第55話

 セオに、銀灰ぎんかいを渡して二ヶ月が経った。ロニーは、あれから幾つかの仕事を終えて、今日は次の仕事の打ち合わせのために、国立警備局ヴァルチャーズネスト本部に戻っている。

 ロニーは、ロビーで会議の時間を待つ間、頭で借金の支払いの計算をしていた。

 借金の支払いは、今は少し楽になっている。

 これは、リッチモンドの銀灰ぎんかいを売った金で警備局員ヴァルチャーを雇った時、その金が、かなり余ったので、仲間と分配した金を繰り上げ返済に使って元金が結構減った為だ。

 今月の支払いも、月半ばにして、ほぼメドが付いている。

 返済計画を確認していたロニーは、ふと、この思わぬ幸運を掴む切っ掛けになり、この一年程で最も苦しかったラングドン一家事件の事を思い出した。


 瓦礫の下敷きになったルパート達は無事に救助され、騎士団からギルバートの偽者討伐の首尾を聞いたアネット達から痛く感謝された。騎士団との約束通りラングドン一家は解散して、一家の者は軽い刑罰を受けただけですぐ釈放されたようだ。

 一家の資産を精算した金と、アネット達も全く知らなかった、偽者のギルバート達が長年の商売で貯め込んでいた巨額の隠し金と膨大な資産で、これまでの悪事の被害者への賠償金を何とか払い終えた彼らは、残った金で、釈放後に真っ当な商売を始めた。

 アネット達の正体が世間にバレた以上、商売を始めても厳しいと思われたが、これまでに一家が助けた大勢の人々からの応援もあって、思ったより順調らしい。

 先日、ロニーが訪れた時も、まずまずの賑わいを見せていた。

 ただアネット達は、偽者のギルバート達の遺した巨額の金と資産、商売の知恵のお陰で一家の人々の新しい人生が開けた事に関して、複雑な思いがある様だったが。


 マーシア達は、あれから見ていない。セオの予想通り北で農民が蜂起し、幾つかの傭兵団が鎮圧に当たっているらしい。彼女達もそこにいるのだろう。マーシア達との別れ際には一抹の寂しさを感じたが、両親が死んでからほとんどの期間、一人で警備局員ヴァルチャーをやってきた。

 それに戻っただけだ。

 だが、彼女達と別れてから、単独行動ならではの自由さと引き換えに、信頼できる仲間がいない寂しさや苦しさを感じる事が増えた気がする。

 短い間だったが、頼りになって気が置けないアリシアやマーシア、ルパート達を頼れた事がどれほど心強かったか、今になって身に染みる。

 以前、厳しく危険な仕事をこなすため、実績だけを見て誘われたチームに入ったり、自分でチームを率いたりして、性格が合わない仲間でも我慢していた時には無かった事だ。

 彼女等との出会いを通して、学べて良かったと思う。


 ロビーには、十数名の警備局員ヴァルチャーが集っていた。彼らは、随所で談笑したり真剣な相談を繰り広げている。

(……内示された話を聞くと、次の依頼は一人じゃ少しキツいな……別の依頼に変えて貰うか、適当な仲間を紹介して貰うか……)

 ロビーの時計を見ると、打ち合わせまで十分はある。少し早く来すぎたかと考えていた時、不意に後ろから肩をポンと叩かれた。誰だろうと後ろを見たロニーは、一瞬言葉を失った。

「久しぶりね、ロニー君。元気にしてた?」

 マーシアが笑顔を浮かべて立っていた。横にはアリシアもいる。

「え? あ、皆さん、この間はどうも……え? 今日は、どうされたんです? 北に行ったんじゃないんですか?」

 ロニーは、戸惑いながら椅子から立ち上がった。

「傭兵団は辞めたのよ。契約途中で辞めるなら違約金払えって言われたけど、リッチモンドの銀灰ぎんかいを売った金で払っちゃった……で、先月から国立警備局ヴァルチャーズネストに入って入隊訓練を受けてたの」

「え?」

「あの後、セオさんの予想通り農民蜂起の鎮圧に行かされる事になってね。もう困ってる人に武器を向けたくなかったから、母さんと相談して一緒に辞めたの。戦うなら誰かの犬になるより誰かを守る方がいいなって……母さんが傭兵になった頃は、国立警備局ヴァルチャーズネストって無かったって話だけど、ここならそれが出来るでしょ?」

「ええ……護衛とか討伐が主な仕事ですから」

 それを聞いたマーシアが、少し気恥ずかしそうに口を開いた。

「ねぇロニー君、訓練は終わって昨日無事に採用されたんだけど、あたし達、まだ誰ともチームを組んでないのよ……良かったら……あたし達と組まない?」

「え?」

「ほら、あたし達って二人とも術しか取り柄が無いでしょ? あたしの剣の腕って大したことないし。もし、ロニー君が組んでくれれば凄く有難いなって」

 予期せぬ再会と話が続き、ロニーはまだ頭の整理がつかない。

「驚かせたみたいね。私達が仲間を探す理由は、あの霧とギルバートの肌にあったまじないのせいもあるの」アリシアが、柔和な顔で言う。「怪物が、あんなのを使った以上、そのうち広まっていくと思う。でも私達は、術や精霊の力が削がれたら為す術が無いでしょう? だから、信頼できる仲間を探す事にしたのよ」

「なるほど……あの霧は厄介でしたね。あんなのと出会うのは、もうゴメンです」

 あの悪夢の様な戦いを思い出して、ロニーの表情が曇った。

「ええ、あれからマーシアは霧が出ただけで怯えるようになって……痛っ!」

 マーシアを見ると、少し拗ねた顔でアリシアを睨み、彼女の手をつねっている。

 ロニーの視線に気付いた彼女は、慌てて素知らぬ顔で手を離して視線を外した。

「ま、この話はともかくとして、私からもお願いするわ。ご迷惑でなかったら、私達をロニー君のチームに加えて頂けないかしら?」

 アリシアが苦笑しながら、つねられた手を痛そうにさする。

「信頼できる仲間は得がたい物よ。でもロニー君なら信頼できるって、マーシアと意見が一致したんだけど……ダメかしら?」

「いえ、迷惑だなんてとんでもない。僕も仲間を探していたところです。でも、本当に僕なんかで良いんですか? 皆さんなら、もっと良いチームに入れますよ?」

「待遇も大事だけど、一番大事なのは性格や考えの一致、次に腕前。この前も言わなかったかしら?」

 アリシアの横で、マーシアが笑顔で何度か頷く。

「分かりました。難しいなんてとんでもない! 僕の方こそ、よろしくお願いします」

 信頼できる仲間がいない辛さは、ラングドン一家事件が終わってから感じていた事だ。

 不便は自由と引き換えと我慢していたが、彼女達なら、うまくやって行けそうな気がする。

 ロニーは、ふとロビーの時計を見て、打ち合わせの時間が迫ってきた事に気がついた。

「すみません、今から次の仕事の打ち合わせなんです。一時間位で戻りますから待ってて下さい。話だけ聞いて返事は保留しますから、後で、一緒にどうするか考えるって事で良いです?」

「ええ。それでお願いするわ」

 アリシアは椅子に腰掛けた。マーシアもそれに続く。

「じゃあ、行ってきます」

 ロニーは笑顔でそう告げた後、会議室に向けて小走りで駆け出す。

 マーシアは、ロニーの姿が扉の向こうに消えるまで見送っていた。

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銀狼は月夜に駆ける 松木 一 @PineTree0223

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