3. 箱庭療法
目のまえには、一抱えほどの広さをもった、その反面、深さはひとさし指ほどの。
内側いちめん水色をした、木製の箱がおかれている。
箱のなかには、ただ砂だけ。
白い砂だけが、箱の底面を埋めている。
手を伸ばして砂をかくと、水色をした底面があらわになって、白い砂の地面をながれる川ができた。
かたわらの棚を見れば。
人間がいる、けものがいる、植物たちがおいしげり、車や舟が居ならんで、家はおろかお城までが置かれていた。
人間を、ちょうどぼくに似た男の子の人形をとって、砂のうえに立たせてみる。
「なにも
ただ君が思うままに、箱庭を
先生にそう言われ、棚のまえで手を遊ばせた。
箱をぐるりとめぐらせるように、プラスチックの樹々や草花をならばせる。
白い砂しかなかった世界はみどり咲き誇る庭園になる。
動物たちをあそばせて、川には魚をおよがせる。
ただそれだけで、箱のなかはおとぎ話の王国のようににぎやかになった。
自然と手がつかんだのはお城の模型。それをうしろの真正面に据えつける。
そのまえにテーブルを置いた。テーブルにはぼくの人形、眼鏡をかけたスーツ姿の男の人形に、エプロンつけた女の人形、さいごに、すこし迷ったけれど、赤んぼうの人形を座らせる。
砂のうえの王国に、パーティーがはじまった。
ぼくと父さん、母さんに、ほんとは赤んぼうではないけど弟。テーブルをかこみ、仲よさそうに談笑している。
「それで終わり? もっと続けていいんだよ」
動物たちをほとんど箱から取りのけた。
残したのは、オオカミ、ライオン、トラにワニ。棚からあたらしく取り出してきた大きなクモも樹々のちかくにすえ付けた。
テーブルまわりも変わっていた。
眼鏡とスーツの男は消えて、銃をかまえた兵士の人形がそこにいた。
エプロンの女もいなくなっていた。かわりにねじ曲がったような黒い魔女の人形がテーブルについている。
ぼくに似た人形は、テーブルの真ん中で、兵士と魔女にはさまれている。
赤んぼうはいつの間にか、あとかたもなく消えていた。
「ほんとうにそれで終わりかい? 君の気がすむまで続けていいんだよ?」
テーブルは上下ひっくり返っていた。
樹々はぜんぶなくなって、ゴツゴツとがった貝殻やら気味のわるいいびつな石にかわっている。
動物どももほとんど消えて、赤いビー玉やガラクタが砂のなかに散らばってる。まるであちこち火が燃えているみたいだった。
でもよく見ると、動物はまだ箱庭のなかにのこっていた。
ひっくり返ったテーブルの上に、ブタが一匹、横たわっている。
人形のくせにみじめそうで哀しげで、ああ、こいつがこれからどうなるのかって、考えるまでもなく分かった。
ぼくに似ていた人形はいつの間にか消えている。棚をさがしても見当たらなくて、さがそうとしてもなぜかブタへと視線がむいた。
さっきまであった兵士と魔女に入れ替わるように、赤鬼と、巨大なカマキリ、そんな人形がテーブルをはさんでいる。
赤鬼の人形は、愛嬌なんかさらさらなくて、金棒をふりあげて牙をむきだしてテーブルの上をにらんでいる。
カマキリはガリガリに細く、そのくせ腹だけいやにふくらんで、かざした鎌の先はするどくブタの喉をむいていた。
赤んぼうの人形は、やっぱりどこにも見つからない。
「ほんとうにそれで終わりにするつもりかい? もっともっともっともっともっともっともっと続けていいんだよ?」
気がつくと、箱のなかは砂ですっかりうずまっていた。
さっきまで立っていた城の模型もかたむいて、ほとんど砂に埋もれている。
砂のなかを掘りかえしてみた。
赤鬼の首。大きな穴があいている。
カマキリの首。ズタズタに刻まれている。
それでも掘り続けていると、割れたテーブルといっしょにブタの人形が出てきた。
ざっくり切られたその顔は、さっきとは見ちがえるように兇悪で、赤い目をひらき、牙を突きだし、べったりと血にまみれている。
おもわず放り投げようとしたが、にぎった右手にひっついて、とても離れそうにない。
右手を振り回しながら、左手だけで掘り進んだ。しんどくなってきた時は、鼻面と牙もつかって掘り進んだ。
何メートルも掘りかえして、やっと弟が出てきた。
ガラクタよりもガラクタな、カケラよりもカケラになった、小さな小さな骨だった。
砂のつまった箱庭と弟の骨を前に、ぼくはキィキィ泣き叫んだ。
砂の王国 みっつ 武江成緒 @kamorun2018
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