第67話 最終話
――ピポピポペペペ――
着信音が鳴る。浮かび上がった文字は【大家】だ。
今更、何の用事だろう?……タロウが彼を訪ねて行ったのを思い出して電話に出た。
『もしもし、福島さんかね?』
普段と違った澄ました口調だった。
「ハイ、アパートの大家さんですね」
『いいえ、カッパ記念館、館長の大宅だよ』
彼は〝館長〟という肩書が得意なのだろう。それで、からかってみたくなった。
「ええ、だから大家さん」
『いや、大宅です。……アッ、大宅はオオヤですな』
電話の向こうで彼が声をあげて笑った。
「それで、何の御用ですか?」
『カッパ記念館のことです』
「それなら先日、カッパのタロウさんが寄贈品を持って行ったはずですが……」
彼が持ち込んだもので足りず、展示物の無心だろうか?……少々、警戒しながら尋ねた。
『はい、ありがたいことです。タロウさんとは久しぶりに美味い酒も呑めた』
「それは良かったです」
『うむ、……実は、今日も貴重なものを持ち込んでこられた方がおりましてな。……貴重なものには間違いないのだが……』
はて、誰が何を持ち込んだというのだろう?……心当たりがなく、怪しみながら話の続きを待った。
『……それが本物なのかどうか、判断ができんのです。それでカッパ博士の福島さんに鑑定していただきたいのですじゃ』
「誰がカッパ博士ですか……」
思わず苦笑した。
「……ちなみに、何が持ち込まれたのです?」
『皿です』
その声は低く、とてもくぐもっていた。
「皿というと、カッパの頭の皿ですか?」
『はい。陶器のようであり、金属のようであり……』
とても言い難そうに聞こえた。
「そばに、持ち込んだ方がいるのですか? 名前は?」
『そうなのだが、名前を言わんので。若い娘さんなのだが……』
彼がささやくように言った。
「すぐに行きます。それまで、その人を引き留めておいてください」
健太は、取るものもとりあえず、玄関ドアのロックも忘れて部屋を飛び出した。
カッパ記念館までは自転車でひとっ走り、5分ほどだ。土手の桜がちらほらほころんでいたが、健太は気づくことがなかった。
懐かしいアパートが見えてくる。
駐車場に【カッパ記念館】と記された看板があった。大きな板に墨で黒々と書かれたものだ。おそらく大宅自筆だろう。看板の下の方に拝観料500円とあった。
「セコイなぁ」
つぶやきながら自転車を降りた。健太はそこの鍵を持っているから、拝観料を払うつもりはなかった。
ドアを開けると同時に叫んだ。
「アムロ!」
彼女以外にカッパの皿を持ち込む人物を想像できなかった。
「健太……」
応じた女性は体形を隠すような大きめのワンピースをまとっていた。
「アムロ?」
カッパの皿を手にしている大宅が目を白黒させた。
「アッ、いや……。ほら、歌手にいたでしょう。沖縄出身の」
「あぁ、安室ナム、ナム……、なんじゃったかなぁ」
彼はそう言いながら人間に化けたアムロの顔をしげしげと見つめた。
「アムロさん……」
健太はアムロに駆け寄り、抱きしめたいのを必死にこらえた。彼女が、おそらくコマツの皿を持ってきたのだろうと思っていた。だからといって、彼女が自分に会いに来たとは思えなかったのだ。会うつもりがあれば、新しい住まいに顔を出すことができるのだから……。
「お久しぶりです」
頭を下げたアムロの腕には、健太の両手の中に納まりそうな小さな赤ん坊がすやすや眠っていた。肌は真っ白で、頭には一本の毛も生えていない。明らかに外皮のない、カッパの赤ん坊だった。
「この子は?」
「この子に名前を付けてもらえますか?」
「僕でいいのかい?」
「あなたの子供です」
そう答えたアムロの黒い瞳は涙で潤んでいた。
「エッ!」
驚いた。彼女が噓を言うはずがないので信じた。……彼女とはニューヨークで関係したからその時だろう。
健太は彼女をそっと抱きしめた。小さな赤ん坊を驚かさないように。
「大宅さん……」
健太は首だけを捻って声をかけた。
「ん……?」
大宅の細い目と視線がぶつかる。
健太は気持ちを落ち着かせ、できるだけ穏やかな口調で話した。
「その皿は、人類とカッパ族の交流に道筋をつけたカッパ先生のものに間違いありませんよ。僕、カッパ博士が保証します」
「沖縄にもカッパが入るのかね?」
彼は皿に視線を落とした。
――ピポピポペペペ――
ポケットでスマホが鳴る。出版社からだ。
「まだ、その着信音なんだ」
胸の中で、アムロが笑った。
(了)
カッパ先生、海を渡る 明日乃たまご @tamago-asuno
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