【KAC2024①】貝瀬学院大学学生食堂の7人のおばちゃん
宇部 松清
第1話
あたしには三分以内にやらなければならないことがあった。
読者の皆さんこんにちは、私の名前は
あたしが務める貝瀬学院大学っていうのは、まぁー、正直あたしにはランクがどうとか難しいことはわからないけど、ここらじゃ難関大学って言われてる。ウチの姪も行けたら良いわねぇ、なんて姉と話したりしてるけど、ここ、私立なのよ。出来れば公立が助かるのよねぇ。でもまぁ、先のことだから。
それで、よ。
ウチの職場に『マチコちゃん』って若い子がいるんだけど、とっても真面目で良い子なの。ちゃらんぽらんなウチの娘とは大違い。年は近いんだけどねぇ。ただ、ちょっと真面目過ぎるのか、浮いた話が全然なかったわけ。でもねぇ、三十二歳ってことで、おせっかいなおばちゃんとしては、良い人とかいないのかしら? なんて心配だったのよね。知り合いでも紹介しようかしら、なんて同じ遅番パートの笹川さんとも話したりしてね。
だけど!
だけどなのよ!
マチコちゃんったら、何がどうなったか超イケメン捕まえたのよぉ! それがね、ウチの学校で知らない人なんていないんじゃない? ってレベルの有名人、
そりゃね? あたし達だって最初は半信半疑だったのよ。だって、とんでもないモテ男なんだもの。来るもの拒まずだとか、一回寝たら捨てるとか、そんな感じの良くない噂だってあるわけ。あたし達の可愛いマチコちゃんが騙されてるかも! ってあたし達が警戒するのも無理はないでしょう?
そんな白南風君がマチコちゃんに夢中になるなんて、いや、ごめんね、マチコちゃんには失礼なんだけど、正直信じられなくて。いや、マチコちゃんはね? 素敵な女性なのよ? ただちょっと内気すぎるってだけで。仕事ぶりも真面目だし、すらっとしてて美人でね? 良いお嫁さんになるわよ、絶対。見る目はあるのね、白南風君。
それで、そう、あたしはいまとても焦っているの。
いまあたしがどこにいるか、って話なんだけど。
ここは、『Unique Beyond the Entrance』という総合アミューズメントパーク、通称『
そこにいま、姪と二人で来てる。十六歳になる姪の
いや、何で叔母と? って思うでしょ?
でも案外あたし達、叔母と姪、っていう垣根を越えて仲良しなのよ。恋バナ仲間っていうか? それで、女同士、恋バナ(もちろんあたしのことではないわよ)に花を咲かせていたら、見つけちゃったの。
誰をって?
そんなのあの二人に決まってるじゃない!
マチコちゃんと白南風君よ!
デートよデート!
あの二人、UBEにデートしに来てるのよ!!!!
んもー! こんなのどさくさに紛れて後をつけたいに決まってるじゃない! だから一か八かで璃子に言ってみたの。
「さっき話した職場のカップルを発見しちゃったから、ちょっとだけ後をつけたいんだけど!」
って。
そしたら、
「楽しそう! 行こう行こう! 私の推しのグリーティングの時間までなら良いよ!」
って乗り気でね。
さすがは我が姪! 恋バナ仲間! そうこなくっちゃ!
でも一つ問題があったわけ。
そう、それが冒頭のやつよ。
なんとしても、三分以内にやらないといけないの、この『詰将棋』を!
何なのよ、このアトラクション!
謎解き迷路じゃないの!?
マスコットキャラに将棋駒を採用してるからって、どうしてBコース(大人向け)の謎解きが詰将棋なのよ! しかも三分で解かないとペナルティで問題が追加されるって何?!
あああ、早くしないとあの二人がどんどん先に進んじゃう!
何!? 白南風君って将棋も出来るの?! やっぱり大学院生って頭が良いのね?!
「ちょっともー、おばちゃん、まだ~?」
「璃子も考えてよ!」
「あたし将棋のルールなんて知らないし」
「じゃあ何でBコース選んだのよぉ! せめてCコース(子ども向け)にすれば良かったのに。あっちならなぞなぞだったじゃない」
「えぇ~? だっておばちゃん大人じゃーん」
「大人だけども!」
「そのカシャ? とかいうやつ、ここに動かせないの?」
「これは
「へぇ~。詳しいねおばちゃん」
「舐めんじゃないわよ。昔は崩し将棋のみーちゃんって言われてたんだから」
「崩し将棋なんじゃん。ウケる」
ウケてる場合じゃないのよ、璃子!
ああもう、二人がもういない!!
「でええええええいっ!」
タタタタタタ! とタッチパネルを操作して駒を動かす。
「これでっ、どうだぁぁぁ! 王手ぇぇぇぇっ!」
ビシッ、と金を王の前に配置すると、ピンポーン、という電子音が聞こえ、ゲートが開いた。
「やったぁ、おばちゃん!」
「ぃよーっしゃああああああっ! 行くわよ、璃子!」
「あいよぉっ!」
あたしは璃子の手を取って、ずんずんと出口を目指した。
どこだどこだどこに行ったと目を光らせて見つけたのはお化け屋敷である。
ちょっともー何~?! 白南風君ってばマチコちゃんをお化け屋敷に連れ込んで何するつもり~!?
「ちょ、ちょっとおばちゃん。お化け屋敷じゃん」
「お化け屋敷ね」
「どうする? 並ぶの?」
「もちろんよ」
まぁ正直あんまりお化け屋敷は得意じゃないけど、どうせこんなの子ども騙しに決まってるし!
そう勇んで列に並ぶとうっすらと聞こえてくるのだ。
「っぎゃああああああああ!」
結構な大人のものと思われる絶叫が。
えっ、大丈夫?
ていうか、あの二人も大丈夫なのかしら。
マチコちゃん、腰抜かさないと良いけど。
そんなことを考えながら、数人前にいるカップルを盗み見る。騒がしいパーク内だけれども、耳をすませば、二人の会話が聞こえてくる。これぞおばちゃんの固有スキル、地獄耳だ。
「マチコさんがこういうの好きって意外だな」
「好きというか、実は、入ったことがなくて」
「一回も?」
「そうですね。親戚のおじさんに連れて来てもらったことがあるんですけど、
「マチコさんは平気なんだ?」
「平気かはわからないですけど、興味があって。その、もし、いつかデートとかすることがあれば、行ってみたいな、って、思ってたというか」
アラ――――――!!
ちょっともう、可愛いじゃないの、マチコちゃん! 何?! 温めてたのね? いつか彼氏が出来たら行ってみたいわ、って?! それがいまなのね! コングラチュレーション!
拳を握って密かにエールを送っていると、隣にいる璃子が「何あの二人、可愛くない……?」と震えている。
わかる?
わかってくれる?
さすがは我が姪!
それから数分の後にあたし達の番が来た。
十人くらいが乗れるトロッコに乗って移動するタイプのお化け屋敷らしく、運よくあたし達もあの二人と同じトロッコに乗ることが出来た。二人は先頭、あたし達は一番後ろだ。
「マチコさん、怖かったら俺にしがみついて良いからね」
「は、はい」
「定番の台詞ね」
「どさくさに紛れて抱き着いたりするんじゃない?」
「マチコちゃんはそんなことしないわよ」
「でも彼氏の方はしてほしいっぽくない?」
「そうなのよねぇ」
ガタゴトとトロッコは進んでいく。
子ども騙しと言い聞かせても怖いものは怖い。
それでもまだ数人が同じトロッコに乗っているから心強い。璃子と二人きりだったら絶叫していただろう。
が。
「わぁぁぁぁぁぁ!」
「ま、マチコさん大丈夫!?」
「ぎゃああああああ!」
前方から、それはそれは威勢の良い声が聞こえてくるのである。それと共に、
「大丈夫ですか、しら――恭太さん」
「あの、私は大丈夫ですから」
「ごめんなさい、ちょっと苦しいです」
マチコちゃんの声も。
あたし達も含め、二列目以降の乗客は、なんならもうお化けよりも最前列のビビりまくるイケメンが気になって仕方がない。白南風君は最初こそマチコちゃんの手を握っていたけれども、途中からは本体そのものを抱き締める方向にシフトしたらしい。それでも一応、彼女を守るような体勢ではあるのだ。傍目には、そう見える。大丈夫だよ。俺がついてるから、なんて震えながらもそう声をかけて。
いや、どう見てもアンタの方が怖がってるから!
ほんともうこれがトロッコで良かったわよねぇ。歩いて移動するタイプだったら、この二人、一生ここから出られないんじゃない? いや、マチコちゃんが引きずって出るのかしら。
お化け屋敷から出た二人は、よたよたと――よたよたしてるのは白南風君だけだったけど――あたし達の前を歩いている。
「大丈夫ですか、し、恭太さん」
「……全然大丈夫」
「それなら……良いんですけど。……あの、えっと、私、その、疲れちゃって。出来ればちょっと休みたいんですけど。良いですか? あの、ちょうどそこにベンチがありますし」
「や、休む? 良いよ。うん、休もう。俺、何か冷たいもの買ってくるから!」
ナイスよマチコちゃん!
さすがの気遣い!
「すみません、ありがとうございます。えっと、お金を――」
ごそごそと鞄の中に手を入れ、お財布を取り出す。ああもうほんと律儀なんだから。それくらいはね、甘えちゃいなさいよ。
「良いから。今回はマジで」
そうよね。そりゃそうなのよ。せめてそこはカッコつけたいわよね。さっきさんざんカッコ悪いところ見せちゃったんだし。
「秒で戻って来るから、俺以外のやつに声かけられても絶対についていかないでよ」
「その心配は皆無かと」
「いーや! ある! 今日のマチコさん可愛いし、ある! わかった? 全無視! わかった?」
「わ、わかりました」
何度も念を押して、白南風君はドリンクの屋台へ走っていく。もうシャキシャキ動けるのは若さかしら。それとも愛?
良いものが見れたから、学食のメンバーにも共有したかったけど、さすがにこれは白南風君に酷よね。良いわ、貸しにしといてあげる。
そんなことを考えてしみじみしていると、ちょいちょい、と璃子に肩を突かれた。
「おばちゃん大変。あと三分で推しのグリーティング始まっちゃう」
「えっ、もうそんな時間?」
「中央ステージ行かなくちゃ」
「中央ステージ? あらやだ! ここから一番遠いじゃない!」
「急いで! あと三分!」
次のミッションは三分以内に中央ステージへの移動だ。御年五十のおばちゃんには少々過酷だわ。だけど、こっちも推しを拝ませてもらったんですもの、頑張るしかないわね!
「よし、走るわよ! ちなみに璃子の推しって何?」
「ムスッコ君とムッスメちゃん!」
「それは……やっぱり将棋駒なの? 手足の生えた……」
「もちろん! ここのマスコットそれしかいないじゃん!」
「……そうよね」
あの辺でうろうろしてる
正直見分けがつかないんだけど、それはあたしがおばちゃんだからなのかしら。
【KAC2024①】貝瀬学院大学学生食堂の7人のおばちゃん 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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