛される事のない運命の元で生まれてきたようだ。


アイカはブツブツ言いながら、大好きな絵描きについて、思いめぐらしていた。大陸エーファは、お貴族様と女王が支配する国があり、男尊女卑の反対、女尊男卑という言葉があるのか?分からないけど、価値観がまるで違うのだ。人々の意識の中では男女平等であり、国のトップが女王という事で、女性の扱いが丁寧であることは、とても助かるが、私は平民の片親しかいない、貧乏人である事が、前世と同じで悔しくてならない。


どうせ生まれ変われるなら、貴族の子で裕福に何の不自由なく自分の好きな絵描きを好きなだけしていけたら最高であるのに・・・現実は甘くない。でも前世と違って良いところは、友人がいる事だ。私の性格も若干社交的になりつつある。見た目が美少女である事が、自信に繋がっているのかもしれない。ウフフと笑みが溢れる


私の親友ラックは隣に住む同じ部落の男の子で、私の意識がアイカと同一化して以降、仲良くなった。それまでのアイカはどこへ行ったのか?私には分からないけど、ラックが言うには、父親の影に隠れて、内気で話しかけても、うんうんと返事をするだけの、目立たない少女だったようだ。しかし私がアイカとして目覚めた次の日、ある出来事がきっかけに私とラックの距離は近くなった。



大陸エーファでは、13歳の誕生月までに、自分に向いた仕事を選び、神殿で職業の登録する事になっている。ただ籍を置く商業ギルドには、1年間の見習い期間が定められていて、親方に認めてもらう必要があるらしい。


「ラックは将来なんの仕事につくつもりなの?」


「俺は、商人になりたい。色々な街に行って、買い付けをして、俺が手にしたものを欲しがる人たちに売りさばく。そして沢山稼いで、いつか自分の店を持ってみせる!」ラックは熱く語っていた


「素敵な夢ね。でも商会にはいるのは大変なのでしょう?」商人は、見習い期間も長くて、才能のあるものしか選ばれない。他の職業より厳しいと聞く。大丈夫かな?


「俺はやり遂げて見せる。」ラックは思いつめた表情になり、私の手を強く握ると、思い切って立ち上がった。「アイカ、俺と同じに商会で見習いにならないか?」


「どうして私と?」私は心当たりが幾つかあるけど、自分からはあえて聞くことを控えた。


「アイカは凄いじゃないか!俺たちが思いもつかない事を幾つも・・」


アイカが半年前に赤彩からアイカになった日の事を今でも忘れることはできない。朝目が覚めたら、知らないおじさんが隣に寝ていた。とても驚き、まわりを見渡した。自分がおばあちゃんから譲られた古小屋とよく似た部屋にベットに寝かされ、最初は喜んでいた。しかも見たこともない野菜や不思議な形をした果物が置かれていて、とても美味しそうだ。すぐに絵を描きたいと思ったが紙と鉛筆がなく、落胆した。


この世界の常識は、どうも違うらしく、野菜はゆでて、干して、粉にしたものを煎じて、水に溶かして飲むらしい。果物は、実のある部分は、家畜の餌になり、種の部分が油になるようで、それ以外の使い道はない。信じられない!何て勿体ない。一度こっそり味見をしたが、想像した味ではなかったが、美味だった。


私がベットから起きた最初の朝に父らしい人に出された食事は、とても不味くて、吐きそうになった。


栄養はあるようだけど、慣れない味の濃緑色のスムージー、最悪な味だ。しかも服は1着しかなく、お風呂に入る習慣がないらしく、町の中心部にある清潔になるウオッシュの魔道具を扱う店があり、汚れた時だけ、綺麗にしてもらうらしい。ただお金がかかるので、貧民である我が家は、月に1回しか通えず、それ以上は行けない。


しかし大陸エーファの女王が定めた規則があり、国民は、月に1度は、清潔を保たなければならない、と定められている。理由はある。100年ほど前、疫病が大流行し、かなりの死者が出たらしい。それから病気をまん延させない為、月に1度は、魔道具ウオッシュで衣類と体を綺麗にしなければならないのだ。


 しかし私としては、本当は前世と同じように、毎日でも風呂に入りたい。しかし風呂というものの概念がないらしく、誰もが高価な魔道具頼りなのが、辛いところだ。


そこで私は、お風呂を提案したのだ。もともと家畜用の水桶のようなものがあり、水をお湯に変換する魔道具があるようで、牛が乳を出しやすくする為に、温水を用いる習慣がある事を知り、私がお風呂に入る新しい流行を提案して以降、驚くほどの速さで、村全体に広がっていった。流行った理由は、魔術具を使用したウオッシュより、安価だったからだ。


誰が広めたのか?私は、最初にお風呂のことを伝えたラック親子に、口止めをお願いしたので、流行の発端が私である事を知る人は、今のところいない。しかしラック親子からすると、とんでもない流行を発信した事で、商業ギルドから報奨金が出たようだ。それもかなり高額で、1か月分の給料くらいあったらしい。ラック親子からは、とても感謝された。以後お風呂を優先的に提供されるようになり、毎日とても快適で、ご機嫌である。


「アイカ!俺と一緒に商人になろう!お前ならきっと成功する!!お風呂の流行りを広めた事で、俺の人生の方向性が開けた!切っ掛けをくれたアイカには感謝しかない!一緒に金儲けをするぞ!!」


勘弁してほしい。私は目立ちたくないし、ただ絵を描きたいだけなのだ。商人になるつもりはないし、自分が知っている前世の情報が、この世界の常識とかけ離れてて、うかつに話す事ができない。貴重な情報を知っていると知られて、誘拐でもされたら、命の危険に及んでしまう。


 しかしラックの勧誘は止まらない。毎日お風呂の提供を受けているので、無下に断る事もできない。それに来週から、商業ギルドの見習い期間が始まる。誕生月を迎える12歳以上の子供はどこかに所属しないといけない。


「アイカはどの商会に行くつもりだ?」


「決まっていないけど・・・ラックはどこに所属するの?」ラックはお風呂の流行がきっかっけに、親しくなった親方がいるようだ。


「アイカは出来たら俺と同じ商会に行ってほしい。」


「どうして?」と聞くと、お風呂の流行はお金になるらしい。個人風呂から集団で入れる銭湯のような施設を商会長が作りたい、と考えているらしく、そこで私がお風呂に関する新しいアイデアを提供できれば、見習い期間で高評価を得られる事は間違いない、と考えているようだ。


「お風呂の新しいアイデアはないか?」と聞かれ、あるにはあるが・・・出して良いアイデアなのか?前世の世界とあまりにも違う常識、見た目は同じでも、植物の用途やそもそも成分が違うようなので、同じ効果が得られるか?実験しないと分からない事があまりにも多い。


私はとにかく実験よりも絵が描きたいのだ。しかしこの世界で芸術事に関する関心は、下町の世界では皆無と言ってよい。お貴族様の貴族街にでもいけば、芸術家が沢山いるらしいが・・・平民は下働きだけで、実際に絵を描かせてもらえる人はいないらしい。困ったものだ。そうしたら私が貴族街に生き、絵画ギルドに登録し、絵を描く仕事に関わる事ができるだろうか?


「アイカ、明日は俺と一緒にドルフィン商会に行ってほしい。親父さんの許可取っておいてくれよ。」


子供がどの商会に見習いにいくかは、親の許可が必要なようだ。親の許可か...

アイカは気が重い。何故なら半年前転生以降、まともな会話がなく、お風呂騒動を巻き起こし、ラック親子に感謝され、街全体的が活気付いている要因が、自分の娘アイカである事に違和感を感じて戸惑っている筈だ。それなのに追求せずに、怪しい娘の姿をした別人と生活しているのだから。


今晩は、話をする必要があるようだ。あぁ...とても気が重い。


「ラック明日行くドルフィン商会はどんな商会なの?」


ドルフィン商会はどうやら新進気鋭の商団で、今もっとも注目されているらしい。商会長は、20代半ばの男性で、青色の髪でスラっと身長が高いイケメンらしい。イケメン!?是非会ってみたいです。

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