後編

[2]

 我が家の猫が妊娠したのは、私が高校生の時だった。

 昭和の話である。

 その頃の我が家には、「一度は産ませる。そうしたら避妊する」という伝統があった。

 子供を産んだ若い母猫というのは、美しいのである。誇りと幸福感に溢れているというか。生まれた子猫の貰い手を探す人間の手間は大変なのだけどね!

 ところが、その時は、姉妹猫が2匹で妊娠した。

 だが、すぐに1匹は流産してしまった。若い内は、妊娠後の着床が不安定なものなのだ。

 しかし、もう1匹は順調に月を過ごして、臨月になった。

 我が家では、猫が出産近くなると、段ボール箱にボロを入れて、産室を用意していた。

 出産までは、2匹の猫の良い寝床である。

 だが、いよいよ陣痛が始まった様子であったので、これから母親になる妹猫は残して、姉猫は箱から出した。

 姉猫は、後を気にしいしい、向こうに行こうとしたのだが、そうすると、妹猫が「にゃあ、にゃあ」と心細い声を出して呼び止める。

 すると、姉猫は、再び段ボール箱の産室に戻って行ったのだ。

 そうして、出産が始まると、なんと、生まれて来た子猫、膜に包まれて生まれて来たのをぺろぺろ舐めて膜を破り、へその緒を切り、後から出て来た胎盤まで、どうにかしようとし始めたのだ。

 さすがに、胎盤の始末は辛そうで、人間が始末した。

 でも、とにかく、その姉猫が、妹猫を励まし、生まれて来た子猫を次々と世話をし、あしらい、妹猫のお腹に導く。

 妹猫は、産むだけである。

 出産後も、姉猫はかいがいしかった。

 子供を産んだ妹猫は、もちろん、子猫にお乳は与えるのだが、なんだかのんびりしている。

 姉猫が、自分の甥っ子姪っ子を、ある時はぺろぺろと舐め、ある時は、自分の長いしっぽをぱたぱた揺らしてじゃれさせ、時には、出るはずもない自分の乳首を子猫に含ませるのだ。

 そんな具合にして、2匹の姉妹猫と、1匹だけ残した子猫(姉から見れば姪猫)の、3匹の暮らしが、我が家では十数年続いた。

 そうして、私が大学を出て社会人になり、家を出て一人暮らしを始めていた頃に、順に亡くなっていった。


 その、翌翌年くらいのお盆の出来事だったのだ。

 平成の初め頃の東京の郊外では、まだ、お盆には、家々で、門口に迎え提灯を下げ、ナスやキュウリで作った馬を飾っていたものだった。

 私は、亡くなった飼い猫たちの久し振りに感じた気配に、楽しい気分になった。


(終)

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お盆の午後の昼寝の話 デリカテッセン38 @Delicatessen38

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