第54話

 その日の午後、各所への報告を済ませたロニーは、警備局ネストに預けていた銀灰ぎんかいを持って、マーシア達と共にセオの逗留する宿を訪れた。

 当初、銀灰ぎんかいはレンストンに戻ってすぐ渡すつもりだったが、ロニー達の帰還を一家に潜む怪物に悟られない為、極秘にレンストンに戻った後、警備局ネストに潜んで怪物討伐計画を進めていたので遅くなったのだ。ロニー達に万一の事があれば警備局ネストが代理で渡す予定だったが、そうならなくて良かったと思う。

 ロニーが、セオ達の逗留する部屋の扉をノックする。

「セオさん、遅くなって申し訳ございません。国立警備局こくりつけいびきょくのロニーです」

 中から慌てて走る足音が聞こえ、すぐに扉が開いた。出てきたのはセオで、後ろに彼の息子とロバート達がいる。

「ロ、ロニーさんか! 首尾はどうだった?」

 セオが、焦燥に駆り立てられる様に声を上げた。

「ご依頼の件、無事に完了しました。品物のお渡しと併せて、詳細は中でお話しします」

 それを聞いたセオ達の顔一面に、喜びの色が浮かぶ。

「お、おお……あ、有難う……そ、そうだ、ぜひ中へ」

 セオに促され、ロニーとアリシア、マーシアが部屋の中央にある円卓に集まり、椅子に座った。ロニーが背嚢から銀灰ぎんかいの保存箱を取り出す。ラングドン一家に奪われたセオの積荷だ。

「奪還した物は、こちらです。ご確認をお願いします」

 セオが全ての箱の蓋を開けた。中には銀灰ぎんかいがギッシリ詰まっている。それを見たロバートが口を開いた。

「おやっさん、一応、中身と重さを確認しときましょう。奴らが何かしてるかもしれません」

「……そ、そうだな。おい、秤を持ってきてくれ」

 セオが、後ろに控えていた部下のバズに声を掛けると、彼は部屋の片隅に置いていた大きな鞄から、竿秤を取り出してセオに渡した。

 セオ達が、手分けして箱から銀灰ぎんかいを取り出して中身を確認し、重さを量っていく。

 五分ほど掛かって全ての中身を確認したセオの目に、喜びの涙が浮かんでいった。

「……品物も量も間違いない」セオが立ち上がり、姿勢を正してロニー達を見た。「ロニーさん、アリシアさん、マーシアさん……あんた達に頼んで本当に良かった……これで……これでワシは首を吊らんですむ……本当に助かりました……有難うございます!」

 セオが深々と頭を下げる。後ろでロバート達も同じ様に姿勢を正して頭を下げたが、ロニーは慌てて立ち上がり、それを止めた。

「あ、いや、皆さん頭を上げて下さい。ご依頼をこなしただけですから……それより、まだ時間がありますし、良かったら納品に行きませんか? 今日なら僕も道中の護衛をします」

「そ、そうだな……早速納品に行こう。明日になればアリシア達も帰さねばならんし。皆、行く準備を頼むよ」

「はい」

 セオが涙を拭う後ろで、ロバートとバズが、セオの息子と共に銀灰ぎんかいの保存箱を頑丈そうな鞄に詰めていく。

 アリシアとマーシアが、それを戸惑った様な表情で見ていたが、マーシアが意を決した様に口を開いた。

「あの……セオさん、あたし達って帰りの護衛もするんじゃ……?」

「その件なんだがな。昨日、タイレル傭兵団から用件が済み次第、至急あんたらを帰して欲しいって連絡が来たんだよ……帰りも護衛をして貰うつもりだったが、契約は往復の護衛では無く明日までの護衛だろう? 契約を延長して護衛して貰うつもりだったが仕方ない」

「……契約はそうでしたね。でも、すぐ戻れって何があったのかしら? あまり良い話では無さそうだけど」

 アリシアが腕組みをして考え込むのを、マーシアが不安げに見ている。

「……これはワシの推測だが、多分、タイレル傭兵団全員がジョージ辺境伯、あの北の大貴族に雇われたんじゃないかと思う」

「……どうして、そう思われたんです?」

 アリシアが、真剣な顔でセオに尋ねた。

「根拠は、ワシら商人の間に流れる噂話なんだが……傭兵なら酒保しゅほ商人は知ってるだろう? 傭兵団や騎士団と契約して、食料や武具を調達する商人なんだが……」

「ええ」

「最近、幾つかの酒保しゅほ商人が、こっそりと保存食なんかを買い集めてるらしい。分量からすると数ヶ月分はあるようで、どこかへ出兵が近いんだろうって噂なんだ」

 セオが、円卓を囲む椅子に座って言葉を続ける。

「戦争が起きれば、色んな商売に影響が出る。だから、最近、商人仲間はこの噂で持ちきりなんだが、不穏な話は何も無いし、色々な品の流通も異常は無い……だがな、今年も麦が不作という話は聞いた事があるか?」

「いえ……」

 アリシア達は知らない様だが、ロニーは、その言葉に心当たりがある。

 猪人オーク討伐に雇われた村で、アイクから二年連続の不作で金が無く、猪人オーク討伐にロニーしか雇えなかったと言われたからだ。

「そうか……この辺りはまだマシなんだが、北から戻った商人の話だとジョージ辺境伯の辺りは酷い凶作らしい。あそこは去年も凶作で、農民が減税を求めて蜂起しただろう? あの時より悪いそうだ」

 アリシアとマーシアが、気の毒そうな表情を浮かべた。

「噂じゃ、既に農民に怪しい動きがあるそうで、辺境伯がその秘密計画を掴んだって話でな。今度は傭兵を使って蜂起を未然に防ぐか、蜂起されても小さい内に潰す魂胆らしい。去年の蜂起は傭兵団が鎮圧したって話だろう? タイレル傭兵団もいた筈だ。その働きを気に入って、また傭兵団を雇ったんだとワシは見ておる」

「……なるほど……セオさんの睨んでいるとおりかも知れないわね」

 アリシアとマーシアが、力無く項垂れた。人助けの仕事を望んでいる彼女達にとって、飢えと貧困に苦しむ人に、武器を向ける事になりそうなのは気が重いだろう。

「オヤジ、準備出来たよ」

 セオの息子の声を受けて、セオが椅子から立ち上がった。

「よし、じゃあ皆さん、納品先まで護衛をお願いします。と言っても歩いて十分位だがな……約束の金は、そこでお渡しさせて貰うよ」

「分かりました」

 セオが立ち上がったのを見てアリシア達も椅子から立ち、皆で宿を後にした。

 道中、マーシア達は暗い表情で歩いていた。ロニーは護衛中という事もあり、彼女達に何と声を掛ければ良いのか分からず、十分程の道を一言も交わさぬまま納品先に着いた。

 納品は滞りなく終わり、セオから約束の金と、契約書に依頼完了の署名を受け取ったロニーは、皆と別れの挨拶を済ませて国立警備局ヴァルチャーズネストへ帰った。

 それが、マーシア達との別れになった。

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