エピローグ
「逸花、おーい、逸花ー」
頭の上を柔らかいもので叩かれ、私はがばりと顔を起こす。
「んあ……寝てた……?」
「それはもうぐっすりと。授業を半分飛ばしてましたが?」
「うえっ、やば。
「またかよ。本当に、やる気があるんだかないんだか……」
大学の講義室。次の講義に向けてひとが入れ替わる中、私と
あの事件から一年後。
私は中退したこの大学に再入学を果たしていた。
山の中のコテージで起きた謎の大量殺人。コテージに宿泊していた客が、私ひとり以外全員死体か行方不明になっていた大事件は、世間を大いに賑わせた。
部屋で寝ていて、朝になって起きてみたら全員死んでいたので慌てて通報した――という私の証言に疑いの目を向ける者がいなかったわけではないが、あれだけの凄惨な死体の山を私ひとりで築けるなどとは誰も思わなかったので、真相は今もまだ判明していない。
まあ、本当のことを言うと、ほとんど全員私が殺したのだが。
六花がまとめておいた、サロンを糾弾する資料も読んだ。デートレイプドラッグを用いて多くの女性を強姦し、サロン内の圧力で泣き寝入りに追い込む。主犯は睡眠薬ほか、さまざまな違法薬物を所持していた泉であろうとされていたが、それを止めもせず、あまつさえ薬物を受け取っていたサロンメンバーも同罪である、というのが六花の結論だった。
でも、全員死ぬ必要はなかったのではないかと、今さらになって思うことはある。
六花をむざむざ見殺しにしておいて、私まで殺そうとしていた連中に慈悲は必要ないと、あの時の私は自分を正当化していた。
そうしなければ対抗神話は私の中に入ってこなかっただろうし、対抗神話の脅威を前にしなければ首なしライダーは私の意識に介入してこなかった。
つまり首なしライダーだった人々を全員救い出すためには、どうしてもサロン会員を全員殺す必要があった。
実際、首なしライダーに接続したことによって、私の中では「サロンメンバーを全員殺す」という目的が固定され、この呪いか洗脳を解いて自由になるためには、目的を完遂せざるを得なかった。
それでも、と思う。
それでも、殺すのはやっぱりいいことではない。
当たり前のことだ。子供だって知っている。ただあの渦中にあって、私は殺すという行為へのハードルが心理的肉体的どちらも極めて低くなっていた。
どんなことだってできるという万能感。その結果があれだけの数の人間の殺害というのは、なんとも情けない話だ。
あの連中が死んでよかったとは思わないし、思ってはいけない。
ただ、それとは別に、あのオンラインサロンが自然消滅して縁が切れたことは、間違いなく私の人生にとっていい結果を生んだ。
盲目的な人間関係を断ち切り、自分の人生を取り戻すという気持ちを得られた。
そして中退した大学に再入学を申し込み、今では無事に大学生として社会に戻ってきている。
とはいえ周囲の大学一年生と比較すると少し年齢を重ねすぎていることと、今さらあの学生ノリに戻れる気もしなかったので、私はいつもひとりで講義を受け、校内でもひとりで行動していた。
そんな私に目をつけて、話しかけてくれたのが京子だった。
京子は私より五つ年上で、それまでずっとキャバクラに勤務していたという。どちらかというと地味な今の恰好からは想像もできないが、それなりに人気があったらしく、大学に通えるだけの蓄えを作ると、すっぱりと商売から足を洗って受験勉強に打ち込み、私が再入学したのと同じ年に一年生として大学に通い始めた。
京子もまた私と同様に周囲から浮いた存在だった。万人に開かれているとはいっても、大学生というのは基本的に高校を卒業してそのままか一年か二年浪人してなるものだという意識は根強く、特に当人たちの間ではその意識がより強化される。
高校を卒業してすぐの地元の同窓会で地元の大学に現役合格した同級生たちが、同じ大学に通っている中年男性のことを嘲っていたのを聞いて、二度と地元には戻らないと決めたのだと京子は言っていた。
私は京子とよく一緒に行動するようになった。
話してみるとお互いに気が合い、講義が終わるとふたりで飲みに行くことも珍しくない。再入学した時は新しく友人ができるとは思っていなかったので、話しかけてきてくれた京子には感謝している。
加えて、その友人関係のおかげで私が助かっていることがある。
今のように、授業中に急な眠気に襲われて寝入ってしまうことが、最近かなりの頻度で起きるようになっていた。
私としては再入学ということもあり、極めて真面目に講義を受けているのだが、抗いがたい眠気がそれに勝り、講義の内容をほとんど京子のノートに頼ることも多くなっていた。
京子のほうも私が不真面目なわけではないことは知っているから、わざわざできるだけ同じコマの講義を受けるように気を配ってくれている。とはいえ講義を全部一緒に受けることはさすがに無理なので、京子はいつも私の睡眠不足を心配してくる。
「あんたさ、やっぱり一回ちゃんと病院行ったら? 睡眠外来とかあるでしょ」
「うーん、ちゃんと寝てるんだけどね。実際ポケモンスリープのスコアはいいし」
夢は、あれから一度も見ていない。
私が夢を見るということ自体が異常事態なのだと、今さらになって思い知った。だからこそ、日中襲ってくる急な眠気には、いやな感じがする。私が再び夢を見るように、外部からチャンネルをめちゃくちゃに回されているような――。
「うわっ、言ってるそばから! おい次の講義始まっちまうぞ」
京子に半ば無理矢理立たされて、半分眠った私は講義室から引っ張り出される。
「逸花、おい、逸花」
目を開ける。そこは大学構内ではなく、あのコテージの二階の廊下だった。
六花と日向が私の顔を覗き込んでいる。
ああ、これは夢だな。
安心して、目を閉じようとする。
「あっ、もしかしてやっと現実とつながった?」
日向が私の額を指で叩く。痛い。
「逸花、やることはこれまでと同じだが、私の言ってる意味がわかるか?」
「いんや、なんにも」
私の気のない返事に、六花と日向が沸き立つ。ハイタッチしてから、私のほうにぐいと近づく。
「あんたは夢を夢だと認識できない。夢の逸花と、現実の逸花が完全に分かたれているんだ。それがあんたが夢を見なかった理由」
「で、逸花はこれまでずっと、夢の中――この首なしライダーの意識流の中で私たちと首なしライダー再発生の可能性の芽を潰して回ってたの。まあ言っても覚えてないよね。けっこうな大冒険だったんだけどな……」
「だがこの中だけではそろそろ手が回らなくなってきた。そこでどうにか、夢の逸花と現実の逸花の意識を統合できないかといろいろと試していたんだ。夢のほうの逸花は協力的で、あいつからあんたに直接呼びかけていたりしたんだが」
「やっと夢の中に、現実のほうの逸花の意識を呼び出せたの」
「ちょっと待って」
私はぐいぐいと近づいてくるふたりを手で制する。
ここは首なしライダーの意識流の中だと言った。だが首なしライダーの意識流から、私は死ぬ思いで六花と日向、今まで首なしライダーとなった人々の意識を解放したはずだ。
ではなぜ、ふたりがここにいる。
「安心しろ。今の首なしライダーに私たちの人格を再現するようなリソースは残っていない」
「えっと、説明するとね、六花さんが首なしライダーの意識流が空っぽになったのを確認してから、その中に乗り込んで、逆に首なしライダーの意識をハックしたの。それが成功したから、私を呼んでくれて、同じように私もこの意識流に乗っからせてもらってるってわけ」
なんだそれは。文字通り幽霊に身体を乗っ取られたわけか。
「悪いこと考えるなー……」
「幽霊だからな。祟るくらいはさせてもらうさ」
六花は素早く手を走らせ、どこからともなくホワイトボードを現出させる。
「当然知っているとは思うが、首なしライダーはまだ消えていない。現実へと侵食したこの意識流は逸花が完膚なきまでに破壊し、今は私たちの乗り物として使っているが、そもそもの都市伝説としての首なしライダーは、今も有効だ」
うなずく。
私が介入したのはあくまで首なしライダーという意識の中の記憶であり、現実に発生した首なしライダーの物語はまだ終わっていない。
現に私が生存者となったコテージの事件も、首なしライダーの仕業ではないかと大きな話題になった。実際そうなのだが。
また新しく、首なしライダーという伝承を利用して現実へと侵食を開始するモノが現れても、なにもおかしくはない。
「私たちはこの領域で、首なしライダーへの接触を企てる意識流の芽を見つけてはぶっ壊してきた。でもたぶん、これじゃ埒が明かない」
「そこで現実に肉体を持って干渉できる逸花の出番というわけだ。私がまとめた首なしライダーの情報拡散源をリストアップしてある。これを夢から起きて現実に叩き潰すのが、最後の首なしライダーに与えられた残業ということだ」
いつの間にかホワイトボードに書かれた六花の文字を覚えていく。インターネット上のウェブサイト、動画投稿者――このあたりはまだ穏当なほうで、ノンフィクションを出そうとしている出版社、新聞社、国の研究機関、外国の諜報機関――と、ただの大学生ではまったく手出しができそうにもないところまでリストアップされていた。
「マジでやるの?」
「私と日向が常時逸花をバックアップする。全盛期の首なしライダーとまではいかないが、力と技のダブルタイフーンくらいの力は出せるはずだ」
「まあ正面から叩き潰す必要はないよ。意味領域と現実空間ではわけが違うでしょ? ただ怪しい動きがないか目を光らせて、都度脅しをかけるくらいで大丈夫だよ。こっちは私たちが動き回ってるから、首なしライダーが現実に出てくることはできる限り未然に防いでるし」
「もし現実に出てきたら」
「決まってる。全面戦争だ。ここでも、現実でもな」
大きく息を吐く。
夢の中の私よ、よくもまあこんなことを安請け合いしたものだな。
いや、違うのか。誰よりも首なしライダーの脅威を知っているから、自ら一番危険な仕事を買って出ただけか。
実際、これは現実に存在している私にしかできないことではある。もし六花や日向にできるようなら、私は六花と日向を叩き潰さなくてはならない。
「わかった。わかりました。やるよ。でもその代わり」
ぐっと近づいてくるふたりを手で制し、条件を提示する。
「日中何度も呼びかけてくるのはやめてくれ。あれのせいで講義に集中できないし、今だって京子に迷惑をかけてる」
「ああ。もちろんだ。悪かった。現実の逸花に接続できなくて、こっちも必死だったんだ」
六花が頭を下げる横で、日向は楽しげに笑っている。
「よかった。逸花、友達できたんだ」
「ああ。次来た時に、ちゃんと話すよ」
ぐらりと視界が揺れ、そのまま私は底のない空へと落ちていく――。
「いってぇ!」
ベンチの手すりに頭をぶつけて目を覚ました私は、思わずそう声を上げた。
「やっと起きた。ここまで運ぶの大変だったんだからな。やっぱりちゃんと医者行ったほうがいいって」
「いや、それはもう、大丈夫になった」
夢の中での六花と日向との会話を、私はちゃんと記憶していた。できれば覚えていたくなかったホワイトボードにリストアップされたターゲットのことも。
「ホントごめん。今後こんなことは起きないようにするから」
「お、おう。やる気でどうにかなる問題じゃない気もするけど……」
さて、どこから話すべきか。
まさか私の経験したすべてを話すわけにはいかないだろう。当然のように殺人の告白が入り込んでくる。これは絶対に避けなければならない。
かといって、これから六花に命じられた「残業」をするにあたって、一番親しい間柄である京子に対して全部を隠し通すのは難しいだろう。
そうだな――私は小さく笑いながら口を開く。
まずはあらゆる会話の中でも一番くだらない話題。
私が見た夢の話を、聞いてもらおう。
ファイナル・ガール・ファースト・ドリーマー 久佐馬野景 @nokagekusaba
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