第7話

翌日の朝……


 メリョス村では起きた村人達が朝食をとっていた。


 献立は質素なものでヒヨコ豆のスープとライ麦のぼそぼそとしたパンが一切れのみ。


 僧侶からは『朝食をとるのは神への冒涜だ』などと言われるが体を動かす農民たちにしてみれば知ったことではない。


 食べねばもたない。


「イサベル、今日もお見えになったよ」


 村の女が家の中で食事をしていたイサベルに声をかけてきた。


「うん、今行く」


 ぼそぼそのパンをスープで無理やり流し込みイサベルは外に出た。


 待っていたのは黒い鎧に身を包み馬に跨っているフェーデ。


 昨日見たのとはまた違う鎧……戦装束と呼ぶにふさわしい装いだった。


「フレデリーコ様、今日は一体……」


「伝えに来たんだ。今日の夜に城で祭りがあってね。少し騒ぎになるかもしれない、だからもしこの村に群衆が来たら巻き込まれるといけないからその時は森に逃げるんだ」


 随分と言葉を選んでいるが、イサベルには今日何が起きるのかよくわかっていた。


 ──そう……今日なのね。


「そうなんですね。分かりました。村の人にも伝えておきます」


「頼んだよ」


 フェーデはそう言いながら笑顔で手を振り馬を走らせようとしたが……イサベルが止めた。


「あのっフレデリーコ様! 少しお待ちいただけますか?」


「構わないが……なにかね?」


 引き留めたイサベルは家の中に走った。


 中から凄い音と短い悲鳴が聞こえ周囲にいる村人も心配そうにする中、暫くしてイサベルは頭に埃をつけながら出てきた。


「これをお持ちください。私の父が使っていたお守りです」


 そう言いながらフェーデに差し出したのは盾の紋章が入った首飾り。


「これは君にとって大事な物なのではないのかい? 君のお父上との思い出のある物の筈だ」


「そうです。だからこそ今これをお渡しするのです」


 ──ああ、なるほど。


 フェーデの頭の中で合点がいった。


 父親に復讐を成すところを見せたいわけだ。


「そういう事ならば受け取ろう」


「きっと亡き父がフレデリーコ様を守ってくださいます。ですからどうか」


「ああ、そうだな。そうだろうとも」


 フェーデはイサベルに見えるように首飾りをつけると馬上で礼を告げると馬を走らせた。


「……ご武運を」






 フェーデがセルバの城に戻ると城の中庭で着々と準備が進められていた。


 矢筒に矢を入れ、馬に鎧を着せ、騎士たちは鎧を身にまとう。


 鎖帷子と兜のみの者、革鎧の者、胸当てと兜のみの者と装備は様々だ。


「破城槌はどういたしましょう?」


「やむを得んが置いていく。籠城するようなら火を放ち中から出てくる使者を射殺す」


 フェーデも指示を出しながら自分の剣を研ぐ。


 両刃のそれはほとんど装飾がなく、あるのは鍔に埋め込まれた琥珀のみ。


 ずっとフェーデと共に戦い、守り、向かい来る敵を討った長剣。


 いわば『相棒』だ。


「まさか『誓いの騎士』『古き誓いを守る者』『忠義の騎士』とまで謳われた貴方が反乱を起こすとは。誰も予想していなかったことでしょう」


「その異名ともおさらばだ。これからはこう呼ばれる。『サロモン王を討った男』とな」


「残念ですがその異名の一人占めはセルバ騎士団全員が許しませんよ」


 支度をする騎士がフェーデに笑い掛ける。


 その表情には微塵も迷いは見られない。


 そしてそれは周りにいる騎士達全員に言えることだ。


「ん?」


 騎士たちの顔ぶれを見ていてフェーデはあることに気が付いた。


「セシリオは何処に?」


 周囲を見回していたフェーデは小首をかしげた。


 セシリオが何処にも見えないのだ。


「セシリオ様なら親しい人に別れを告げておきたいからと出て行きました。まぁあの方の事です。時間までには戻るでしょう」


 馬に飼い葉を与えながら手入れをしているベニートが答えた。


「……そうか。分かった」


「サロモン王を倒せば、我々は英雄です。きっとあの女性も振り返ってくれますよ。フェーデ様」


「イサベルは若い、気立てもいい。私のような老いた騎士になど靡くわけもないさ」


「はて? 私は一言も名前など言っていないのですが?」


「やかましい! さっさと準備を済ませろ! お前の分の食事を減らすぞ!」


 ニヤニヤ笑うベニートの背中をフェーデは顔を赤くしながら叩いた。


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老騎士フェーデの救済 田上祐司 @2051007

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