第2話 状態

 夜が明けた。朝一番で病院に行った俺は、救急車で運ばれていった二人の状態を医者から聞いた。


 茜が足の骨に軽くヒビが入っていただけで、一週間の入院とそこからの定期的なリハビリで全然大丈夫だと言われた。


 問題は親父の方だ。医者曰く、肋が数本折れていたり大量の内出血が発生したりしていたそうだ。中でも、下半身が麻痺したため今後は車椅子生活になると診断された時は混乱で頭がどうにかなりそうだった。


 俺は二人の病室にお見舞いに行った後、外に出てスマホを見ながら歩いた。

 今日の昼から海洋探索隊に仮入隊したばかりの人達を対象とした実力テストが控えている。

 このままの気持ちで臨むわけにもいかない。切り替えるため、お気に入りのサプリメントメーカーの最新情報をチェックしようとアプリを開こうとする。


「現在、各地で巨掠一きょぐらいによる海洋探索隊員の連続殺人事件が発生。犯人は未だ捕まらず/今週のニュース」


 そこにニュースの通知が邪魔をしにきた。


 巨掠一。唯一神を信仰する過激派カルト集団……一応マークしとくか……。


 俺は溜息をつくと、スマホをポケットに突っ込みながら会場の方へと向かった。



 その日の夜。テストのほとんどの科目で満点を取り、お偉いさんに頼みごとをされた俺は家に着くなり自分の部屋のベッドに飛び乗った。

 茜のこと、親父のこと。眩暈がするぐらい悩んだまま俺は深い眠りについた。



 二週間後。


 俺は、黒のスーツに身を包んだ状態でこの国を統治する人物が住む邸宅の敷地内を歩いていた。

 これが探索隊のお偉いさんに頼まれた仕事って奴で、俺は現役の探索隊員でもある統治者の警備をすることになった。


 連続殺人事件の首謀者に狙われている可能性が高いから。が、理由らしい。三階建ての豪邸を取り囲む広大な庭に数十人もの実力者が配置されており、至る所に罠が仕掛けられている。


 俺が選ばれた訳は、相当な実力があり、親父の関係で幼い頃から俺を見てきたので信頼ができる。あと、単純に護衛対象が多すぎて人手が足りないからだと、お偉いさんに言われた。


 俺としても、この事件を解決しないと海洋探索隊の存続が危ういと感じたので引き受けた。



 所定の位置に到着し、トランシーバーを左手で握りしめていると、隣からがなり声が聞こえてきた。


「ねぇ錬人ぉ、人が多いよぉ。早く帰ろうよぉ……」


 茜がついてきてしまったのだ。彼女は俺の服の裾をつまみ、体を丸めながら訴えてくる。


「じゃぁ帰ればいいじゃないか。元々強引に付いてきた身なんだし」


 彼女は今人見知りモードだ。注意していないと聞こえないほど声も小さい。だけど備えは完璧で、赤と緑を基調とした運動服を装着し、腰回りには小さなバックを巻き付けていた。

 ちなみに、足のヒビに関してはほとんど治っている。


「嫌だ嫌だ! それだけは嫌だ! 私、錬人が知らない所に行ったら発作起こしちゃうもん!」


「はぁ? ……もう……」


 こいつはどんなに言葉を掛けようが体を揺すろうが一歩たりとも動こうとしなかった。

 俺は思わず右手で額を押さえた。


 俺が根負けしたのを感じ取ったのか、彼女は目を輝かせながら軽くその場に飛び跳ねる。


 その時だった。


「こちら中間観察所! 正門より十名の侵入者を確認!! 至急応援をああああああ!!!」


 トランシーバーから発せられる悲痛な叫びが俺達の耳を貫いた。


 辺りを見渡すと、大急ぎで現場に向かう護衛人達の姿があった。その様子を視た俺達も彼らに続いて走り出す。


 着いた先で目撃したのはフード付きの迷彩服を身に纏って駆ける十人の集団だった。

 顔はフードを深く被っているのと、泥かなんかを塗っているせいで誰なのかはわからなかったが、体格や跳躍力からしておそらく全員若い男であるのはわかった。


 彼らは俺達を視認すると、途端に九対一の割合で分裂した。大人数の方はそこからさらに四対五の割合で分かれていく。

 そして、最初に集団から分かれた男は真っすぐ俺に向かって進行してくる。彼は両手を包帯でぐるぐる巻きにしていた。


「来るかッ……茜、お前は大人数の奴らを頼む!」


「え……でも、私離れたく……」


「今はよしてくれそういうの。次の休みの日にデートにでも行ってあげるから奴らの元に行ってくれ」


「……嘘だったら針千本飲まさせるからね!!」


 俺の言葉に仕方なく頷いた茜は、渋々彼らの元へと走り出していった。


 あいつは大丈夫だ。そんじょそこらの田舎者なら負けることはない。


 彼女を送り出した後、そう思いながら拳を握りしめ、戦闘態勢に入る。


 俺は威嚇するように叫ぶ。


「さぁ来い!」


「ッ!!!」


 次の瞬間、俺と彼の拳が衝突した。実力に致命的な差はないと判断した俺は、すぐさま反対側の拳を振り上げる。

 男は腕の力を強め、俺の拳を台代わりにして跳ね返ることで俺のアッパーを躱した。


 着地時の風圧により、彼のフードが脱げる。そこで現れた顔や黒い目と髪を視た時、俺を度肝を抜かれた。


 俺は彼を睨みつける。


「なんでお前がこんなことやってんだよ、鉄斗てつと!!!」

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